番外編 決戦の裏側で

 平和な。命の危険なんて微塵もない平和な街を歩いていると強く思う。

 色々あった。本当に色々あったと。

 陳腐なのは分かっている。だがゲロを吐きそうなほど濃密過ぎて色々としか言いようがないのだ。


(卒業して直ぐにあっち向かってからだから……大体五ヶ月か)


 少年――茂木 武もぎ たけるはしみじみと平和を噛み締めていた。

 自らの肉体に流れる少々問題のある血のせいで現世を離れることが決まったのが一年ほど前。

 最初はむしろ、ワクワクしていた。

 退屈な日常を吹き飛ばす、幻想的な非日常に対する期待があった。


(……自負もあった)


 武の身体には旧く高名な吸血鬼の血が流れている。

 父も、祖父も、そのまた祖父も皆、その血を目覚めさせることはなかったが武は違った。

 力の制御を学ばねば現世には置いておけぬと政府が判断するほど、その血は色濃く強い。

 事実、幻想世界に来て直ぐに荒事に巻き込まれたのだが武は力でそれを捻じ伏せてみせた。

 そしてこんなものかと、自身を極々自然に強者へと位置づけた。


(でも、違った)


 伸びた天狗の鼻は一ヶ月もしない内に粉々に砕け散った。

 入学式でのことだ。

 武自身、話題の“狗藤威吹”については聞いていた。

 自身と同じ強い“血”を引く若手のホープであると。


(最初は……何だコイツ、普通だなって思ったのにな)


 教室で騒いでいる威吹からは何も感じなかった。

 そりゃそうだ。良い血を引いているから強くなれるほど世の中は単純ではない。

 自分が特別過ぎたのだと武は思いなおした。


(今にして思えば、俺は馬鹿だわ)


 だが、思い知らされた。本当に特別な存在とはどういうものであるかを。

 羽虫を払うように同級生になるはずだった男を肉塊にしてみせた瞬間、武は心底恐怖した。

 あっさり。こんなにもあっさり他人の命を奪えるのか?

 他人の命を奪っておきながら何の感慨も抱かないのか?

 お前だって少し前までは普通の人間だったんだろう?


(んなことを考えてる時点で、化け物失格だよな)


 血を見て怯える吸血鬼なんてギャグかって話だ。

 武は痛感した。自分が井の中の蛙であることを。

 思い知らされた。あれが本物かと。


(まあ……ああなりたいかって言われれば絶対に嫌だけど)


 武は入学式で心をバッキリ折られてから、暇を見つけては威吹を観察していた。

 と言っても尾行やらをしていたわけではない。

 そんな怖いことが出来るものか。

 あくまで学校の中でだけ。

 威吹は普通だった。ダウナー系で、ちょい陰キャ寄りの何の変哲もないキャラだった。

 だが、それが何よりも恐ろしい。

 威吹が普通でないのは彼が成したことを並べれば明白だ。

 普通の少年が国を相手に喧嘩を売れるか? 戦争を起こせるか?


(精神的異形って言うのかねえ)


 恐ろしい奴が恐ろしいことをしでかすのは怖くない。当然のことだから。

 だがどこを見ても普通の奴が恐ろしいことをしでかすのは怖い。理解が出来ないから。

 武は威吹を観察していく中で、何となくその本質を理解した。

 人間としての価値観と化け物としての価値観。

 その二つをシームレスに切り替えているのが威吹なのだろう。

 サイコパスや多重人格とはまた違う。

 それらはどこか歪さを孕んでいるが、威吹のそれはとても自然だ。

 矛盾なく相容れない二つを両立させて、破綻なく日々を過ごしている。

 精神的異形――そうとしか形容のしようがない。


(俺からすれば普通の化け物より恐ろしいぜ……)


 ああはなれない。なりたくない。

 だが同時に、威吹と早くに出会えたのは幸運だったとも思える。


(アイツが居たから俺は俺の道を見つけられたわけだしな)


 快楽を伴侶とし、破滅さえも愛でながら傲岸不遜に生きる本物にはなれない。

 ならば自分は人外の力を運良く得られた矮小な人間として生きてゆこう。

 武は己の道を定め、その通りに生きることにした。

 幻想世界を離れないのもそう。

 学生という保護された身分で居られる内に、恵まれた指導を受け少しでも力を。

 そんな人間らしい損得勘定で留まることを選んだのだ。


(ま、それはそれとして現世で骨休めするけどな)


 一ヶ月以上も幻想世界を離れることが出来るなんて最高だ!

 そんな思いで夏休みをこれでもかと謳歌している武であった。


「おまたせー!」

「……おっせえよ、あいり」


 不貞腐れたように返す武だが、その実、かなり胸を躍らせていた。

 密かに想いを寄せていた幼馴染とのデートだ。嬉しくないわけがない。


「普通そこは全然待ってないよって笑う場面じゃない?」

「お前、俺がんな気障ったらしい返しをしてたらどうしてたよ?」

「腹抱えて笑ってたわ」

「最低だな……ま、それはともかく久しぶり」

「うん、久しぶり! 元気そうで良かったよ」


 へにゃ、と笑うあいりを見て武は思った。

 生きてて良かった。今日まで頑張って良かったと。


「そっちもな。大会は?」

「全国は行けなかったけど、まあ三位だから頑張った方かな? ともかく、これでようやくあたしも夏休み入れるわー」

「そうかい。そりゃおめでとう。折角だ、今日は飯ぐらいは奢ってやんよ」

「えへ、あんがと。とりあえずどっか入って涼まない?」

「あー……それならちょっと行きたい喫茶店あるんだが」

「良いよ。付き合ったげる」


 肩を並べて歩く。

 ただそれだけで心が満たされていくのを感じていた。


(……人間じゃなかったらこんな気持ち、味わえねえぜ)


 でも、少しじれったい。

 拳二つ分の距離をもっと近付けたいとも思ってしまう。

 武は今、最高にストロベリっていた。


「そーいや、そっちはどうなん? 外国ってやっぱ大変?」

「あー……まあ、そうだな。こっちと違って色々物騒だし」


 と言っても治安が糞になったのは威吹がやらかしてからなのだが。

 これからドンドン酷くなっていくだろうし、正直笑えない。


「でもまあ、本当に大変なのは……うん。クラスメイトかな……」

「イジメられてたりするの?」

「いやいや、んなこたぁねえよ。基本的に気の良い奴ばっかなんだが……一人、やべーのが居てな」

「やばいって具体的には?」

「あー……そうだな」


 GWにこっちで政治家やら財界の大物が殺される事件あったでしょ? あの犯人。

 とは流石に言えない。

 あちらでは公然の秘密だが、現世においては未だ捜査中の案件ゆえ話すことは出来ない。


「たとえ話をすると、だ」

「うん」

「特に意味もなく人を殺した後で、雨に濡れてる子犬を可哀想だと思って連れ帰っちゃうようなイカレタ奴……かな」

「ガチでやばい奴じゃん。え、何それ? 大丈夫なのあんた?」

「ああうん。普通に接する分には、基本的に安全だから」


 親に化けられて、それを殺めるなんてこともさせられたが……あれは授業だ。

 酷いのは黒猫先生だろう。


「ホント? あの、気とか遣ってない?」

「遣ってたら話題にも出さんわ」


 そう、害はないのだ。

 いや正確には直接、何かして来るようなことはまずない。

 まあ威吹が起こした事件で治安が悪化したりと、間接的な意味では糞ほど迷惑を被っているが。


「まあでも、悪いことばっかでもないぜ。うちは特に先生が可愛くてな」

「……へえ」

「まるで猫のような見た目をしてて、猫派の俺的には大変グッドだわ」

「あ、そういう意味で」


 まさかのガチ猫とは夢にも思うまい。


「あだ名も黒猫先生で、ほんと猫みた…………ん?」

「どったの?」


 深く大きな神聖な力の律動を感じた。

 気のせいかと思った次の瞬間、大気がうねり始める。


「え、何あれ? 空が……」


 雲一つない青空が黒雲に包まれ雷が轟始める。

 あいりや周囲の人間は困惑しているようだが、武には分かった。

 何か、とんでもないものがやって来ると。


(おいおいおい、冗談だろ……?)


 白昼堂々。事情を知らぬ人間が多数を占める都市に?

 まさか、という武の幻想はあっさりと打ち砕かれる。

 荘厳な声と共に東京の上空に巨大な龍と空を埋め尽くすほどの異形の軍勢が出現したのだ。


〈――――神への畏敬を忘れた愚かなる人間共に告ぐ〉


 この国とそこに住まう人間を滅ぼす。

 長々と迂遠且つ硬い言い回しをしていたが要約するならこうだ。

 冗談などではないことは痛いほどに分かった。

 奴は本気で国を滅ぼそうとしている。そしてそれを可能にするだけの力がある。


「なに……? ねえ、何が起きてんのよ」

「……」


 街中がパニックになり人々が逃げ惑う。

 武は不安に駆られ涙目になっているあいりを抱き寄せ思案する。

 ここからどうするべきかと。


(……せめてあいりだけでも逃がす? だがどこに?)


 国を滅ぼすというのであれば最低でも国外へ脱出しなければいけない。

 が、自分には不可能だ。飛べはするが速度もそこまでではないし、何より海を渡る必要がある。

 流水が弱点の一つである吸血鬼にとって海は鬼門だ。

 もっと強ければ弱点も克服出来たのだろうが、ないものねだりしてもしょうがない。


(迎撃に出てるのが居るようだけど……)


 国の専門部隊か。フリーランスっぽいのも結構混ざっている。

 だが、足りない。万を超える軍勢に対して数があまりにも足りていない。

 となれば、彼らに任せて傍観という手もなしだ。

 人任せにするにはこの状況はあまりにも逼迫し過ぎている。


「――――……考えるまでもないわな」

「武……?」


 幻想世界に残ると決めたのは。

 少しでも力をつけようと思ったのは。

 何のためだ? こういう時のためだろう。

 お日様の下に生きる者が知らぬ多くの理不尽。

 それらが大切な誰かに牙を剥いた時、何も出来ないのは嫌だから。

 だから、強くなろうと決めたのだろう。


「あいり」


 沸々と五体に、魂魄に、力が漲り始める。

 不幸中の幸いと言うべきか。

 龍神の出現によって太陽は遮られたお陰で力を使うことに支障はない。


「俺、行かなきゃ」

「あ、あんた……何を言って……」

「大丈夫」


 自身の影を切り離し、それをあいりの影に忍ばせる。

 保険としては、あまりにも心許ないが自分に尽くせる最善だ。


「――――あいりは俺が護るから」


 翼を広げ上空へ躍り出る。

 伸ばされたあいりの手を振り切るのは心苦しかったが……しょうがない。

 そんなことを考えていると声がかけられた。


「お前、主役みたいなことやってんな」

「モブがはしゃぎ過ぎだろ」

「主役張るには足りてないよね。顔面偏差値」

「折角現世を観光しに来たのに何でこんなことに……あれか、また狗藤か? 狗藤なんか?」

「何でもかんでも狗藤のせいにするなよ。ラスボスじゃねえんだからさ」


 同級生たちだ。

 現世出身の生徒は当然として、あちらの出身の者らも協力してくれるらしい。


「お前ら……ったく、揃いも揃って馬鹿ばっかだな」

「だから何でお前が主役みてえな面してんの?」


 言い合いながらも敵に攻撃を仕掛けていると、政府の役人らしき人間が近付いて来た。

 顔を見るに危ないから下がれと言うつもりなのだろう。

 武は何かを言いかけた役人の言葉を遮るように叫ぶ。


「相馬の一年生です! 糞やばい事態のようなので勝手ながら参戦させて頂きます!!」

「まあ拒否られても勝手に戦うけどな」

「とりあえず俺らのことは撃たないでよ」

「……君たちは……いや、言うまい。助太刀、感謝するよ」


 などとちょっと胸熱なやり取りを繰り広げるが、その数分後のことである。

 命を燃やす勢いで戦っていた彼らの意気が一瞬にして鎮火する出来事があった。

 そう――――狗藤威吹の参戦である。


「…………な、なあ……狗藤、アイツ……」


 武の、いや威吹を知る者ならば誰の目にもその変化は明らかだった。

 龍神と比べれば小さな小さなその体躯から放たれる圧倒的な存在感。

 自分が塵にでもなったかのような錯覚に陥る。


「……なったの? 大妖怪に? 何で?」

「もうやだあの才能マン……」

「つか、やっぱ元凶アイツやんけ! 何なん? マジで何なんアイツ?!」

「い、いや……そうと言い切るのはまだ早計な気も……」

「ボスっぽい奴に親しげに話しかけてる時点でどう考えても関わってんだろ!!」

「勘弁してくれよ……」

「どうして夏休みぐらい大人しくしてくれないの……?」

「茂木、お前同じクラスだろ。何とかしろ」

「同じクラスだからって責任を発生させるのやめい」


 などと愚痴っていると、先ほど応対してくれた役人が近付いて来て告げる。

 どうやら狗藤威吹が龍神の対処をしてくれるようなので、撤退しろとのことだ。

 武らもそれに異論はなかった。

 別段、好き好んで厄介事に首を突っ込みたいわけではないから。


 ――――が、そう上手くはいかないのが世の常だ。


 何とも言えない脱力感と共に地上へ降りようとしたところ、威吹の妖気が広範囲に放たれた。

 百鬼夜行の召集だ。

 人外系の力を持つ武たちには抗う術などあるはずもなく、あっさりと逆戻り。

 逆戻りしただけならまだしも、


「……あの……何か明らかやべーのが糞ほど集まって来たんだけど……」

「要る? これ俺ら要る?」

「つーかアイツ一人でも何とかなるのに何これ? イジメ?」

「当然のように空間ぶち抜いて登場するの止めてくれない?」

「軽くやってるけど、あれ……世界に妙な影響が出たりとかしないよね……?」


 場違いオブ場違い。

 名だたる名優が列席するアカデミー賞の会場に素人演劇部の学生が混ざっているようなものだ。

 肩身の狭い思いをしながらひそひそ話をする武らに意識を注ぐ者は誰も居ない。


「なあおい、どうするよ?」

「どうするも何も……このままバックレるのも怖いし、端っこで見物するでFA」

「ここから先は不敬で不道徳なる者以外、立ち入り禁止だ。……俺たちは入れない」

「はぁ……あいりにカッコつけといて情けねえ……」

「しゃあねえよ。俺ら弱いんだから」

「だな。でも、弱くはあるけど俺らは真っ当だから」

「それな。むしろあれらと一緒くたにされる方が嫌だわ」

「あ、ちょ、あれ見ろ! 狗藤の奴、九尾の狐を乗り物にしてやがる……!!」

「カッケー……浪漫だわ……狗藤ってクッソやべえけど、こういう遊び心はとても良いと思う」

「分かる。前の宇宙戦艦とかも正直、乗ってみたかった」


 すっかりだらけきっている一同だが、無理もない。

 どう足掻いても勝ちの目が見えない。なのに戦うしかない。

 威吹参戦までは本当に絶望が極まったような状況だったのだ。

 そこから解放されたのだから、歳相応な子供の顔が出て来るのも仕方ない。


「つーか、これ事後処理とかどうすんだろな」

「人目なんて誰も気にしてねえからな」

「日本だけの問題じゃないよねこれ」

「あの汚いア●ンジャーズには文句言えないだろうし、日本政府に苦情殺到するのが目に見える」

「…………おい、あれ」

「どうした急に――んな!?」


 一人が真剣な顔で指差した方向を見て、全員が絶句した。

 戦場の空白地帯。

 そこに集まった百ちょっとの神々が力を溜めている。


「おのれおのれおのれ……! どこまでも我らを虚仮にしおって……!!」

「狗藤威吹めは殺れずとも、この隙に地上を焼き払ってくれるわ!!」


 都合良く地上を狙わず馬鹿正直に戦う者が多かったが、遂に痺れを切らした者が出始めたらしい。


「ど、どうする!?」

「どうするも何も……」


 全員の力が集められた力の球体がドンドン膨れ上がっていく。

 まずい、あれはまずい。


「……話を聞いて素直に動いてくれそうな奴が居ない以上、俺たちで止めるしかない」

「……だよな。クッソ! 結局、こうなるんかい!!」

「地上に戻らなくて良かったと――素直にそう考えよう」


 言いつつ全員が力を溜め、今にも放たれようとしている力の球体に向け攻撃を敢行。

 が、それぞれが放った全霊の一撃は何の意味も成さなかった。

 むしろ力の球体に吸収され糧となってしまった感まである。

 全員が失敗を悟った。

 狙うのであれば力を行使している神を狙うべきだったと。

 神々が謎の超回復能力を発揮しているのに加え暴発の危惧もあったため力の球体を狙ったが失敗だった。

 千載一遇の好機を逃してしまった。

 こちらの存在に気付かれてしまった以上、不意打ちはもう通用しない。

 歯噛みする武らを嘲笑うように神々は言う。


「フハハハハハ! 無駄だ!! 神の裁きを受けよ!!!!」


 破壊の太陽が放たれる。

 武は考えるよりも早く、動いていた。いや、武だけではない。

 他の者らも破壊の太陽を受け止めんと、その進路上に躍り出たのだ。


「ぐぅぅぅぅ……!!?」

「気ぃ抜くんじゃねえぞ! コイツは何が何でもここで止める!!!!」

「糞が! まだまだ行ってねえ観光地あるんだぞ!? やらせっか!!」


 血管がはち切れ身体中から鮮血が飛び散る。

 それでも、誰一人として逃げようとはしなかった。

 だが現実は非情だ。

 勇気ある子供らの挺身を嘲笑うように、破壊の太陽は止まらない。

 彼らごと地上に叩き付けんと地上へ向け、ドンドン加速していく。


「糞糞糞糞、くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 最早これまでかと、誰もがそう思った時だ。

 一陣の風が吹き抜け武らを攫って行った。


「まったく無茶をしおるわい。蛮勇は若者の特権とは言え無駄に命を散らすことはあるまい」


 どこか楽しげにそう言ったのは僧正坊だった。

 夏休み前、空の安全講習の講師として学院に来ていたので武らもその顔は知っていた。


「む、無駄って……あんたからすりゃ無駄かもしれないが地上には俺の大切な人が居るんだよ!!」

「あ、いや……別にお主の大切な誰かがどうなっても良いとかそういうことは言っておらぬよ」


 ほれ、と僧正坊が指差す。

 障害がなくなったことで破壊の太陽は真っ逆さまに地上へ――――墜ちなかった。


「は?」


 見えない壁に阻まれ破壊の太陽が霧散した。

 武たちはおろか、攻撃を放った神々らも唖然としている。


「戦いが始まる前に威吹が列島を丸ごと時の結界で保護したからの。

生半な攻撃では貫けぬよ。それこそ、儂らでもマジにならんとありゃあ破れん」


 時の結界? 列島丸ごと? 意味が分からない。

 そういうスーパーインフレバトルの概念をパンピーの間に持ち込まないで欲しい。

 武らは長い沈黙の後、心底白けた顔でこう吐き捨てた。


「もうやだあの才能の暴君」

「ドミティアヌス」

「ルキウス・タルクィニウス」

「ネロ」

「コンモドゥス」

「カリギュラ」

「ヘリオガバルス」

「何で急に歴代ローマ皇帝暴君連想ゲームを始めたの?」


 若い者が何を考えているか分からんのうと僧正坊がぼやていると、


「ありがとね僧正坊さん! みんなを助けてくれて!!」


 場にそぐわぬ底抜けに明るい(アホ)声が響き渡った。


「! 麻宮!? お前も居たのか……」

「うん! でもそれはこっちの台詞だよ! おれ、茂木くんらを見つけてビックリしちゃったよ!!」


 どうやら自分たちを発見した無音が僧正坊に救援を求めてくれたらしい。

 まあそれはありがたいのだが、


「あの……麻宮。マジで一回、狗藤に自重してくれって言ってくんない? 友達なんだろ?」

「それな。どうしてあの子は何かやらかさないと気がすまないの……?」

「生粋の妖怪である俺らが足元にも及ばないレベルで好き勝手し過ぎだろ」

「ホント、あの、十万ぐらいなら払うからさ」

「何で現世観光に来てこんな目にあわにゃならんのさ」

「我が孫ながらボッコボコじゃのう……」


 愚痴愚痴と不満を告げるが、無音はどこ吹く風でこう答えた。


「言って素直に聞くようなタイプだと思う?」

「…………思いませんねえ」

「…………うん。まあ、分かってたけどさ」

「あと、擁護するわけじゃないけど今回に関しては威吹何も悪くないよ」


 無音がそう言うが武たちは疑いを隠そうともしない。


「悪いのは徹頭徹尾あの蜥蜴と……ああ、この国の偉い人たちもそうかな?

ぶっちゃけ威吹はあの糞蜥蜴と日本の首脳陣を皆殺しにしても不思議じゃないぐらいには迷惑被ってるよ。

自業自得って言うのかな。テキトーに放置してたツケを払わされてると言うべきか……うん、まあ」


 どうやらマジらしい。

 が、そういうことならそれはそれで問題がある。


「あ、あの……大丈夫だよね? 日本大丈夫だよね?」

「大妖怪になった狗藤に滅ぼされたりしない?」

「そこは大丈夫。客観的に見たらアレだけど、威吹本人に恨み辛みはないらしいし」


 一同が胸を撫で下ろす。


「それより皆、僧正坊さんにお礼は言った?」

「あ……忘れてた。あの、さっきはすいません。助けてもらったのに失礼なこと言っちゃって」

「ほっほっほ、構わんよ。そいじゃあ儂は戦いに戻るでな。お主らも危ないことはせんようにの」


 ぴゅー、と飛び去って行く僧正坊を見送りポツリと誰かが呟く。


「……狗藤の保護者なのにまともだよな」

「……うん。入学式に出てた鬼と狐に比べてだいぶ真っ当だわ」

「おばさんも良い人だよ? 酒呑童子は……うん、まあ……紅覇先輩見るにかなりアレだけどね!」

「てかさ。麻宮、馴染み過ぎじゃね? 何で現役アイドルのが修羅な世界観に適応してんだよ」

「これでも天職妖怪だからね! じゃ、おれも戻るから、バイバイ!!」


 大鷲に乗って無音も去って行った。

 残された武らは顔を見合わせ、どうする? と囁き合う。


「もう良いんじゃない? 何か時の結界とか訳分からんものもあるみたいだしさ」

「ああ、マジで俺ら居る意味ないっしょ」

「だよな。俺もあいりを放置したままだし」

「じゃあ、これで解散ってことで」

「おう」

「おつかれー」


 帰って糞して寝よう――全員の心は一つだった。

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あなたの天職は《大妖怪》です @kiseruman

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