後編
吉見家の墓石の前に彼女一人を残して、僕は墓地を出た。
僕の恋心に気づいていたとか、告白を待っていたとか。最後に吉見さんが打ち明けた話は、僕を動揺させるには十分であり、しばらく一人になりたい心境だった。
蝉の音も耳に入ってこなくなったし、田舎の空気の清々しい匂いも、僕の心を落ち着かせてはくれなかった。
「あの頃、もしも吉見さんに『好きだよ』と言っていたら……」
周りに誰も歩いていないから、つい独り言が口から出る。
子供の頃に告白していた場合、僕の人生は大きく変わっていたのだろうか。
再会を約束して、連絡を取り合って、休みのたびに田舎へ戻ったり、逆に吉見さんが東京まで来てくれたり……。そんな生活も起こり得たのだろうか。
それこそ、思春期に妄想の中で何度も思い描いたように。
「おや……?」
色々と考えるうちに、いつのまにか見覚えのない場所に来ていた。
目の前にそびえ立つのは、都会の駅前にあるような、大きなスーパーだ。
スーパーの建物自体は同じくらいだが、敷地はむしろ都会のものより広かった。田舎だから、土地には困らないのだろう。都会ならば
「それにしても……。変だな?」
改めて、周囲を見渡してみる。スーパーは記憶にない存在なのに、敷地を取り囲む田んぼや、少し離れた場所にある家々、遠くの山々には見覚えがあった。いや見覚えがあるどころか、毎日のように目にしていたくらい、馴染み深いものであり……。
「あっ……」
ようやく真相に気づいて、僕は絶句してしまう。
この場所は、僕たちが通い続けた小学校のある場所。
つまり、あの思い出深い小学校がいつのまにか廃校になって、その跡地にスーパーが出来ていたのだ!
「こんなところに立ってると邪魔だぞ、倉田」
ポンと肩を叩かれて振り向けば、灰色のスーツを着た男が笑っていた。
「お前、倉田だろ? 後ろ姿だけでわかったぜ。十数年……いや二十年ぶりくらいか? 変わらないなあ、お前は」
頭の中央が薄くなった男は、そう言って笑う。髪のせいで少し老けて見えるが、それを差し引けば、僕と同じくらいの年頃だろう。しかも、この言い方からすると、子供の頃の友達の一人であり……。
「前川……? 前川か!」
「そうだ。覚えててくれたか。……というより、もっとすぐに思い出せよ」
前川も昔の仲良しグループの一人であり、先ほどの墓地でかくれんぼしたこともある仲間だった。
「夏の帰省じゃないよな? 倉田の家は、もうこっちにないんだから」
「ああ、うん。ただ、なんとなく懐かしくて、ふらっと来てみたんだ。去年まではアメリカで働いてたから、ここへ来るなんて出来なかったから……」
「アメリカか! 凄いな! この村から東京に出て、次は外国か!」
「いや、別に……」
それほど特別な話ではない。今や国際化社会の時代だ。
そう思ったけれど、口に出したのは別の言葉だった。
「……みんな一緒だね。さっき吉見さんと会ったけど、前川と同じようなこと言われたよ」
「吉見さん……?」
前川の表情が少し暗くなるが、気づかないふりをして、僕は話を続けた。
「うん。昔一緒に遊んだ墓地に行ったら、偶然会ってさ。ちょうど吉見家の墓石の前だったから、たぶんお盆の墓参りかな?」
「ああ、あそこで……」
前川が遠い目をする。
「……そうか。うん、倉田の言う通りだろう。墓参りじゃないけど、吉見さん、お盆だから戻ってきたんだな」
前川の「戻ってきた」という言葉に、僕は引っ掛かりを覚えた。吉見さんの話では、彼女はずっとこの村で過ごしていたはず。少し矛盾するではないか。
しかし、わざわざ聞き返すまでもなかった。続く彼の言葉で、事情を理解できたからだ。
「今年の春頃の話だ。このスーパーを出てすぐのところで、吉見さん、車に轢かれてな……。ほら、田舎道だからスピード出てたみたいでさ。即死だったよ」
スーパーの駐車場を見回して、前川が悲しそうに呟く。
「この辺りも車が増えて、物騒になったからなあ」
(「触りたいけど触れない」完)
触りたいけど触れない 烏川 ハル @haru_karasugawa
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