最終話
三日三晩続いた屑の宴の翌日。
威吹は痛む頭を抱えて詩乃と共に再度、山を登っていた。
「クッソ……頭がガンガンする……一回全身消し飛ばして再構成したのに何で治らないんだ……」
「連中が持って来たお酒だもん。そりゃ普通じゃないよ」
「滅茶苦茶美味かったから油断した……自然回復じゃなきゃ無理ってことか……?」
ならば時間を進めて。
いや、こんなことで力を使うのは何か負けた気がする。
などとモヤモヤしていると詩乃が幾分真面目な顔で切り出した。
「それより。何でここに?」
「あー? いや、やり忘れてることがあったのを思い出してね」
年一で来るからと言った手前、少しばかり恥ずかしいがしょうがない。
だが先だって山を訪れた際の目的の一つだったのだ。
それを済まさずに現世で夏休みを満喫することは出来ない。
「ふぅん……お母さんの手助けが要るの?」
「いや俺一人で十分だよ」
「じゃあ何で私もここに連れて来たのかな?」
「ちょっと話したいことがあってね」
「へえ」
そこで会話は一旦途切れた。
以降、しばらく無言の道行きが続いたが子供らに挨拶をして村を通り過ぎたところで詩乃が口を開く。
「どこ行くの?」
「着いたら話すよ」
整備されていない道なき道を進み山の奥を目指すこと三十分。
ようやく威吹の足が止まる。
そこは志乃との思い出深い、二人だけの秘密の場所。
とは言え、往時の面影は殆ど残っていない。
村の跡地は土砂が除去されているが、人が立ち入らないここは土砂に埋もれたままだ。
「邪魔」
時の力を使い、周辺の地形を山崩れが起きる前まで巻き戻す。
途端に、辺り一面を白い花が埋め尽くした。
「志乃と俺、二人だけの秘密の場所――つっても、大人にはバレてたみたいだけどね」
「それはそれは」
「あそこ。浅い洞窟があるだろ? 雨の日はあの中で本読んだりゲームしてたんだ」
詩乃の手を引き洞窟の中へ誘う。
さして深さもない洞窟で、直ぐに最奥へ辿り着く。
面白い形をした石。綺麗な硝子玉。大物の魚拓。押し花の栞。
そこには威吹と志乃が二人で集めたお宝の数々が眠っていた。
「不思議だよね。ゴミみたいな物なのに、どんな金銀財宝よりも尊く見える」
「思い出補正だね」
「いやまあ……そうだけどさあ。ここはもうちょっと粋な返しをしても良くない?」
「えー、だってさー。私からすれば元カノとの思い出語られてるようなもんだしぃ?」
「元カノて」
溜め息混じりに威吹は宝を取り出し、変化で作った新たな箱の中に一つ一つ丁寧に納めていく。
そして全てを収納し終えたところで洞窟を後にした。
「さて……ここらで良いかな?」
花畑の中央にやって来た威吹は髪の毛を引き抜きそれをスコップに変化させた。
二度三度、調子を確かめてからそれを地面に突き刺しバッサバッサと土を掘り始める。
「志乃さんのお墓?」
「そ。別に墓なんか望んじゃいないだろうけど、こういうのは生者のための儀式だからね」
志乃は因習に縛られたこの土地を好いてはいなかった。
それでも、彼女はこの山で生まれこの山で死んだのだ。
ならば墓はここに建てるのが一番だろう。
「お墓の建立がやり忘れてたこと、か。一つ良い?」
「ん? ああ、どうぞ」
「威吹がこないだ山に来たのは自分と向き合うため。ついでに龍神様が実在してるかどうかを確かめるためだよね」
「そうだね」
「龍神様とは別にやり合う気はなかったんでしょ?」
「ああ」
志乃の死に自分以外を介在させるつもりがない以上、怨恨の類は生じるわけもなく。
戦いなど起ころうはずがない――本来なら。
戦うことになったのは龍神が仕掛けて来たから。
より正確に言うなら龍神が化け物としての威吹の興を買ってしまったから、これに尽きる。
「仮に龍神様が接触して来なかったとしてさ。普通にお墓建てるつもりだったの?」
「そうだけど?」
「龍神様が見逃すと思う?」
「案外、何もしなかったかもよ?」
威吹が油を撒いて火を点けるまで龍神は諦念と絶望に沈んでいた。
何もせず眠り続けていた可能性も十分ある。
「墓を壊そうとしてたら?」
「その時はしょうがない。普通に害獣駆除してたよ。だってこの山、俺んだし」
持ち主の意に沿わぬことをする獣など害獣以外の何ものでもない。
サクっと大妖怪に覚醒してサクっと殺していただろう。
「結局、最初から詰んでたんだねあの龍神様」
「それより、俺も質問良い?」
「勿論」
「村が潰れた後の龍神への対応に見知った悪者――母さんの匂いを感じたんだけど気のせい?」
「ンフフフ、気のせいじゃないよ。私の仕業。こっそり政府中枢に忍び込んでああいう流れにしたの」
つまり龍神は親子二代でイジメられたわけだ。
というか龍神が詰んだ原因の一つは自分にあるのに何を他人事のようにしているのか。
「それは……」
「威吹が関係してたから? ううん、それは違うよ。
嫌がらせ考えた時点では私、威吹のことを知らなかったし。
いや存在は知ってたよ? 龍神の癇癪から生き残った子供だってね。
ただ私が追い求めていた千年後の運命だとは知らなかった」
となると龍神への仕打ちは純粋な嫌がらせだったわけだ。
つくづく不運な蜥蜴である。
「ただ引っ掛かるものがあったから嫌がらせした後で調べてみようとは思ってたの」
「……そこで俺に辿り着いたわけだ」
「うん。威吹が眠ってる病室に忍び込んでその寝顔を見た瞬間、この子だって本能で理解したよ」
「で、そっから来るべき出会いに備えて俺の足跡を調べたわけか」
ふと思った。
仮にあの頃の自分に会えるとして、今の状況を説明すれば信じるだろうか。
君の天職は大妖怪で、性質の悪いストーカーに千年前から捕捉されている。
しかもそのストーカーも大妖怪で、その正体は彼の九尾の狐なのだ。
(……ないな)
電波さんだと憐れみを受けるのが関の山だ。
「しかしまあ、千年もよく大人しくしてたね」
「ンフフフ、ただ待つ時間もそれはそれで楽しいんだよ?」
「そういうもんかねえ」
「そういうもんだよ。威吹は……ちょっと乙女心を勉強した方が良いかもね」
臆面もなく自分を乙女と言い張れるあたり、実に面の皮が厚い。
「っと――……こんなもんかな?」
丁度良い深さになった穴を見つめ思わずニンマリ。
脇に置いていた宝が詰まった壷をそっと穴の中心に設置した。
それが終わると壷を跨ぐように立ち位置を調整し――自らの目玉を抉り抜いた。
威吹は抉り抜いた右眼をぽい、と詩乃の隣に放り投げる。
「よし」
妖狐の血を完全に解き放つ。
九つの尾がユラリユラリと妖しく揺れる。
「コォォォォォォ……!!」
僅かであろうとも手は抜けない。
両手を合わせた威吹は極限の集中力を以って全霊で妖気を練り始めた。
空間が歪み、天候すら不確かなものにしてしまうほどの濃密な妖気。
それでもまだ足りない。もっと、もっとと威吹は自身の壁を打ち破る。
「これは」
詩乃が驚きに目を見開くほどの妖気が一気に収束し術が発動。
威吹の肉体は瞬く間に立派な墓石へと変化した。
「ああ、この目玉はそういう……」
呟きと同時に詩乃の足元に転がっていた眼球を基点に威吹の肉体が再生される。
再生を終えた威吹は身体の具合を確かめつつ、墓石を見て満足げに頷いた。
「我ながら中々のもんだ」
「まさか自分の身体を媒介にしてお墓を作るとはね……ちょっと予想外だった」
「予想外? そうでもないだろ」
最初は後援会に頼んで立派な墓石を手配しようかとも思った。
が、幾ら金をかけたところで満足のいくものが手に入るとは思えなかった。
これは質の問題ではなく、気持ちの上での問題だ。
「納得出来るものにしたいなら手前で作るしかない」
石を切り出して一から作る? ああ、それも悪くない。
だが今の狗藤威吹に尽くせる全霊をと言う意味でならこれ以外にはないだろう。
「さて、後は仕上げだ」
墓碑銘を刻めば墓は完成する。
威吹は人差し指に力と心を込め、一息に墓石の表面を削り取った。
「“志乃の墓”って……」
えー、みたいな顔をしている詩乃に威吹がむっとした顔で反論する。
「いやだって●●家之墓はアウトだし」
志乃の姓は知っている。
知っているが彼女本人からそれを聞いたことはない。
自分を生贄に捧げようとする奴と同じ家名を名乗りたくなかったのだろう。
両親については別かもしれないが、助けてくれなかったという意味で思うところはあったのかもしれない。
だから姓ではなく名を使ったのだ。
「じゃあ志乃之墓? ないない。“の”の漢字が二連続でもにょるじゃん?」
同じ漢字ではないが、何かこう見た目的にアレだ。
なら“志乃の墓”以外にはあり得ないだろう。
そう力説する威吹に詩乃はそういう意味じゃないんだけどなあ、と苦笑を返す。
「さて」
墓は作り終えた。
ならば、詩乃への用件を済ませるとしよう。
「“その傷の名前が私に変わるまで、あと、どれくらいかな?”……この言葉、覚えてる?」
「勿論」
思い返してみれば本当に最悪の初対面だ。
この女狐は初っ端から毒気を隠そうとしないのだから流石と言わざるを得ない。
「母さん――いや、敢えて“詩乃”と呼ぼうか。あの日の問いに答えよう」
胸に手を当て、威吹は穏やかな顔で答えを語り始める。
「この傷の名が変わることはないよ。未来永劫、俺は志乃を想って泣き続ける」
喜びと、悲しみを味わいながら泣こう。
痛みに慣れてしまうなんてことはあり得ない。
甘く切ない不変の痛みに浸り続ける。
「例え世界の終わりがやって来たとしても、それは変わらない」
「そっか」
「うん」
心を読むことに長けた女だ。
詩乃もこの答えは予想していただろう。
それでも一つの区切りとして、しっかり言葉にしておきたかった。
とは言え、こうして言葉に出来たのは己と向き合えたからで以前の。
それこそ初めて詩乃に出会った時ならば……さて、どうか。
「ねえ、仮に言葉通りになっていたとしたらどうするつもりだったわけ?」
志乃という存在は狗藤威吹という人間/妖怪の根幹に深く関わっている。
そこが揺らぐようなことがあれば、果たして人間の大妖怪に至れていただろうか?
ひょっとしたらどうにもならないものに関する見方だって変わっていたかもしれない。
それほど志乃の存在は大きい。
「大妖怪にはなれてたかもしれないけど、人間は捨てちゃってたかもしれないよ?」
人間の愛を求める詩乃にとっては不都合な事態だ。
「それは……ねえ? ンフフフ♪」
察しろと言わんばかりの邪悪な笑み。
良くて無関心。大体の確率で破滅。そんなところだろう。
これがまだ運命の男かどうかを見極めている段階ならば分かる。
それなら失敗、即破滅な仕掛けにも納得がいく。
だがそうじゃない。詩乃は初めて顔を合わせたあの日から威吹にゾッコンだ。
いや、何なら六年前。病室で眠る威吹を見た時から愛していた。
なのに平然とこんなアプローチをしてくる。
愛情と悪意が矛盾なく両立するこの感じ、やはり化け物の愛は劇毒だ。
「それよりさ。さっきの話なんだけど――私、振られちゃったのかな?」
唇に人差し指を当て、首を傾げる詩乃の何とわざとらしいことか。
「違うよ。分かるでしょ?」
詩乃との会話でまず、意図が伝わらないということはあり得ない。
何なら意図的に幾つか言葉を抜かしても会話は正しく成立する。
どんな言葉足らずなコミュ障であろうとも詩乃ならば問題なくコミュニケーションを取れる。
そんな女がこの会話の意図が分からないなんて言わせない。
威吹の発言を受けて詩乃は分かってないなぁ、と妖艶な笑みを浮かべこう続ける。
「だからぁ――そこもちゃんと“言葉にして”って言ってるの」
「……」
「これは一つの区切りなんでしょ? あなたにとっての。彼女にとっての。私にとっての」
ならば先ほどのようにしっかり言葉にするべきだと。
真正面からそう言われてしまうと威吹としても、反論し辛い。
「そうやって私に甘えてくれるのは嬉しいんだけど、ねえ?
母親としては時には厳しく突き放すことも必要かなって。まあホントに嫌なら別に良いけどさ」
「…………分かった。分かったよ。言うよ」
降参だ。
ここまで言われて何もなしというのは流石に情けなさ過ぎる。
「あー……その、何だい。母さんとは最悪の初対面だったけどさ。
心底嫌えなかったって言うか。あー、何だろな。そう、好きになれる部分も結構あった」
「ンフフフ、急に話し下手になっちゃったね」
「うるさい。茶々入れんな」
そう、詩乃のことが嫌いではなかった。
初対面でいきなり大事な思い出に触れられ。
これでもかと毒を浴びせられた。
それでも嫌いになれなかった。
最初から素直に母さん呼び出来たのも、それが理由の一つだ。
「今なら分かる。それはきっと母さんが自分の想いに対して真摯だったからだろう」
嘘偽りを弄し、幾重に仮面を纏おうともそれは全て本当に欲しい物を手に入れるため。
元両親とは正しく真逆。
自分がしっくり来る生き方をしている詩乃は“人間”狗藤威吹にとって初めから好ましい存在だった。
それこそ無遠慮に心の奥に踏み込まれ、毒を浴びせかけられたとしても嫌えないほどに。
「そして名探偵さながら母さんの望みを暴いたあの日。更に好感度が上がった」
人間のように愛されたい。
化け物が抱くには分不相応な願い。
そのために取った行動は、まあ決して褒められたものではない。
だが、嬉しかった。
千年も前から自分は選ばれていたと知ってとても嬉しかった。
猛毒を孕みながらも嘘偽りない真っ直ぐな愛情を注いでくれる詩乃を知り“化け物”狗藤威吹は更に好感度を上げた。
「あの時はキスだけだったけどさ。
今思うにあのままゴールインしても良いと思うぐらいには好感度は高かった。
なのに俺はキスだけで済ませた。当時は引っ掛かりも覚えなかったけど、今ならおかしいのが分かる」
何でだろう?
自問すれば答えは容易く見つかった。
「志乃に対する申し訳なさ? そういう負い目のようなものが邪魔したんだ」
志乃へ抱いた想いは友情だったのか、愛情だったのか。
知りたいと思いながら、あの日のままで留めておく。
今はそう結論が出ているが詩乃と口付けを交わした時には持っていなかった。
答えは自分と向き合って、初めて得られるものだから。
「このまま進んでしまえば志乃の存在が薄れてしまうんじゃないかって。
多分、そういう恐怖もあった。でも今は違う。俺は自分と向き合い答えを出した」
忘れることも色褪せることもない。永遠に想い続ける。
その答えを得た今だからこそ、伝えなければと強く思う。
それが真っ直ぐ歪に自分を愛してくれる彼女への礼儀だろう。
「だから……あー……まー……何て言うのかな……」
顔が熱くなる。とても恥ずかしい。
人間としての感情がこれでもかと強く揺れ動いているのが分かる。
胸の鼓動がうるさい。
真っ直ぐ目を見つめることが出来ない。
「その、母さんの気持ちはすっごく嬉しいっつーか……ああもう!!」
でも、ダメだ。ここで逃げるのはあり得ない。
威吹は真っ直ぐ詩乃の瞳を見つめ、告げる。
「――――大好きだよ“詩乃”」
過去、同じ言葉を同じ名を持つ少女に告げた。
だが、同じではない。
かつては悲しみの中で。今は確かな喜びと共に。
“志乃”と“詩乃”。名は同じでも、告げられた言葉は同じでも、それは決して重なるものではない。
ただ志乃も詩乃も威吹にとっては掛け替えのない存在であるのは確かだ。
「――――ありがとう。私も威吹が大好きだよ」
珍しく。本当に珍しく。
毒も含みも何もない、純な微笑みだった。
「……どうも」
「ンフフフ、照れてるね。照れ照れ坊主だね」
「そりゃまあ、大妖怪になったつっても人生経験の浅い小僧だからね。九尾のお狐様のようにはいかないさ」
「経験豊富な女はお嫌い?」
「別に? 過去の男は全員、俺以下じゃん」
自分が誰よりも何よりも愛されている。
そして、これからも愛され続けていく。
威吹の傷が永久不変ならば、詩乃の愛もまた永久不変。
それを分かっているからこそ、威吹は羞恥に悶えながらも礼を通したのだ。
「言うねえ。まあ、私も対等な目線で愛し愛される経験は初めてなんだけどね」
「あっそ」
「あら素っ気無い」
はー! と身体の中に溜まっていたものを吐き出す。
玲司の死からこっち色々思い悩むことがあったが、これでもう全部終わり。
今の威吹は実に晴れ晴れとした顔をしていた。
「ま、それはともかく晴れてこれで両想い。と言うことはだよ?」
「ん?」
「ンフフフ♪ 見せ付けちゃう? ここで、志乃さんに」
するりとワンピースの肩紐をずらそうとするが時間を巻き戻しインターセプト。
「んもう、何するの?」
「そりゃこっちの台詞だ。何考えてたんだあんた」
墓前で盛る馬鹿が居るかと吐き捨てる威吹に詩乃はむーっと頬を膨らまし反論する。
折角、両想いになったのだからこれぐらいは良いじゃないかと。
志乃への想いが永久不変なら墓前で合体したって問題ないだろうと。
「アホか。ってかさ。両想いになったからって直ぐにそういうことするつもりはないよ」
「えぇ!?」
「お互い時間だけは腐るほどあるんだし焦る必要はないでしょ」
むしろ、ゆっくりで良い。
時間は腐るほどあるんだ。
先に進めば戻れはしないのだから、その時々の想いをじっくり楽しもう。
威吹がそう言うと、しょうがないなと詩乃は笑った。
「あ、そう言えばさ。母さんに聞きたいことあったんだ」
「ん?」
「俺ら人目も気にせず東京の空で馬鹿騒ぎしたけど……あの後、どうなったの?」
宴のせいでそっちに気が回っていなかったが詩乃ならばそこらの情報も仕入れているはず。
そんな威吹の期待通り、詩乃は顛末を説明してくれた。
「記憶処理自体は終わってるけど、他のゴタゴタは全然だね。上から下まで政府はてんてこまいだよ」
「うわぁ」
「ンフフフ、何人が過労死からの蘇生コンボを喰らうんだろうね」
「大変だなあ」
他人事のようにぼやいているがコイツが元凶である。
「って言うか呼び方、母さんのまま?」
「何か不都合が?」
妻のように。恋人のように。祖母のように。母のように。姉のように。妹のように。娘のように。
最初にそう告げたのは詩乃だろう。
「いや別に良いけどさ。ただ、何でかなって。
これまでは私を母親だと認めてくれてるのと、名前を呼びたくなかったから母さん呼びしてたけど今は違うでしょ?
バブみを求めてるなら分かるけど、そんな感じでもないし」
「バブみて……」
九尾の狐の口からそんなアホな単語を聞きたくはなかった。
げんなりしつつ、威吹は詩乃の疑問に答える。
「存外、気に入ってるんだよ。母さんを母さんって呼ぶのが」
「あらまあ」
クスクスと詩乃が笑う。
つられて威吹も笑う。
そろそろ良い時間だ。腹の虫も泣き出している。
「お腹も減ったし、帰ろっか」
「うん。お昼ごはんは何が良い?」
手を繋ぎ歩き出す。
「寿司が食いたい気分」
「お寿司かぁ。良いよ、任せて。母さんが築地仕込みの腕を見せてあげる」
「修行した経験あるんだ……」
去り際、威吹は一度だけ墓を振り返り――――
「またね」
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