書き下ろし第2巻発売記念おまけSS

珖璉と《光蟲》 その1


※こちらのSSは『迷子宮女は龍の御子のお気に入り』第1巻の番外編「鈴花の願い事」のあとの話となっております~。


 お読みいただいてなくてもまったく支障はありませんが、お読みいただいたうえでのほうがによによできるかと思います( *´艸`)


   ◇   ◇   ◇


珖璉こうれん様がいらっしゃったら……。灯火代が浮きそうですよね……」


「ぶふぉっ!」


 『十三花茶会』が終わった三日後。


 夕暮れになり、少しずつ暗さを増してきた珖璉の私室で、鈴花りんかった細工がほどこされた燭台しょくだいに刺された蝋燭ろうそくの芯に別の蝋燭の火を燃え移らせていたていた。


 が、無意識のうちに考えていたことが声に出てしまっていたらしい。


 禎宇ていうが吹き出した声に己の失態を悟り、左手を口に当てる。だが、出てしまった言葉はすでに手遅れだ。


「ん? 《光蟲》をんでほしいのか?」


 卓につき、書類の山に取り組んでいた珖璉が、筆を置いて鈴花を振り返る。と、ごく自然な様子で右の手のひらを上に向け、「《光蟲》」と蟲語を唱えた。


 途端、珖璉の手の上で銀色の光が小さなうずを巻き、蝶に似た光り輝く羽を持つ蟲、《光蟲》がどこからともなく現れる。


 珖璉の手のひらからふわりと舞い上がった光蟲は、鈴花のそばへ飛んでくると、まるで遊んでほしいと言いたげに鈴花の周りをふわふわと飛び回る。


「ふわぁ……。いつ見ても綺麗ですねぇ……」


 術師の《気》を見ることができる希少な《見気の瞳》を持つ鈴花には、珖璉の喚んだ《蟲》は銀色の光を纏って見える。


 ただでさえ輝いている光蟲が、銀の光を纏ってきらめくさまは、何度見ても心躍る。


「どうだ? 一匹で足りるか?」


 優しく微笑まれて問われた美声に、光蟲に見惚れていた鈴花ははっと我に返る。


「ち、違うんです! その、部屋が暗くて光蟲を喚んでいただきたかったわけではなく、その……っ! 確かに、光蟲を喚べるようになっても、灯火代が節約できそうですよね!」


?」


 おろおろと答えた鈴花の言葉に、珖璉がいぶかしげに首をかしげる。


「何だ、光蟲を喚してほしいというわけではなかったのか?」


「い、いえ! お忙しいのにお喚びいただき、本当にありがとうございます!」


 どことなく寂しそうな珖璉の様子に、鈴花はぶんぶんぶんとかぶりを振る。


 大騒動があった『十三花茶会』からまだ三日しか経っていない。後始末に追われる珖璉は、茶会の前と変わらぬ忙しさだ。


「す、すみません……。私が召喚できたらよいのですけれど……。せっかく珖璉様にお教えいただいたのに、お時間をいただくだけで、何の成果も出せなくて……」


 手にしていた小さめの燭台をことりと棚に置き、鈴花はうなだれる。


 今日の午後、ひょんなことから珖璉に《蟲招術》を習うことになったのだが、鈴花は《光蟲》を召喚するどころか、何度『蟲語』を唱えても、まったく全然、何事も起こらなかったのだ。


 忙しい珖璉の時間を浪費させてしまったのだと思うと、申し訳なさでいくら謝っても足りないという気持ちになる。


「何を言う?」


 身を縮めてうつむく鈴花の耳に、心地よく響く珖璉の美声が届く。優しい声音におずおずと顔を上げると、珖璉が悪戯っぽい微笑みを端麗な面輪に浮かべていた。


「愛らしいお前を見ることができて、わたしにとっては、この上ない癒やしの時間だったぞ?」


「っ!?」


 告げられた瞬間、ぼんっと顔が燃えるように熱くなる。


 最初は確かに《蟲招術》を教えてもらっていたはずなのに、鈴花があまりにもすじが悪いため、珖璉の《気》を感じる練習をすることになり……。


「こ、こここ珖璉様っ!」


 昼間のことを思い出すだけで、恥ずかしさで心臓が破裂してしまいそうだ。


 何より、ここには禎宇もいるのだから、迂闊うかつなことを口に出されては大変だ。


 思わず大声を出すと、あわてる鈴花が面白かったのか、珖璉が小さく吹き出した。


「……で、何が『も』なのだ?」


「はぇっ!?」


 まさか、そこに話が戻ってくるとは予想していなかった。


 が、珖璉に午後の話題をふたたび持ち出されるよりはずっとましだと判断した鈴花は、おずおずと口を開く。


「その、ですね……。珖璉様は銀の光を纏っておいでなので……。夜でも暗さに困ることがなくて便利だなぁと思いまして……」


「ぶはっ!」


 先ほど吹き出してから、顔を背けて必死で笑いをこらえていた禎宇が、こらえきれないとばかりにふたたび吹き出す。


 大柄な身体を二つに折り曲げて笑う禎宇に、珖璉が機嫌を損ねたように形良い眉を寄せる。


「光蟲を召喚できるできない以前の問題か。……おい禎宇、笑い過ぎだ」


「も、申し訳ございません……っ! で、ですが、珖璉様をまさか人間灯籠のように扱う発想が出てくるとは……っ! あっ、想像しただけで笑いの衝動が……っ!」


 苦しげな息の中から切れ切れに訴えかけた禎宇が、己の想像に「ぶふぉっ!」と三度みたび吹き出す。


 いったい禎宇の中ではどんな想像が繰り広げられているのか。


 きっかけとなったのは鈴花の発言だが、怖くてつっこめない。


「そもそも、わたしが銀の光を纏って見えるのは、《見気の瞳》を持つお前だけだろう?」


 珖璉が顔をしかめたまま呟く。珖璉の言うとおり、他の者は珖璉がそばにいても、明るいとは感じないだろう。


(いや、珖璉様は光り輝くように麗しいんだもの。他の人だって、珖璉様がおそばにいたら、まばゆく感じるのかも……?)


 ふとそんなことを考え、ちらりと美貌の主人に視線を向ける。


「鈴花」


 にこりと微笑む珖璉の美貌をひとめ見ただけで、そのきらめきに目がくらみそうになった。


 まばゆい。銀の光を纏っていなくても、後光が差している気がする。


「そういえば、初めて逢った時、お前は『銀の光が見えた』と申していたな……」


 どこか懐かしむように珖璉が呟く。


「は、はい……。あの日は、早く掌服に戻りたいのに迷ってしまって……。帰り道を聞きたいのに、誰にも行き会わなくて困っていたところに、茂みの向こうに光が見えたんです。道をお教えいただこうと思って近づいたら、珖璉様がいらっしゃって……」


 てっきり灯籠とうろうの光だと思ったのに、まさか銀の光を纏う美貌の御方だったなんて。


 光を通してさえわかる美貌に思わず見惚れてしまった時の胸のとどろきを鈴花は今でもまざまざと思い出せる。


 その珖璉の侍女として、こうしてそばに仕えられているなんて、今でも、ふと気を抜けば夢ではないかと疑ってしまいそうなほどだ。


「確かに、初めてお前と逢った時には、今のような状況になるなど、想像もしていなかったな……」


 ふと、心のうちが洩れたという様子で珖璉が小さな呟きを洩らす。


 どこか遠いまなざしは、いったい何を考えているのか――。鈴花には、何ひとつ読めない。


 もともと、鈴花と珖璉はあまりに身分が違いすぎるのだ。


 一介の侍女にすぎない鈴花など、珖璉が望めばいつでも解雇できる。鈴花がいつまで珖璉のそばにいられるのか、すべては珖璉次第だ。


 つきり、ときしんだ胸の奥の痛みに、思わず胸元を両手で押さえたところで。


「……そういえば鈴花は、前に、珖璉様は銀の光を纏ってらっしゃるので、が薄ぼんやりとしか見えないと言っていましたね」


「て、禎宇さんっ!?」


 ようやく笑いの発作から復活した禎宇が何気なく洩らした暴露に、鈴花はすっとんきょうな声を上げて目をいた。



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