幼い日の鈴花の水汲み その2
近づくにつれ、鈴花は菖花が連れて来てくれた理由を悟る。
「うわぁ~っ! きれ~っ! ねえね、あれなあにっ!?」
歓声を上げた鈴花は、菖花と一緒に持っていた桶の持ち手を引くと、もう片方の手で村長の家の屋根から下がるものを指さした。
ぴょんぴょんと跳ねてみるが、五歳の鈴花ではどう頑張っても屋根には届かない。
「あれはね、『昇龍の祭り』の灯籠よ」
鈴花の問いかけに、菖花が優しい声で答えてくれる。
「しょうりゅうのまつり?」
こてん、と首をかしげた鈴花に、
「ほら、秋に村に来ていた旅芸人さんが弾き語りをしていたでしょう?」
と笑みをこぼした菖花は、すらすらと旅芸人が語ってくれた建国神話の内容を教えてくれる。
龍華国の始祖は、異界に棲まう《龍》と人間の乙女の間に生まれた男子だったこと。
《龍》の力は代々の皇帝に受け継がれ、皇帝は白銀にきらめく《龍》を喚び出すことができること。
庶民が《龍》を目にすることが叶うのは、年にたった一度の建国を祝う『昇龍の祭り』の時だけ。
その日は王城の露台に皇帝が姿を現し、天へと《龍》を放つのだという。
灯籠に見惚れる鈴花の耳に、菖花の優しい声が心地よく響く。
鈴花が歓声を上げた灯籠は、昇龍の祭りを祝うために、毎年、三月のこの時期に家々の軒先につけられるものだそうだ。
正直、鈴花には、姉の話は難しくて細かいところまではわからなかったが、大好きな姉が優しい声音で話してくれるのが嬉しくて、口を引き結び、黙って耳を澄ます。
さすが、できそこないの鈴花と違って、両親だけでなく村人たちからも「出来がいい」と褒めそやされる姉だ。そんな菖花が自分の姉だということが嬉しくて、心がはずんでくる。
「ねえねはいろんなことをしってるんだね! すごいすごいっ!」
話し終えた途端、心からの感嘆を込めて声を上げると、菖花が呆れ混じりに苦笑した。
「もう、鈴花ったら、ちゃんと聞いてた?」
「うんっ! ちゃんときいてたよ! むずかしくてわかんないとこもあったけど……。でも、ねえねがすごいのはわかった!」
ふんすっ、と鼻息も荒く言い、期待を込めてじっと大好きな姉を見上げる。
「ねぇ、いつか、りゅうをみられる?」
鈴花の問いに、菖花は困ったように眉を寄せる。
「どうかなぁ……。でも、いつか見られたらいいわね」
「うんっ! そのときはねえねもいっしょにみようねっ!」
吊り下げている灯籠だけでも綺麗なのだ。白銀に輝く《龍》というものを見られたら、どんなに美しいだろう。きっと、陽光を跳ね返す積もったばかりの雪みたいにきらきらしているに違いない。
まだ見ぬ《龍》を想像しながら歩いていた鈴花は、不意に菖花と一緒に持っていた桶の持ち手を引かれた。
「鈴花。おうちはそっちじゃないわよ」
「え……? ごめんなさいっ!」
生まれた時から住んでいる小さな村だというのに、鈴花はすぐに迷子になってしまう。
毎日通っている井戸までの道はようやく覚えたものの、他の場所となるとすぐに迷ってしまうのだ。
この方向音痴も両親から『役立たず』と言われている原因のひとつだ。
身を縮めて謝る鈴花に、菖花は気を悪くした様子もなく「私には謝らなくていいわよ」と優しく笑いかけてくれる。
そんなところも、鈴花のことを『役立たず』『できそこない』と怒る両親とまったく違う。
菖花と一緒にいる時だけが、唯一ちゃんと息ができるような気がする。
「あんまり遅くなると父さん達に怒られちゃうから、早く帰りましょ」
「うんっ!」
大きく頷いて、鈴花は菖花の顔を甘えるように見上げる。
「でも、もっとねえねのはなしをききたいなぁ……。ねぇ、またねるまえにおはなししてくれる?」
菖花の話は難しいところもあるけれど、でも知らないことを聞くのはわくわくする。
「もちろんいいわよ。どんなお話がいい?」
「やったぁ! ええっとねぇ……」
ぴょんぴょんと飛び跳ね、鈴花は大好きな姉と一緒に家路を急いだ。
◇ ◇ ◇
「どうした?」
「ほぇっ!? す、すみませんっ!」
前を歩く
五日前、突然、官正である珖璉の侍女に大抜擢された鈴花だが、今日は何と上級妃のひとりである牡丹妃に会うことになっている。
いったいどういう理由で鈴花などが牡丹妃に目通りできることになったのか、理由はさっぱりわからないが、牡丹妃に失礼のないようにと、昨日からさんざん珖璉にしごかれ、口上を暗記させられた。
出来のよい菖花ならば、きっと珖璉に手間をかけずに済んだだろうに……。と思うあまり、ついぼんやりと灯籠を見て現実逃避してしまったらしい。
ぼうっと歩いていたせいだろう。いつの間にか珖璉との距離が少し空いてしまっていたことに気づいた鈴花は、立ち止まった珖璉へとぱたぱたと小走りに駆け寄りながら、あわてて説明する。
「そのっ、『昇龍の祭り』の灯籠に、故郷の村のことを思い出してしまって……」
初めて『昇龍の祭り』の灯籠を見たのは、もう十年以上も昔のことだ。
けれど、美しくまばゆく灯籠を大好きな姉と見た日の感動は、今も鈴花の胸の中できらめいている。
「ああ、あれか」
鈴花の返事に珖璉が何の興味もなさそうな様子で軒先や庭木のそこかしこに吊るされた灯籠を見やる。
さすが龍華国の後宮だけあって、吊るされている灯籠は、鈴花が見たことがないくらい立派なものだ。
凝った装飾が施され、薄い紗が張られた灯籠は、村長の家に吊られていたものとは比べものにならない華麗さで、ついうっとりと見惚れてしまう。
が、珖璉は見慣れているのか、何の興味も引かれないらしい。
「灯籠など、この時期は嫌というほど見られるだろう?」
紡ぐ声は冷ややか極まりない。
「まあ、《光蟲》の灯籠は珍しいやもしれんが」
「ええっ!? あれ、中は光蟲なんですか!?」
思わず大声を上げてしまい、あわてて両手で口をふさぐ。
道理で、風もなく灯籠が揺れていないのに、中の光がちらちらと揺れていると思った。
いまは周りが明るいので《光蟲》が放つ光も陽光にまぎれてよくわからないが、夜になればさぞかし綺麗だろう。
「後宮って、すごいんですね……っ!」
《光蟲》自体、五日前、珖璉が
まだ後宮に来て二十日ほどだか、自分がこれまで暮らしてきた村との違いに戸惑ってばかりだ。
まったく別世界だと言ってもいい。
そんな後宮で、姉はいったいどんな理由があって行方知れずになってしまったのか……。
「鈴花? 行くぞ」
無意識のうちに唇を噛みしめていた鈴花は、珖璉の声にはっと我に返る。
「は、はいっ!」
これ以上、無駄話をしている暇などないと言わんばかりに
もしうっかりはぐれたら、方向音痴の鈴花は絶対に珖璉の私室まで帰れないと断言できる。鈴花の目には銀色の光を纏って見える珖璉を見失うことなどないと思うが。
(姉さんを見つけるために、珖璉様にしっかりお仕えしなくっちゃ……っ!)
改めて気合を入れ直し、鈴花は珖璉に叩き込まれた牡丹妃への口上を頭の中で繰り返しながら凛と姿勢のよい主の後を追いかけた。
おわり
~作者より~
なんとなんと! 『迷子宮女は龍の御子のお気に入り ~龍華国後宮事件帳~』がコミカライズされることになりました~!ヾ(*´∀`*)ノ
掲載サイトは少年エースplus様および、並行してニコニコ漫画様、Comic Walker様です!
少年エースplus様では、昨日19日から連載開始となっておりますが、ニコニコ漫画様、Comic Walker様では、金曜日からの連載開始となります~っ!
少年エースplus様
迷子宮女は龍の御子のお気に入り ~龍華国後宮事件帳~
https://web-ace.jp/shonenaceplus/contents/3000090/
コミカライズは和久田若田先生がご担当くださっているのですが、本当に美麗で……っ!(*ノωノ)
『呪われた龍にくちづけを』をお描きくださっているみどりわたる先生のコミカライズも、「少年英翔様、可愛いっ! 明珠も可愛すぎる……っ!」と叫んでおりますが、和久田若田先生の珖璉様もほんと麗しくて……っ!(੭ु。ÒдÓ)੭ु⁾⁾バンバン
いやもうこれは後宮中の宮女達が憧れても仕方がないよねっ! 超納得っ! となっております……っ!( *´艸`)
さらに、コミカライズですので、書籍版の表紙には描かれなかった
ちなみに、今回のコミカライズ連載開始記念SSのネタは、第1話冒頭のちび鈴花と菖花の二人があまりに可愛いので、「この二人を書きたい!」という衝動で書きました~( *´艸`)
珖璉とのやりとりは、時系列でいうと、書籍版『迷子宮女は龍の御子のお気に入り』ではp157ページの牡丹宮に行く直前のシーンとなっております~。
まだ珖璉が鈴花にそれほど甘くなかった頃なので、懐かしい……っ! と思いながら書いておりました(笑)
よろしければ、書籍もコミカライズもどちらもお楽しみいただけましたら嬉しいです~!(ぺこり)
というか、本当に素晴らしいので! 第1話を無料でお読みいただけますので、ぜひぜひコミカライズ版『迷子宮女は龍の御子のお気に入り』もご覧くださいませ~!( *´艸`)
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