君の色は。

洞山楓

君の色は。

「例えば怒りと聞いて何色を思い浮かべる?」


「んー、赤かな?」


「それじゃあ悲しみは?」


「青!」


「みんなと同じ答えだね」


「だってそのイメージしかないもん。もしかして間違ってるの?」


「うーん、間違いではないよ。ただ僕はそれぞれの感情に決まった色なんて無いと思っているんだ」


 ここは私——高野由梨たかのゆりが通う大学の近所にある小さな喫茶店。近所にあるといってもここを知っている学生なんてほとんどいないだろう。

 大学まで続く大通りを外れて狭い路地を進み、角を右に一回、さらに進んで左に二回曲がる。そして人が一人通れるかどうかくらいの、より狭くなった路地を三分ほど行くと辿り着くことができる。この道からでしか来ることのできないこの喫茶店は、いわゆる隠れ家のような感じで私のお気に入りの場所なのだ。


 そして今、私が話しているのはついこの間大学で出会った木下冬夜きのしたとうや君。少し茶色がかった短髪に柔らかな笑顔が似合うとても優しい男の子だ。

 冬夜君は大学に通いながらカメラマンをしている。カメラマンといっても自分の撮りたいものしか撮らないので、お金を貰うような撮影はしていないらしい。あくまでカメラは趣味であって、それを仕事にしようとは思っていないようだ。

 しかし私は冬夜君の話を聞くと、どうして趣味で終わらせてしまうのだろうかともったいなく思ってしまう。何故仕事にしないのかと。だから少しでもその道に進んでもらえるようにカメラマンと勝手に言っている。そう、私はお節介なのだ。


「だから僕は写真を撮った時にそれが何色に思えたかをいつも写真の後ろにメモするんだ」


 冬夜君の撮りたいもの、それは表情だという。喜びや悲しみ、怒り、驚きなどの感情を純粋に感じることができ、そしてその表情というものは人によって様々で、またある一人を見ても一瞬一瞬で表情は変わっていく。そのほんの少しの変化が起こる一瞬を捉え、見ることができるのが写真であると。

 その一瞬の表情を見て、そこから伝わってくる感情を読み取って思い浮かんだ色を表現するのが楽しいんだと冬夜君は言う。


 私はそのこだわりを持って仕事をしたらきっとすごい写真が撮れるのではないかと思う。その人の一瞬の表情を大切にしているならモデルさんの一番いい表情を撮ることだってきっと上手なはずだ。


「ねぇやっぱりカメラマンとして働いた方がいいよ!そのこだわりがあればプロにだって引けを取らない写真が撮れると思う」


「君も負けないなぁ」


 彼は苦笑いしながらテーブルに置かれたコーヒーの入ったカップに口をつける。やっぱりここのは美味しいなと呟くと、再びコーヒーに口をつけた。


「だって冬夜君が写真の話をしている時は目がキラキラしていて、なんかこう…… そう!ものすごい熱意を感じるの」


「ははっ。確かに写真の話をするのは好きだけど、そんなに僕は熱くなっていたかな?」

 

 そう言って小さく笑う冬夜君はまるで少年のようで可愛らしかった。そんな彼はでもね、と話を続けた。


「僕も負けてあげないよ?君がどんなにカメラマンになりなよと勧めても僕はなる気はないからね。前にも言ったように僕の作品は僕だけのものであってそれを他の誰かと共有しようとは思わないんだ。だから僕は僕が撮りたいと思ったものしか撮らないんだ」


 その言葉通り、私は冬夜君の撮った写真を見たことがなかった。写真が趣味だと知った時に見せてとお願いしたが、今と同じことを言われた。きっとその写真の中に自分だけの世界を見出しているのだろう。そしてその世界に他の人を入れるのを拒んでいる。見れないのは残念だが、私はそんな事よりもそのブレない姿勢の冬夜君に尊敬の念を抱いた。


「そこまで言うならしょうがないね」


「こればかりは譲れないんだ」


 私があえて真顔でそう言うと、冬夜君も私を真似て真顔で答えた。数秒後、真顔で見つめ合うこの状況がおかしくて私達は笑ってしまった。出会ったのは最近だというのに、すでに何年も一緒に過ごしていたかのように感じられた。それほど冬夜君と一緒にいるのは心地よいのだ。

 その後、少しの時間他愛のない話をして私達は別れた。




 午後十二時半、すでに講義を終えたこの部屋には五十人に満たないくらいの人しか残っていない。先程まで二百人以上の学生がいてとても窮屈だと思っていたのに、今では逆に広すぎてなんだか落ち着かない。


 食堂でご飯を食べる人や大学敷地内の噴水広場で読書をする人、私のように講義室でダラダラする人など一時間半後に始まる次の講義までの過ごし方は人それぞれである。中には出席を友達に任せて帰ってしまう人もいるが。


「それで何で今日は講義室なの?いつもなら食堂に直行じゃん」


 私にそう尋ねるのは大学に入学してからの親友である木村加代きむらかよ。肩まで伸びたサラサラの髪を縛りポニーテールにしている、スタイル抜群のべっぴんさんだ。どうして同じ女なのにこんなにも差が出てしまうのかと思ってしまうほどのね。そんな美人の加代と友達になれたのはほんの些細な出来事がきっかけだった。


 入学式の日、軽く千人は入るであろう大ホールで新入生はこれから大学生になるというのにそわそわと緊張していた。小学生じゃあるまいし、と思っている私も実は少しドキドキしていた。そんな新入生達とは対照的に保護者達は隣の席同士すでに仲良くなっており話が弾んでいた。なんて適応力の高さなんだと驚きつつ私は指定の席に座った。




 入学式が始まり、祝辞や校歌斉唱など一つ一つの項目が終わっていく中、大学生になっても校歌を歌わないといけないのかと思ったりしながら、特にすることもなくただ式が終わるのを待っていた。

 しかし学部長の挨拶が始まってからが本当の地獄だった。喋るのは遅いわ、何度も同じ話を繰り返すわ、噛みまくるわで聞くに耐えないものだった。思わず私は心の声が溜息と共に漏れてしまった。


「「はぁ……」」


「これいつ終わるの」「これ終わらないでしょ」


 偶然にも隣の席の女の子と溜息も発した言葉も被ってしまったのだ。私は恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのがわかった。だがそれは隣の女の子も同じだったようで互いに真っ赤になった顔を見てクスクスと笑い合った。


「私、木村加代。あなたは?」


「高野由梨だよ。よろしくね」


「うん、よろしく。ところでさ、式中暇だからLINSでやりとりしようよ。こうやって話してると目立つし」


「それもそうだね」


 アプリで連絡交換した私たちは式が終わるまでメッセージでやりとりしながら時間を潰した。

 こうして意気投合した私たちは現在まで関係が続いているのだ。




「昨日食べるつもりで買ったパンが余っちゃったから今日は講義室でそれ食べながらダラけてようと思って!」


「なるほどね。それでそんなにパンが机に置いてあるわけね」


 そう、私の目の前にはパンが六つも置いてある。


「これは加代に分けようと思ってたの」


「はいはい、また大量に買ったのね。いい加減自分の食べれる量をきちんと把握しなさいよ」


「だって昨日はたくさん食べれそうな気がしたんだもん……」


「言っておくけどその言い訳が通じるのは小学生までだからね?」


 そう言いながら加代は私の隣に座り、机の上に置かれたパンを一つ手に取った。加代とは学科が違うので講義が一緒になることがない。それぞれ講義室が違う私たちはいつもは食堂に集合して一緒にご飯を食べているのだが、今日は私のいる講義室まで来てもらった。


「そういえば由梨さ、最近木下君と一緒にいるって本当?」


 パンを食べながらそう聞く加代の表情は何故か真剣なものだった。


「うん。でもそれがどうかしたの?」


 何でもないような態度の私の返答に加代は驚き、その拍子にパンを喉に詰まらせしまった。私がすぐに水を差し出すと、その水を勢いよく飲んだ。


「はぁ…… この大学に三年もいたら一度くらいは聞いたことあるでしょ!木下君の噂」


「噂?聞いたことないけど?」


 私の返答に加代はあり得ないと溜息をついた。


「なら教えてあげるからちゃんと聞きなさい。噂によると木下君と関わりを持った女の子は大学からいなくなるらしいの」


「何その都市伝説みたいな噂!絶対嘘だよ~」


 冗談だと思って茶化したが、加代の表情は真剣なままだった。


「ふざけないで。噂って言ってるけど、実際に何人かが突然大学からいなくなって連絡がつかなくなってるんだよ」


 加代の様子からこの話は本当のように思えた。しかし、それならば何故それが未だに噂なのだろう。もし本当なのであればそれは噂ではなく、事実として広まるはずじゃないかな。


「最近由梨と木下君が一緒にいるって噂が聞こえてきたから心配だったの。だから今後は関わらないようにね」


 結局はただの噂なのだ。


「心配してくれるのは嬉しいけど、冬夜君からはそんな危ない感じはしないから!まぁ気には止めておくよ」


 そうして昼の時間は終わりを迎えた。




 加代と冬夜君の噂話をしてから数日後、私は変わらず彼と喫茶店に行ったりしていた。そしてある土曜日、私は彼と遊びに出掛けている。まぁ遊びとは言っても私が彼の趣味についてもっと知りたいと思ってカメラを見に来ただけなんだけど。


「カメラってこんなに沢山あるのにレンズも沢山の種類があってどれがいいのか分からないよね」


 ずらーっと並んでいるカメラを見て私はびっくりしていた。カメラにも色んな種類があることは知っていたが、想像以上の数に私は驚いていた。


「冬夜君は何を基準にカメラを買うの?」


 すると彼は興味なさそうに答えた。


「僕はあまりカメラにこだわりはないんだ。使い切りのものでもいいと思ってるくらいだから」


 人の表情を撮るのが好きで、それにはこだわりがあったのに。肝心なその表情を撮るためのカメラにはこだわりがないなんて意外だった。いや、もしかしたら彼のことだから何か深い訳があるのかもしれない。


「そうなの?写真を撮るのが好きな人ってそれぞれカメラにこだわりがあるイメージがあったんだけど」


「確かにそうかもしれないね。でも僕は僕の好きなものを形として残すことができるならそれで満足なんだ。だからカメラにこだわりはない」


「そうなんだ」


 好きなものを出来る限り綺麗に上手に撮るのではなく、どんな形であれありのままの姿を撮る。カメラ自体の機能に頼るのではなく、どんなカメラでも自分の気にいるような写真を撮る。きっとそういうことなのだろう。それが彼のこだわりなんだ。


 私達は店を出て、すぐ近くにあった小さな公園のベンチに腰掛けた。公園には遊具を使って親子で楽しく遊んでいたり、小学生くらいの子がテーブルの上でカードゲームをしていた。


「せっかくカメラ持ってきたのにまだ一枚も写真撮ってないね」


 彼の首には手に収まるサイズのカメラが掛かっていたが、今日はそのカメラを一度も手に取っていなかった。


「何かあるかもしれないからと思って持ってきたんだけどやっぱりなさそうだ」

 

「じゃあ私のこと撮ってよ!私って感情豊かだからきっといい表情が撮れると思うよ」


 彼は確かにと言って笑った。


「君はよく笑っていていつも幸せそうだ。それに驚く時も悲しむ時もはっきり顔に出ている。でも写真を撮るのは今じゃないかな」


「えー?どういうこと?」


「僕の中で写真を撮る時の条件のようなものがあるんだ。自分ルールと言ったら分かりやすいかな?」


「なるほど。つまり今はその条件に満たないってわけね」


「そういうこと。でもいつか君の表情を撮れたらいいなと思っているよ」


 何て素晴らしいフォローだろうか。彼の優しさが伝わってきた。


「本当にそう思ってる?慰めならいらないよ?」


「本当さ。これは僕の本心だよ」


 彼のニコッとした笑顔は暖かな日差しに照らされ、より一層輝きが増した。この時の私はすでに噂話の事など綺麗さっぱり忘れていた。


「それなら良かった!ねぇお願いがあるんだけどいい?」


「僕が叶えられることならね」


「じゃあ大丈夫!私ね、冬夜君のスタジオに行ってみたいの!」




 暖かな光を放つレトロな風貌のランプがいくつか置かれているのにもかかわらず、この店内は薄暗い。しかしそれがかえって落ち着いた空間を作り出していた。暖かな光に揺れながら、店内に香るコーヒーの香りを感じる。香りだけでなく、厳選されたコーヒー豆をハイローストの状態まで焙煎し、三種類の豆をブレンドした後で丁寧に淹れられたコーヒーを味わう。それはまさに贅沢の極みだ。

 そんな上質でゆったりとした時間を過ごすことのできる、このお気に入りの喫茶店に私と加代が訪れたのは、冬夜君と遊びに出掛けた日から一週間後のことだった。相談したいことがあると私が加代を誘ったのだ。

 席に着き、先に注文しておいたコーヒーがテーブルの上に置かれるなり、何故かいきなり加代から問い詰められることになった。その声は怒気を帯びていた。


「由梨さ、私の話ちゃんと聞いてた?木下君は危ないって言ったよね?どうしてまだ仲良くしてるのよ」


 この前も思ったのだが、私にはどうして噂話だけでそこまで冬夜君を危険人物扱いするのか分からなかった。ただの噂なのに。


「そう言われても私は一緒にいて危ないとか変だとか思わないし…… それにね、私は冬夜君の撮った写真に興味があるの!」


「ねぇ、由梨は木下君のことが好きなの?」


「え⁈ちがうよ!冬夜君とは友達だよ!」


 確かに一緒にいて心地がいいし、楽しいけどそれは恋愛とは別だ。私にはちゃんと好きな人が——


 慌てた私の前で加代はホッとしたように息を吐いた。


「それならよかった。好きじゃないって分かったからひとまず落ち着いて」


「加代のせいでしょ!」


 そして私に落ち着きが戻ったところで、加代がやっと本題に触れた。


「それで相談って?」


「そのー、好きな人のことなんだけど……」


 大学に入ってすぐにできた好きな人のことを親友である加代に今更話すのは恥ずかしかった。


「木下君じゃないなら誰なの?由梨とは大学に入ってからもう三年の仲だけどそんな感じの人いなかったよね?」


「それは私なんか相手にされないだろうなって思ってたし、実際何の発展もなかったから言わなかったの。でも五日前くらいに急に進展したから」


「うん。それで相手って誰なの?」


「山田友作君なん——」


———ガタンッ


 加代は山田君の名前を聞いた瞬間、席を立ち上がるほど驚いた。その拍子に、座っていた椅子は床に倒れ、テーブルの上に置かれたコーヒーがカップから少し溢れてしまっている。


「え……?どうしたの?」


「ん?あ、いや、何でもないよ!好きな人がまさかあの山田君だとは思わなくて。ごめん、話続けて」


 少し間が空いて、我に返った加代は慌てて座り直してから顔を手で覆った。驚きすぎたことが恥ずかしかったらしい。


「一年の時に一目惚れしたんだけどね、さっきも言った通り相手にされないだろうなと思って結局何も無いままずっと片思いだったの。それが五日前にあるきっかけから山田君と話すようになって仲良くなったの。でもね何だか距離を感じるんだよね。だからどうしたらいいかなって」


 山田友作やまだゆうさく君——それは私や加代と同学年で、大学でも学年問わず一番女の子から人気のある男の子である。ウルフカットされた黒髪に目鼻の整った顔立ち、女の子に劣らずの綺麗な肌をした高身長の山田君は芸能事務所に所属しモデルとして活躍している。これほどまでに人気があるのに、現在彼女はいないという。おそらく加代が"あの"とつけたのは誰もが知るという意味だろう。



 山田君との出会いは大学に入学して間もない頃。その日は教科書販売があり、私はその大量の教科書を買った後で、ロッカーへ向かう途中だった。不運なことに、私に誰かが勢いよくぶつかり、持っていた教科書が地面に散乱してしまった。ぶつかってきた人はそのまま行ってしまい、それに私は少し怒りながら教科書を拾っていた。

 その時そこに現れたのが山田君だった。山田君は大丈夫?と声を掛けてくれ、教科書を一緒に拾ってくれた。その上重いよねと言いながらロッカーまで運んでくれたのだ。そのことに感謝しつつも、私の意識はすでに山田君に向けられていた。一目見ただけで惚れてしまうほどの容姿に、優しさも兼ね備えている。一目惚れだった。けれど私はそこからアプローチしようとはならなかった。ロッカーを出るとそこには何人もの女の子が待っていたからだ。山田君は少し迷惑そうにしているのがわかったが、女の子達の前ではそういった表情を見せることはなかった。きっと山田君に好意を持っている女の子はここにいる人だけではないと思った私は彼の目にはもう映ることはないと諦めてしまった。しかし一目惚れした、気になるという気持ちまで諦めたわけじゃなかった。アプローチするのを諦めただけで片思いは続けるつもりだった。


 そんな私にチャンスが訪れたのが五日前だ。最初に出会った時と同じように誰かが私にぶつかり、両手に抱えた大荷物が地面に散乱してしまった。そして同じように山田君が一緒に拾ってくれたのだった。


「あの時と同じだね」


 それは少女漫画のようだった。二年前の記憶にも残らないような、私との出会いを覚えていてくれた。山田君からしたら何でもないことかもしれないが、私からすればこれは運命だとしか思えなかった。そしてこの出来事がこれっきりで終わることはなかった。まるで運命の歯車が動き出したかのように、私と山田君の時間が始まった。しかし仲良くなるにつれて何故か距離を感じるようになった。山田君はそんな気はないかもしれないが、私にはこれ以上近づくなといっているようにも思えた。



 手で顔を覆っていた加代は姿勢を戻してから私の目を見て言った。


「それはきっと元カノが原因だと思うわ。山田君には大学に入ってから四人の彼女ができたの。でも何故か四人とも突然大学をやめちゃったらしいのよ。その後はどうやっても連絡も取れないらしい」

 

「それも噂?」


「え?そうよ。由梨は大学内での噂を知らなすぎよ」


「ちがうよ!加代が知りすぎてるんだってば!」


 加代は一体どれほどの情報を有しているのだろうか。それとも加代の言う通り、私が知らなすぎるのかな。


「私は親友として由梨のために言うけど、山田君はやめておいた方がいいよ」


「どうして?それならきっと山田君は苦しんでいるんでしょ?放っておけないよ」


「さっきの話聞いてたでしょ?山田君と付き合うと色々大変なのよきっと」


「でもただの噂でしょ?ほんとは何でもないかもしれないじゃん!」


 少し口論になった後、加代は静かに諭すように言う。


「……少しは考えなさいよ。木下君と山田君の噂のことを。おかしいと思わない?」

 

 二人の噂? おかしい? それはおかしいよ。だって二人の噂ってどっちも人が……


「———ッ⁈」


 もしかして冬夜君が……


「気づいた?二人に関わるとそういうことになるのかもしれないのよ」


「いや……でも、そんなこと…」


「もし山田君と木下君が二人で何かしてたとしたら?」

 

 ここまで言われてやっと私の中に危機感が生まれた。


「だから加代は最初から注意してくれていたんだ……」


「由梨は大学で唯一の親友だからね」


 私は加代と出会えて良かったと心の底から思った。こんなに心配してくれていることに感謝をしつつ、それでも私は二人と関わるのをやめようとは思わなかった。危機感はあるものの、どんなに言われても、考えてもやはりそれは噂でしかないから。それに、もしその噂が本当なのだとして、私が二人と関わるのをやめたら私ではない誰かが危険な目に遭うことになる。それならば私が二人の噂が嘘であると証明し、それを事実として広める。


「加代ありがとう。でもやっぱり私はやめないよ。私がやめたら他の人が代わりになっちゃうから」


「……本当にばかなんだから」


「へへへっ。実はね、今度冬夜君のスタジオに行かせてもらえるんだ!だからその時に冬夜君には直接話を聞くよ」


 それを聞いた加代は一瞬驚いたようだったが、その後悲しそうな顔をしていた。そして私の意志が固いのが伝わったのか、それから私に何か言うことはなかった。




 次の日、その日の講義を全て終えた私は講義室で山田君と少し話をした。その内容はあの噂とは関係なく、日常的なことだ。私は家に帰ろうと講義室を出て校舎内を歩いていた。その時、後ろから声をかけられた。


「高野さんですか?」


 それは聞き覚えのない声だった。振り返るとそこには見知らぬ女の子が立っていた。私のことを急いで追いかけてきたのか、呼吸が荒い。彼女は確かに私の苗字を呼んだが、はっきり私が高野だとは知らないようだった。


「そうですが、すみませんどこかでお会いしましたっけ?」


 私がそう聞いた時にはすでに彼女の呼吸は落ち着きを取り戻しつつあった。


「あ、いえ、会ったことはないです。突然すみませんでした。しかし高野さんにどうしても話しておきたいことがあって」


 お互い初対面なのに何を話すことがあるのだろう。私は何か変だと思った。


「私達って初対面ですよね?」


「はい、そうです。でも伝えなければいけないことがあるんです」


 彼女の表情は至って真剣で、とてもふざけてるようには見えなかった。


「私は西島綾にしじまあや、山田君の元彼女の友達です」


 そう言われた瞬間に何故声をかけられたのか分かった。私の頭にはあの噂のことがすぐに浮かんだ。


「最近高野さんという方が山田君と親しげに話をしているのをよく見るというのを耳にしました。その時私はすぐにみんなの話している情報を元にあなたを探したんです」


「あの噂のことですよね?」


「え……? 知ってるんですか⁈ あなたはそれを知った上でまだ関係を続けているんですかっ!」


 綾さんは一瞬呆気にとられていたが、その後スイッチが切り替わったように怒鳴りながら詰め寄ってきた。私はただ黙って頷いた。


「噂を知っているなら話は早いです。いいですか? これからは山田君と今後一切関わらないようにしてください。そしてこっちが重要です。あなたは知らないかもしれないですが、木下冬夜という男にも関わらないでください。その人が一番危険です」


 綾さんは加代と同じことを私に言った。それも綾さんはあの噂に関係する人物の友達である。これは事実なのかも知れない。


「それと——」


 加えて何か言おうとした時、綾さんの視線が一瞬私の左後ろにいったのを私は見た。


「いえ、何でもありません」


 その後私に視線を戻し、言いかけた言葉を飲み込んだ。


 そして私の耳元で小さく呟いた。


「明日の放課後、一階の小会議室に来て。そこで詳しく話すから」


 綾さんは人目を気にするように走っていった。


 私はこの時、綾さんとの会話を誰かにひっそりと見られていることに気がつかなかった。

 それから約束した次の日の放課後、綾さんが1階の小会議室に来ることはなかった。

 それどころか私が冬夜君のスタジオに行くまで綾さんは大学にすら来ていなかった。




 大学の最寄り駅から三つ隣の駅を降りてバス停に向かう。そしてバスに乗られること40分、そこから徒歩で15分ほど歩くとそこは年季の入った建物ばかりが並んだ、人気のない場所だった。歩いていても人とすれ違うことはなく、人が住んでいるようにも思えないところだった。少しして私はある建物の前で足を止めた。顔を上げ、目の前の四階建ての古びた建物を眺める。その三階が冬夜君のスタジオだった。


 私は腕時計を見て時間通りに着いたことを確認する。すると冬夜君が建物から出てきた。


「やぁ。わざわざこんな所まで来てくれてありがとう。じゃあ行こうか」


 私は冬夜君の後をついていく。建物内は外観と同じように古く、階段の手すりや壁から見えている鉄筋は錆びついて崩れそうだった。


「見たところとても古くて崩れそうだなって思うだろうけど、実は結構しっかりしてるんだよ」


 冬夜君は階段を上りながらそんなことを言う。私の心配を見透かされたようだった。もしかしたら顔に出てしまっていたのかもしれない。


「それじゃあ入って」


 三階に着いた私は冬夜君に言われて部屋に入る。


「あれ? 冬夜君、ここってスタジオだよね?」


 スタジオだと聞いていたこの部屋にはカメラや三脚、レフ板、照明など撮影に必要そうなものが一切見当たらなかった。長年使われたであろうボロボロになったソファーに一つのテーブルと椅子、そして謎に本棚が置かれているだけの部屋だった。壁にはいくつかの写真が貼られていたが、どこか不自然だった。


「そうだよ。まぁ正確に言えばこの奥がスタジオになってるんだ」


「奥って?この部屋以外に部屋なんてないけど……」


 そう言いながら私は部屋の中を歩き回った。壁に貼られている写真を手に取り、見てみるとそこには満面の笑みを浮かべる親子がいた。しかし冬夜君の撮ったこの写真は私には誰にでも取れる普通のものに思えた。いつも話していたこだわりのようなものが感じられなかった。そして写真の裏には何色かが書かれていなかった。


「スタジオはここだよ」


 冬夜君が本棚を横にずらすとそこに一枚の扉が現れた。


「どうぞ」


 冬夜君は笑顔だった。それはいつもと変わらない柔らかなものであるはずなのに、今の私にはそうは思えなかった。何故かは分からないが、この先にあるスタジオに入ってはいけないと私の本能がそう告げていた。


「うーん、また次の機会にしようかな!」


 私は入り口の方を振り返りこの部屋を出ようとしたが、その瞬間冬夜君に腕を掴まれた。


「悪いけど君に次なんてないんだよ?」


「やだ!痛いッ、やめて!!」


 私はいつもと変わらない笑顔のままの冬夜君が怖くなり振り払おうとしたが、腕を掴む手の力が余りにも強く逃してはくれなかった。そして無理矢理引きずられるように扉の前まで連れて行かれた。


「この先がスタジオだよ。さぁ君は僕にどんな表情いろを見せてくれるのかな?」


 勢いよく扉を開け、私を乱暴に部屋に放り込んだ。


「——ッ⁈ オエエッ、ウェ、ッ、オェッ」


 部屋に入った途端、とてつもない腐敗臭と鉄の臭いが鼻を通り抜け、吐き気が次々と押し寄せてきた。そして胃から込み上げてきたものを私は押し戻そうとはせず、外に思いっきり吐き出した。


 顔を上げ部屋を見渡すとその臭いの原因はすぐに分かった。


 部屋には何人分かの白骨と腐った人肉のついた骨が転がっていた。それが人だと分かったのはその近くに見知った人の死体が雑に置かれていたからだった。私は吐き気を催しながら、耐えきれぬ恐怖に怯えながらも冬夜を問い詰めた。


「ぅくっ…… うっ、何なのよッ!何でこんなことするのッ!あなたは何がし——」


——カシャッ


「うん!いいね」


 冬夜は突然カメラを構えて私を撮り始め、そして笑みを浮かべた。そのあまりの狂気さは、恐怖でおかしくなりそうだった私を冷静にさせた。一体なんなんだ。この男は私と同じ人間なのか?おかしい、狂ってる。冷静になった私は静かに口を開く。


「……あなたが殺したの?」


 こいつが殺したことなんて分かりきったことだが、聞かずにはいられなかった。


「いつものように冬夜君とはもう呼んでくれないのかな?」


「いいから答えてッ!」


「まぁいいや、そうだよ。僕が殺した。ほら、あの写真たちを見てみなよ!どの写真もいい表情をしてるでしょ?どれも初めてのい——」


「ふざけないでッ!ふざけないでよ…… ううっ…」


 悲しさ、悔しさ、怒り、恐怖。様々な感情がごちゃごちゃになって溢れ出し、私は涙した。

 壁に貼られた写真には五人の女の子がそれぞれ写っていた。それが誰なのかは言われなくても分かった。山田君の元彼女達、そして西島綾さんだ。

 あの時私に詳しく話せなかったのは冬夜が見ていたから。大学に来ていなかったのは冬夜に殺されたから。全てこいつのせいで……


 私の中でどんどん怒りと憎しみが膨れ上がってきて——



——カシャッ


「これは素晴らしい!こんな表情いろは初めて見るよ」


 カメラのシャッター音が膨れ上がった怒りと憎しみをかき消した。そしてふと我に返った私を再び恐怖が支配した。


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 そうだ。私も殺されるんだ。嫌だ。死にたくないッ。


 今すぐここから逃げ出したいのに足が竦んで動けなかった。


「うーん、その顔はいいや。もう嫌ってほど見たんだ。って聞いてる?」


 死にたくない、ただそれだけを願う私の耳に彼の声は入ってこなかった。しかし次に発せられた言葉には反射的に反応した。


「聞こえていないか。うん、じゃあもう殺そう」


「嫌ッ!死にたくないッ!殺さないでッ!」


「なんだ聞こえてるじゃないか。そうかぁ、死にたくない……ね。じゃあ僕の質問に答えてくれるかな? その答えによって殺すかどうか決めるから」


 私は助かりたい、その一心で何度も頷いた。


「その前にまずは僕が君の質問に答えようか。君は何でこんなことしたのかって言ったよね?それは僕が撮りたいと思うものが撮れるからだよ。君は知ってるだろう?僕が撮りたいものしか撮らないことを」


 知っている。私は何度も聞いた。撮りたいものが一体何なのか分からずもどかしい思いをしていた。


「僕が撮りたいのはこれだよ」


 そう言って冬夜は多くの写真が貼られた壁に近づいていった。


「隣の部屋の壁に貼られていた写真を見て君はどう思った?なんだ、どこにでもある普通の写真だな。そう思ったんじゃないかな? でもこの写真たちはどうだ!死に際に見せるこの表情!最高じゃないか!」


 もうその歪んだ笑顔にいつもの柔らかさはなく、狂気以外感じることはできなかった。


「これも君に言ったことがあるけどこの作品は僕だけのものだからね。共有しようとは思わないよ。まぁ君からすれば僕を理解することなんてできないだろうし、したくもないだろうね」


 冬夜はゆっくり壁の方から私のところへ歩いてきた。


「さて、君の聞きたいことは聞けたかな? それじゃあ僕からの質問だ。よく考えて答えてね」


——ここを無事に出られたら僕のしたことを誰かに言う?それとも言わない?


「時間は一分あげるよ」


 まるで爆弾に繋がっている赤と青の導線どちらか一方を切るような感覚だった。

 『言う』を選べば今までしてきたことが警察にバレて冬夜は逮捕される。だからそれを防ぐために私は殺される。

 『言わない』を選べばよくそんな分かりきった嘘をつくねと言われる。そして今までしてきたことが誰かの耳に入らないように私は殺される。

 どんなに考えても行き着く先は結局死でしかない。最初から私を生きて帰すつもりなんてないのだろう。しかしそれでも与えられた最後の希望。助かる可能性が少しでもあるならそこに賭けるしかない。

 そして私の出した答えは……


「誰にも言わない」


 私は目を瞑って生きたい、助かりたいと強く願った。すると一言だけ返ってきた。


「分かったよ」


 その声は狂気に満ちたものではなく、今まで聞いてきた優しいものだった。助かった。私はパッと目を開けた。


「ねぇ、どうして……?」


 冬夜の手にはナイフが握られていた。


「残念だよ。君には少し期待していたんだけどね」


「なんでッ! どうしてよ!!」


「それはね、みんなと同じ答えだったからだよ」


「みんなと同じ……?」


「そう。あの五人にも同じ質問をしたんだ。全員が言わないと答えたよ。……僕は少し君に期待していたんだ。僕や山田君の噂を聞いてもこうして関わろうとして、その噂の真偽を確かめようとしてこのスタジオまで来たんだから。そんな君なら五人とは違う答えを出してくれるんじゃないかってね」


 彼が私に一歩近づく。


「本当に残念だよ」


 また一歩近づく。私は逃げようとするが恐怖で身体が言うことを聞いてくれない。


「まぁでも、僕の見たことのない初めての表情を見せてくれた君には感謝しているよ」


 いつの間にか彼の手に握られていたナイフの刃が私の首にあてられていた。


「それじゃあ最後まで僕に君の表情いろを見せてくれ」


——シュッ


 ナイフの刃が私の首を素早くすべったその刹那、真っ赤な血が噴き出し、体内からものすごい勢いで血液が無くなるのを感じた。


——カシャッ


 溢れ出す涙と血。私は切られた部分を必死に手で押さえるが、血が止まることはなく、次第に全身の力が抜けていった。


「じ、じにだく、な……い」


——カシャッ


 そして死の直前、最後に聞こえた彼の言葉は……


「うん、最高」


 最後に見た冬夜の顔は私によく見せてくれた、あの柔らかな笑顔だった。




 僕は先程撮った高野由梨の写真を見ていた。一部他の人間と同じようなものがあったが、それ以外はどれも素晴らしいものだった。様々な感情が入り混じり、見る度に思い浮かぶ色が変化する。これまでにない最高傑作だった。


「やはり殺すのは勿体無かったかな」


 彼女を殺してから数時間が経ったが、もう少し撮っておけばよかったと今更後悔していた。それに僕はあの質問の答えが『言う』であれば殺すことはしなかった。これは偽りなく本当である。僕はそれを期待していたのだから。彼女ならば僕が殺した女の子達や山田君の為に最後まで僕と戦うと思っていた。しかしやはり結局は自分が生きることを選んでしまった。心から残念に思う。


 僕は壁に貼られた写真を一望できるように置かれた小さな椅子に座る。その写真は僕が撮った何千枚という膨大な量の中で厳選したもので、どれも殺した時のことを鮮明に思い出させてくれるものばかりだ。まぁ厳選したといっても百枚ほどはあるんだが。


 やはり人が死を感じた時じゃないと僕の撮りたいものは撮れない。


 僕がカメラをいじりながらどの高野由梨を印刷しようか悩んでいると、階段を上る足音が聞こえてきた。そしてその足音はこの部屋の中へとやってきた。


「殺したの?」


「ああ」


 足音の持ち主が来ることを知っていた僕は特に驚くこともなく一言返した。

 その人は部屋に置かれた死体や白骨に目を向けることなく壁に近づき、写真を眺めていた。その人がこの部屋に充満する異臭や無残に置かれた死体を気にしないのはここに来るのが初めてではないから。もしくは僕と異常だからかもしれない。


「でもよかったのかい?」


「何が?」



——親友だったんだろう?



 僕に殺してもいいと言ったのは高野由梨の親友である木村加代だ。もっと言えば高野由梨だけでなく、今まで殺してきた五人の女の子も彼女が殺してもいいと教えてくれたのである。


「まぁね」


 本当に親友だったのか、そう疑いたくなるほど彼女は冷たかった。


「君は異常者だね」


「あんただけには言われたくないね」


「何を言ってるんだ?僕は異常なんかじゃないよ?」


 あんたこそ何言ってんの、と言った後彼女は写真を眺めながら語り始めた。


「由梨からあんたと一緒にいるって聞いた時は驚いたわよ。その時はまだ親友だったからね。あんたに殺されないように注意したり見守ったりしてたわ。でも山田君のことを好きだと聞いた時、私がどんなに言ってもあんたと山田君のことを諦めないと言った時、私の中で由梨は親友から殺害対象じゃまものになった。その時から私は由梨に対して殺意以外の感情はなかった。この女達の時と同じようにね」


 そして彼女は突然感情を爆発させた。


「大学に入って一番最初に山田君を好きになったのは私なのにッ!他の女に負けないくらい可愛いのにッ!どうして私じゃなくてこんな奴らを好きになるのよッ!!」


 怒鳴り散らした後、はぁ、と一息つき彼女は再び話を続けた。


「山田君に相手にされないなら、山田君の好きな人をひたすら消していけばいい。まさか由梨まで好きだったとは思わなかったけど」


「それならこの西島綾って人は関係ないんじゃない?」


「この女は由梨に何かを伝えようとしていたのよ。もしそれが伝わってしまったら由梨を殺すことはできないし、あんたのしたことだってバレちゃうからね」


 僕には西島綾を殺す理由が分からなかったので、正直あまり楽しむことはできなかった。

 まぁそんなことはもうどうでもいいんだけど、僕は彼女の言葉に少し腹が立った。


「でもこれで山田君に近づく人はもういないわね。これでそろそろ私のものにできる。もしまた変な女が現れた時はよろしくね」


 彼女が振り返った瞬間、僕はすでに彼女の目の前にいた。


 そして——


「え……?」


 僕は高野由梨の時と同じようにナイフで彼女の首を掻っ切った。


「僕のことのしたことがバレるって何だい?殺したのは僕だが殺人自体は君がしたことだろう?人のせいにするのは良くないね」


 何を言っているのか分からないと彼女は高野由梨と同じように必死に首を手で押さえて言った。


「何してんのよッ…… 私はあんたの協力者でしょッ!」


「協力者?いや、ちがうね。君が勝手にそう思っているだけ。僕は殺してもいい人間がいるって聞いたから殺していただけで、君の協力者をしていたわけじゃないよ?僕は僕のしたいことをしていただけだから。勘違いしないでほしいね」


「ふ、ふざけないで……よ……」


 僕はカメラを構えて写真を撮ろうとしたが、シャッターを切ることはなかった。


「うーん、君は駄目だね。こんな出来損ない初めてだよ」


「あん……た… じ、ごくに……おち」


 彼女は最後の言葉を口にしている途中で死んだ。だが何を言いたいのかは分かった。


「地獄に落ちるのは君だよ。僕が地獄に落ちる理由なんてないからね」


 僕は血まみれになった服を脱ぎ捨て隣の部屋に移動する。あらかじめ用意していた替えの服に着替えてから再びスタジオに戻り、壁に貼った写真を全て集めてカメラと共にバッグにしまう。


「殺したのは僕だけど、殺人自体は君がしたこと……。んー?あれ?言ってる意味分からないや。はは」


 死体や白骨は置き去りにしたまま、僕はスタジオを後にした。





 後日、ある大学の講義室。男女二人の楽しそうな、何気ない会話が聞こえる。


「例えば怒りと聞いて何色を思い浮かべる?」


「赤じゃない?」


「それじゃあ悲しみは?」


「それは青ね」


「みんな同じ答えだね」


「そりゃそうよ。そのイメージしかないもん」


「そうかな?僕はそれぞれの感情に決まった色なんて無いと思っているよ」


 そこには少し茶色がかった短髪の、優しそうな男の子が柔らかな笑顔を浮かべていた。

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君の色は。 洞山楓 @dousann

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