狗藤威吹⑪

〈命乞いか? クハハ、無駄だ! 今更そのようなことが……ぬ、どこへ消えた!?〉


 突如として目の前から姿を消した威吹に龍神は困惑し、次いで激怒する。

 逃げたのか? 薄汚い化け物め、貴様には矜持の欠片もないのかと。

 だがその怒りは一瞬で鎮火することに。


「ホントごめんよ」

〈!?〉


 七つの首が一斉に動き、残る一つの首を見る。


「そんな勘違いをしてるとは思ってなかったんだ」


 身体の中心に近い首の上には威吹が立っていた。

 あり得ない、と目を剥く龍神だが直ぐに我に返ったらしい。

 七つの首の口が大きく開かれ喉奥に破壊の光が灯る。

 今にも爆ぜそうなそれだが、その状態のままピタリと止まってしまう――威吹が時の鎖で龍神を縛り上げたのだ。


「使えないわけじゃ……ないんだよ……うん」


 威吹は喋れるように部分的に時の束縛を解除してやった。

 すると龍神は半ば恐慌状態のまま叫んだ。


〈ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!

使えたと言うのか!? ならば何故!? ええい! 何故動けぬ!?

一度は容易く破ったはずなのに……! 糞糞糞糞ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!〉


 ならば何故使わなかった!?

 龍神の悲痛な問いかけに返されたのはあまりにも残酷な答えだった。


「何でってこんな力使ったら直ぐに終わっちゃうじゃん」


 世界の理に属する時の力というのは相対する側からすれば糞極まるものだ。

 時の鎧を纏われればそれを貫くのにどれだけの消耗を強いられることか。

 鎧を貫き損耗を与えたとしても時の力で巻き戻されてしまえば一瞬で元の木阿弥。

 いや、そんな面倒なことをせずとも時間を止められてしまえばもうどうしようもない。

 一方的に殺されるだけだ。


「つか時間に限らずさ。俺の大妖怪としての能力って、そういうのしかないんだよ」


 例えば死。これはもっとも分かり易い。

 威吹より弱ければ即死。

 長ずれば不滅のはずの高位存在に本当の死を与えかねないほどに凶悪極まる力だ。

 例えば闇。心の闇――ようは悪意なんてものも操れるし、ブラックホールだって作れてしまう。


「速攻でカタがつくような能力なんて使ってもしょうがないでしょ」


 勝ちを求めているのならばそれでも良いだろう。

 だが、威吹が求めるのは結果ではなく過程。

 過程を楽しむのなら凶悪な能力の数々は邪魔でしかない。


「俺と同じか、俺より強い奴が相手なら解禁しても問題はないけど龍神様は違うっしょ?」


 例えば詩乃。

 詩乃と本気で殺し合いを演じるのであればそこらの能力も解禁していた。

 “人間”ゆえまだまだ成長の余地があるので将来的には分からないが現段階では詩乃の方が強い。

 時間の鎧だろうと普通にぶち抜いて来るだろう。

 だが龍神にはそれが出来ない。

 鎧を貫くことは出来ても払ったコストに見合わぬ成果しか得られない。だから使わない。


〈――――〉

「ああ、安心しなよ。自分の命がやばくなっても使うつもりはないから」


 今使ったのは誤解を解くためで、今回の戦いに限っては日本の防衛以外に時の力を行使するつもりはない。

 勿論、その他の凶悪極まる能力もだ。


「ちゃんと勝ちの目はある。だから安心して俺を殺しに来てくれ」


 時の束縛を解除し、頭の上から飛び降りた威吹はそう言って笑った。


〈…………ぁ〉


 ん? と首を傾げる。

 八俣遠呂智の様子がおかしい。


〈ああ……あァアアアアアあ……〉


 ぐるん、と十六の瞳が全て裏返る。

 そして、


〈あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!〉

「ッ……!?」


 八つの首が鞭のようにしなり頭上から威吹に叩き付けられた。

 数秒、その衝撃に耐えていたものの耐え切れず凄まじい勢いで地上へ落下していく。

 これが他の者であれば時の障壁に阻まれていただろうが障壁を展開した張本人ゆえすり抜けてしまいそのまま都心に墜落した。


「~~~~! き、効いたぁ……!!」


 都心のど真ん中に隕石の如き速度で墜落したわけだが周辺に被害はない。

 堕ちる際、ちゃんとそこらには気を遣った。

 まあ、人々の注目は集めてしまったが……今更だ。

 上空で怪獣決戦が行われているのだから、空から人が降って来ようが誤差である。

 隠蔽措置が大変だろうが、それはお役人の仕事なので威吹の知るところではない。


「……芸も何もないシンプルな殴り合いも悪くはないな」


 狂乱状態の八俣遠呂智を見上げ威吹は凄絶な笑みを浮かべ、シャツを脱ぎ捨て素肌を外気に晒す。

 そして間髪入れず、鬼の血を全力解放――殴り合いと言えばこれだろうと。

 肌が漆黒に染まり触覚のような角が飛び出し体躯が膨れ上がる。


「ハッハァ!!!!」


 勢い良く跳躍、雲を貫き一瞬で龍神の頭上に躍り出てそのまま脳天に踵を落とす。

 龍神の巨体が凄まじい勢いで時の障壁に叩き付けられた。


〈うぅぅぅううううううううううう……!!!!!〉

「唸ってねえでかかって来いや!!!!」


 そして打ち合いが始まる。

 手足はないが八つの首と尾を用い威吹を打ち据える龍神。

 それを防ぎも躱しもせず真っ向から受け止め攻撃を繰り出し続ける威吹。

 互い一歩も引かぬ殴り合い。

 威吹は今、最高に愉しんでいた。

 だが、楽しんでいるのは何も威吹だけではない。


「茨木ィ! 見たかオイ!?」

「あ^~良いっすね~^。若様の男ぶり、惚れ惚れしちゃうよ」

「俺にブン殴られてくたばりかけてた威吹が立派になったもんだ……へへ、何かちょっと泣きそうだぜ」

「黒鬼ってのがまたお洒落だわ。角も良い。セクシーな曲線描いてる」


 鬼の血を前面に押し出したことで酒呑率いる鬼の軍勢は沸きに沸いた。

 皆、戦いそっちのけで威吹に声援を送っている。


 だがその一方で……。


「え? え? え? 僧正坊くん僧正坊くん? 御孫さん、なんだよね?」

「全然天狗の力使ってない……」

「性格や振る舞いに阿婆擦れフォックスやアル中オーガの面影は見え隠れしてるのに僧正坊の面影は全然見えない」

「君、何してたの?」

「距離を感じるよね距離を」

「仕事にかまけてたの? それで愛情注ぐのを疎かになるとか一番ダメなパターンじゃん」

「それな」

「う、うううううるせー!! つか仕事云々は言われたくねえわ! 仕事押し付けたんお主らじゃろ!?」


 同胞の八天狗から集中砲火を喰らう僧正坊。


「威吹威吹ー? 真正面からの泥臭い戦いなんて止めて悪者らしい戦いした方が良くない?

今夜は俺とお前でダブル九尾だな! とかお母さん、燃えるシチュエーションだと思うなー」


 酒呑に嫉妬し負けじとアピールをかます詩乃。

 どうでも良いが巨悪が並び立つ光景のどこが燃えるシチュエーションなのか。


「ったく……保護者参観みたいでクッソうぜぇ」


 ぼやきながら横っ面を殴りつけると龍神は血反吐を撒き散らしながら吹っ飛んで行く。

 追撃すべくその後を追おうとして――おろ? と首を傾げる。


「……そこまで強く殴った覚えはないんだがな」


 大妖怪に至ったことでその身に流るる三つの血。

 その力もまた大妖怪の領域に引き上げられていた。

 中でも鬼である酒呑の血はフィジカルに特化している。

 単純な身体能力なら本性と言うべき人間の大妖怪のそれを遥かに凌駕していた。

 が、それだけではない。もう一つ威吹本人も忘れていることがある。それは酒呑の血だ。

 酒呑の血が流れているということは八俣遠呂智の血が流れているということでもある。

 酒呑よりは薄いが、薄いがゆえに融通が利く。

 化け物とはあまり相性のよろしくない神の血を威吹は無意識の内に最適化してしまった。

 それゆえ本人も戸惑うレベルで力がついてしまったのだ。


「ま、いっか」


 疑問をあっさり放棄し追撃に向かう。鬼になると思考が雑になるのだ。

 弱点のようにも思えるが、威吹自身はシンプルに物事を楽しめるので嫌いではなかった。


「どうしたよ龍神様? 随分と無口になったじゃないか」


 十六の瞳はじとっとした恨みを湛え自分を睨み付けている。

 いや、邂逅してから一度も好意的な視線は向けられていないのだが少し様子がおかしい。

 睨み付けるだけで何も言わない。

 攻撃の勢いが緩んだわけではない。むしろ激しさを増しているのだが口数は極端に減った。


〈……〉

「罵倒でもなくなると、これで結構寂しいんだぜ?」


 腹に貫手を差し込み半回転。臓物を掴んで引き摺り出す。

 それを目の前で食ってやろうと思ったが、そうするよりも早く龍神に上半身を喰われてしまう。

 やるじゃないかと再生しつつ口笛を一つ。やっぱり無視。

 ますます違和感が強くなっていく。

 雑な思考しかしない今の自分でさえ、強烈に引っ掛かりを覚えている。

 何だこれはという困惑が隙を生じさせたその瞬間を狙い、龍神が攻撃を叩き付ける。

 威力よりも吹き飛ばすことに重きを置いたそれに更に困惑が深まる威吹だが、これはまだ序の口だった。


「な……」


 遠くに見える龍神の身体が罅割れ、亀裂から炎のような光が揺らめいている。

 ダメージを与え過ぎた? 違う、あれはオーバーロードだ。

 龍神の意図を察した瞬間、完全に思考が停止した。

 そんなことなどお構いなしに巨大な火の玉と化した龍神が凄まじい勢いで突撃を敢行。

 迫る龍神に対し我に返った威吹は能面のような顔でこう呟いた。


「…………最悪だ」


 鬼化を解除。

 人間の大妖怪に戻ると使わないと宣言していた時の力で以って龍神を縛り上げた。

 結果、威吹に激突する寸前で龍神は停止。


〈……か……カハハハハハハハハハハハハ!!

使ったな!? 使わぬと決めていた時の力で護りに入ったな!?〉


 勝ち誇る龍神を見つめる威吹の瞳はぞっとするほど冷たい。

 その空気にあてられた、もしくは察したのだろう。

 敵味方問わず戦闘を停止し黙って事の成り行きを見守り始めた。


「何、喜んでんだ?」


 自分の負けだって? ああ、構わない。

 そちらの勝ちだと言うのならばそれで良い。


「自分が何したか分かってんのか?」

〈……!〉


 龍神もまた威吹のただならぬ様子に気付いたらしく、息を呑んだ。


「お前――――俺を“見上げ”ただろ」


 龍神は最初からそうだった。

 常に威吹を――人を、神ならぬ者らを見下していた。

 威吹が大妖怪に成った時もそう。

 勝ちの目が薄くなっても尚、見下していた。

 東京の上空で戦いが始まってからもそれは変わらない。

 他の神々が百鬼夜行に怖じる中でも、龍神だけは何もかもを見下し続けていた。

 全てを敵に回せばどう足掻いても勝算などないのは明らかなのに、堂々と傲岸を貫いていた。

 威吹は自分が見下されていることに気付いていたが不快には思わずむしろその姿勢を評価していたのだ。

 だからこそ今、自分を見上げている龍神が信じられない。

 視線の質が変わったこと、それが違和感の正体だった。


「どれだけ虚仮にされても、お前は譲らなかった」


 神は仰ぎ見られるもの。

 どれだけ敵が強大で、絶望的な戦いであろうとも断固として譲らなかった。

 なのにそれを捨てた。下劣な妖怪を仰ぎ見てしまった。


「挙句、勝てぬならせめて一矢報いてやろうと妥協して特攻をかます始末」


 神の威光を示すのではなかったのか?

 それはお前にとって何よりも大事なものではなかったのか?

 諦めて良いようなものじゃないだろう?

 何をチンケな妖怪如きのために命を投げ捨てようとしている。


「仮に特攻かまして命と引き換えに俺をヒヤリとさせたからって何だってんだ?

俺に自分が定めたルールを破らせたからって何だってんだ?

そんな“くだらない”もののために、お前は本当に大事なものを捨てちまったんだぞ」


 ハッキリ言おう。龍神の命懸けの特攻に意味はない。

 無防備に受け止めていたとしても普通に再生していた。

 時の力など使う必要もない。

 時の力を使ったのは砕け散ろうとする龍神の命を繋ぎ止めるためだ。


〈だ、黙って聞いていれば無礼極まる妄想を……!!!〉


 龍神は明らかに動揺していた。

 それを見て威吹は一言。


「お前はもう神でも何でもない」


 時が逆巻き龍神は傷一つない開戦前の姿に回帰した。

 それを見届けると今度は時の力で縛り付けたまま妖狐の血を解放。

 母のそれと同じ美しい九つの尾を龍神に突き刺し精気を吸い取る。

 吸精と並行し詩乃が使える弱体効果を持つ呪術、妖術の類も発動。

 龍神は見る見る内に衰弱し、やがて“子供でも殺せる”ほど弱り切ってしまう。


〈き、貴様何を……〉

「お前にはもう、俺が直接手を下す価値もない」


 不吉を感じ取ったであろう龍神を一刀両断。

 地上へ叩き付けられた際に置いて来た常夜を手元に呼び寄せ虚空を斬る。

 すると空間が裂け憎悪に染まった漆黒の霊魂が裂け目から大量に出現し形を成していく。


〈! まさか……まさかまさかまさかまさかまさか……!!!?〉


 威吹の周りに集まった子供たちを見て龍神が慄く。


「こんにちは。実は君たちに提案があって呼ばせてもらったんだ」


 龍神を無視し威吹は子供らに優しく語り掛けた。

 ギョロリと幼子の視線が一斉に向けられる様は軽くホラー入っているが威吹は気にせず続ける。


「――――“アレ”殺したくない?」


 瞬間、硝子を擦り合わせたような。

 黒板を思いっきり引っ掻いたような不快極まる音が響き渡った。

 子供たちの歓喜の声だ。


〈に、人間に……人間に儂を殺させる気なのか!? 人間如きに儂を……!!〉


 今更何を、と威吹は酷薄な笑みを浮かべる。

 神ならぬ者を見上げた時点で。

 神らしからぬ妥協を選んだ時点で。

 神たる矜持を捨てた時点で。

 龍神は最早、神でも何でもなくなったのだから相応の末路を辿るのが似合いだろう。


「おっととと。落ち着きなさい子供たち。まだ話は終わってないよ。

一つ、確認しておかなきゃいけないことがあるんだ。

君たちは皆でアレを殺したい? それとも自分一人で殺したい?」


 声ならぬ声で幼い怨霊たちは意思を示す。

 自分一人で殺したいに決まっている、と。


「じゃあ順番を決めよう。え? 殺せばそこで終わりだって? 大丈夫」


 世界の仕組みを知らない子供らに教えてやる。

 大妖怪や高位の神などは殺しても何時か蘇るのだと。

 それじゃあ意味がない? いや、意味はある。

 見てみなよ、蜥蜴のあの間抜け面をと威吹は笑う。

 すると子供たちも釣られて笑った。


「ああ、これも聞いておかないとね。

殺したら時間を巻き戻してまた殺せるようにする?

それとも奴が復活する時まで待ってまた殺す?

後者だと一回百年単位で時間はかかるが……――ああそうか、考えるまでもないか。

分かった、ならこれから何百年何千年でも君らに付き合おう」


 龍神がどこで復活しようとも、即座に駆け付ける。

 そして子供らが殺せるようちゃんと弱らせてやる。

 威吹がそう言うと子供たちは嬉しそうに手を叩いた。

 女の子などは威吹の頬にキスをするぐらいの喜びようだ。


「改めて順番を……決める必要はない?

ンフフフ、譲り合う気持ちを持つ良い子たちでお兄さんとっても嬉しいよ」


 一番最初に生贄として捧げられた子供がケタケタ笑いながら龍神に近付く。


〈い、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

貴様らァ! 儂を助けろ! 助けんか!! 早く!! 早く!!!

に、人間に……人間如きに殺されてしまうのだぞ!? おい、何をやっている!!!!〉


 味方の神々に助けを乞うが……無駄だ。

 威吹の意を酌んだ者らが指一本動かせないよう縛り付けているから。


〈待て! 待て小娘!! 貴様、自分が何をしようとしているか分かっているのか!?〉

《キャハハハハハハハハハハハ!!!!》


 みっともなく喚き散らす龍神がおかしくておかしくて。

 そして、何千倍も憎らしくてしょうがないのだろう。

 始まりの少女は憤怒と憎悪に塗れながら笑った。


〈せめて……せめて貴様の手で、頼む! 狗藤威吹!!!!!〉

「俺の名を呼ぶ姿なんか、見たくなかったよ」


 心底から失望した。

 威吹の瞳はどこまでも雄弁だった。


〈や、やだやだやだやだやだ! だれかたすけ――――!!〉


 それから始まりの少女はたっぷり時間をかけ龍神を甚振り、慈悲の欠片もなく命を奪った。

 そして絶望に染まる死に顔を晒した龍神を見届け始まりの少女も天に昇る。

 その表情は龍神とは対照的に実に晴れ晴れとしたものだった。


「はあ」


 月が昇った澄んだ夜空を見上げため息を一つ。

 子供らにとってはともかく威吹にとっては肩透かしな結末。

 それゆえ脱力感を覚えていたが、


(…………いや、違うか)


 もう終わっていたのだ。

 龍神との決着はあの日に着いていた。

 志乃の勝利という形で幕を閉じたのだから自分にとってこの戦いは蛇足のようなもの。

 締まらない終わり方をするのも当然だったのだ。

 そう思い直し、威吹は残る子供たちを見渡す。


「さて、君らはどうする? 山に戻ってジジババイジメに精を出すか。それかコイツの中で時が来るまで眠るか」


 腰に差した常夜をコンコンと小突く。


「コイツの中で眠るなら順番が来るまで幸せな夢を見せ続けるけど……どうしたい?」


 龍神が復活するまでの間、どうしたいか。

 威吹の問いを受けて四割ほどが山に戻ることを。

 残る者らは常夜の中での眠りを選んだ。

 直接手を下したわけではないとは言え、龍神の死に様で多少は心が穏やかになったらしい。

 威吹は眠りにつくことを選んだ子らを常夜に格納すると山に戻ることを選んだ子らに言う。


「まあ気が変わったら言ってくれ。これからは年一ぐらいで俺も山に行くからさ」

《うん、分かった》

《ありがとうね、お兄ちゃん。僕らのために色々してくれて》

「はは、気にしなくて良いよ。別に善意でやってるわけじゃないしね」

《それでもありがとう。じゃあ、またね》

《ばいばい。アイツが蘇ったら教えてね!!》


 子供たちを見送った威吹は頭を失った神の軍勢に語り掛ける。

 これからどうしたい? と。

 続けるならさっさと終わらせる。逃げるなら追わない。

 威吹がそう告げると、神々らはしばしの逡巡の末、後者を選んだ。

 あっという間に神々は去り、残されたのは威吹が作った百鬼夜行だけとなった。


「じゃ、解散で」

「おいおいおいおいおいおい。そりゃねえだろ威吹?」

「折角、新しい大妖怪が誕生したわけだしぃ? 宴の一つでも開かなきゃ嘘でしょ」

「そうそう。あと祝勝会ね祝勝会」

「あ、あの……れ、連絡先を……それと、あの……ギリシャ旅行とかに興味ありません? 今、夏休みですよね……?」


 下っ端はともかくネームドクラスは誰一人帰る気がないらしい。

 宴がしたいなら勝手にやってろと言いたいところだが、


(…………無理だろうなあ)


 大人しく帰してくれそうにない。

 場を盛り上げてもらった恩もあるし、しょうがない。


「分かった分かった。んじゃ、どっかで宴会しよっか。母さん、幹事やってくれる?」

「そう言うと思って、もう場所は取ってあるよ」

「……準備がよろしいこって」


 そんじゃあ行くか! と威吹が呼びかけると歓声が上がる。

 化け物たちの馬鹿騒ぎはまだまだ終わらない。

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