狗藤威吹⑩

 龍神の軍勢と威吹の百鬼夜行が狂騒と共に真正面から衝突する。

 とは言え勢いだけではどうしようもない。

 百鬼夜行にも多少の被害は出たが、それ以上に神の軍勢が八割壊滅した。

 気合だけで埋め切れるほど、彼我の戦力差は甘くはないのだ。


 が、そこで終わってしまったのかと言えばそれは否。


 神の軍勢は即座に全快し、再度吶喊。

 今度は被害が六割ほどに留まり、その六割も即座に回復。

 龍神や他の力ある神が何かしたのか? いや違う。

 やったのは“百鬼夜行”側だ。


〈き、貴様ら……! ど、どこまで……どこまで我らを愚弄すれば気が済むんだ!!!!!!???〉

「え、何? 聞こえない」


 正攻法ではどう足掻いても派手な絵面の戦いにはならない。

 ならばと百鬼夜行サイドの実力者たちが一計を案じた。

 仕掛けは大雑把に分けて二つ。ゲーム風に説明しよう。

 一つは傷を負った瞬間に全快・蘇生する特殊フィールド効果。

 もう一つは永続累積攻防バフ。

 この二つを龍神サイドの者ら全員に施したのだ。

 その上で極限まで手を抜いてやれば……そら、見事に戦いが成立した。

 もっとも、それをあちら側が好意的に受け取るはずもないのだが。


「アハハハハハハハ! 憎め憎め、悪意の炎を滾らせろ!! 君らの怨敵はここに居るぞ!!!!」

「うーん、コイツ義弟にしてる自分にちょっと戸惑い」

「とんだゲテモノ好きですな! ところで義兄上的にこれはよろしいので?」

「愚弄指数高いけど――まあ儂ら今、悪者だしぃ? 悪者はこれぐらいせんと英雄譚サーガが盛り上がらんじゃろ」

「ヴァルハラ判定オッケー出ましたー!!」


 更に憎悪の薪がくべられ、炎はよりいっそう燃え上がる。

 これでこそ、これでこそだと百鬼夜行は嗤う。

 その調子でもっと盛り上げていこうじゃないかと。


「流石、俺含めて性根が腐った屑しか居ないだけあるわ。見事な手腕だよ」


 これには総大将の威吹も思わずニッコリ。


〈余所見を――するなぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!〉


 龍神の尾が鞭のように振るわれる。

 嵐を纏ったそれは敵味方問わず薙ぎ払いながら威吹に迫るが当人は余裕を崩さない。

 傷だらけになりながらも真正面から受け止めそのまま彼方に放り投げてしまう。


「ふと思ったんだけどさ。この場に居る悪い奴ら全員死んだら世界は平和になるのかな?」

《この顔触れがいっぺんに死ねば今度こそ世界がやばいと思うよ》

「……ああ、そういや高位の神や化け物って世界のバランスも担ってるんだっけ」

《まあ、それを私たちが自覚したのは大戦争の後だったんだけどね》

「改めて考えると間抜けな話だ」


 ちなみにだが、威吹は詩乃(九尾の狐モード)に乗ったまま戦闘を続けている。

 と言っても詩乃自身は威吹の望むように動くだけ。完全にただの乗り物だ。

 ハッキリ言ってしまえばメリットは何もない。

 何なら威吹単独の方が速いし小回りが利くので、この巨体はデメリットとも言えよう。

 それでも尚、頭の上で踏ん反り返っている理由はただ一つ――――絵的に映えるからだ。

 巨大な化け物に乗って戦うとかカッコ良いやん?

 だから威吹は詩乃を使っているし、詩乃もその意図を酌んで大人しく乗り物をやっているのだ。


〈過ッッ!!!!!〉


 千の雷を束ねて放たれた極光を詩乃の口から撃ち出された破壊光線が相殺する。

 このビームも別に詩乃が撃ったわけではない。

 詩乃はただそれっぽく口を開けただけでビームを撃ったのは威吹自身だ。

 何で詩乃の口から? 怪獣の口からビーム出るとかカッコ良いやん? つまりはそういうことだ。

 ちなみに何の打ち合わせもしていない即興である。


「にしても……ちょっと覚醒足りてなくない? あんだけ怒ったんだからまだまだイケるでしょ」


 山で初めて対峙した時に比べ、龍神の力は五倍近くは膨れ上がっている。

 が、威吹としては物足りなかった。


《怒りで覚醒ってありがちなパターンだけどさ。よく考えて威吹、それやってるの大体人間だから》

「いやでもさ、アイツ……八俣遠呂智の息子か何かでしょ?」

《あら、気付いてたんだ》

「酒呑と似た匂いをしてたし、そりゃ気付くよ」


 何故そこで酒呑童子? と疑問に思う方へお答えしよう。

 日本神話の代表的ヴィランである八俣遠呂智は酒呑童子の父親でもあるのだ。

 もっとも酒呑本人は父親に対して特に思い出も思い入れもないようだが。


「酒呑の方はあれ、親父の血が完全に宝の持ち腐れになってるけど龍神は違うでしょ?」


 八俣遠呂智はスサノオに倒される悪役というイメージだが、別に妖怪というわけではない。

 その本質は神だ。実際、八俣遠呂智を祀る信仰だって存在している。

 そんな父親の血を上手く引き出せば、龍神は更なる力を得られるはずなのだ。


《そうだけど……簡単にそれが出来るならあの龍神もあそこまで落ちぶれはしないよ》

「そんなことない。母さん、奴はやれば出来る子だよ」

《威吹は一体どの目線で語ってるの?》

「くそっ……じれってーな――母さん!!」

《はいはい》


 威吹の意を酌み吶喊。

 攻防一体の狂風の結界を突き破り龍神に肉薄し、前足でその身体を抑え付けた。


〈ぐぉ……!? は、離せ薄汚い畜生めが!!!!〉

《ごめんね? でもほら、可愛い我が子のお願いだしぃ? 少しじっとしててよ》


 詩乃が抑えている間に威吹はピョンと龍神に飛び移り目的のブツを探し始める。

 そして目的のブツ――逆さに張り付いた鱗を発見。


「おー、おー、おー、でっけえなあオイ」

〈き、貴様……! は、離れろ!!〉


 龍神が全身に電撃を流すが威吹はそれをガンスルー。

 ニンマリと笑って身の丈以上もある逆鱗に拳を突き刺し、一気に引っぺがした。


〈 ★←>←★△ヘヘ*$†§#!?!?!!!!!!〉

「暴れるなよ暴れるなよー?」


 絶叫する龍神などお構いなしに手を体内に突き入れ、ぐちゃぐちゃとかき回す。

 これは単に傷口を抉っているわけではない。

 もっと深い部分に干渉しているのだ。


〈あが、あがががが……! や、やめ……やべ……!! わ、儂が儂でなくなる……!!!!〉

「耐えろ耐えろ! 気合入れなおした今のおたくなら絶対耐えられる!!」


 ズン、ズン、と自らの妖気をひたすら流し込む。

 そうして破裂寸前になったところで、


「起きろよ寝坊助――――おっはようございまぁあああああああああす!!!!」


 ビキビキビキ、と逆鱗のあった場所を基点に亀裂が広がっていく。

 龍神は必死にそれを押し留めようとしているようだが……無駄だ。

 あっという間に亀裂は全身に広がり、遂には砕け散った。


「さあどうだ!?」


 肉体が砕け散り龍神は不定形のエネルギー体と化した。

 このままではその内、くたばってしまうだろう。

 だが、この状態を脱することが出来たなら。

 そんな威吹の期待に応えるようにエネルギー体は暴走を始め自軍、敵軍問わず攻撃を始めた。

 実力者は手を出さずテキトーにいなしているが雑魚はそうもいかない。

 触手のようなエネルギーに捕らえられ、そのまま喰われてしまう。

 そうして暴食を繰り返し……。


「お」

《あらまあ》


 不定形のエネルギーが不規則な流動を止め確たる形を取り戻して行く。

 喰らった者らを糧にしたことで何か変化が起きたのかもしれない。


〈…………よ、よくも儂をこのような醜い姿に……ッッ〉


 八つ首の龍となった龍神が怒りも露に威吹を睨み付けた。

 ただの一睨みで半身が吹き飛ぶあたり自分の目論見は成功したらしいと威吹は満面の笑みを浮かべる。


「本家本元よりは劣るんだろうけど……悪くない、これは悪くないぞぅ」

〈~~~~!! そのニヤケ面が癪に障る!!!!!〉


 龍神はそう吐き捨て、八つ首から八つの破壊光線を放った。

 純粋な破壊に特化した力の奔流は中々のもので受ければ相応のダメージを負うのは間違いない。

 味わってみたくはあるが、


「それよりも……!!」


 ギュイン、と詩乃の尾を八本展開しその先からビームを放つ。

 ビームは龍神のそれと真正面からぶつかり、拮抗。派手なエフェクトを散らし曇天の空を彩る。


「うーん、怪獣大決戦」

《母親を怪獣呼ばわり……まあ、威吹が嬉しそうで何よりだけどさあ》


 ぼやく詩乃を無視し、龍神に声をかける。


「龍神様よ! 気分はどうだい!?」

〈……最悪だ!!〉

「ほう、そりゃまたどうして? さっきよりも強くなったんだぞ?」


 更に強くなったということは本懐を遂げられる可能性が上昇したということでもある。

 ならば喜べよと言う威吹だが、喜べるはずがない。

 何せ自分の力で至ったならまだしも、これは怨敵に力を恵んでもらったようなもの。

 気位の高い龍神にとっては屈辱以外の何ものでもない。


《思春期の威吹より複雑なメンタルだね、あの龍神様》

「見た目に反してかなり繊細だよね――っと、そろそろ良いよ」


 ここからは一対一で遊ぶ。

 威吹の意を酌んだ詩乃は人間の姿に戻り距離を取った。

 他の神々との戦いには加わらず我が子の晴れ姿を見守るのに専念するようだ。


「ところでさ、龍神様って元はどこの神様だったの? 血筋的にやっぱり出雲?」

〈…………貴様には関係ない!!〉


 どうやら地雷系の質問だったらしい。

 が、少し考えればそれも納得だ。

 この龍神、とかく自己顕示欲が強い。

 にも関わらずこれまで一度も自分の名を口にしていないのだ。

 元の土地に縁がある名なのか。

 或いは名を聞けばどこを治めていたかが分かってしまうからか。

 取り戻せない過去を想起させるので名乗りたくないのだろう。


「情けない……とは言わないよ」


 鞘から引き抜いた蒼窮と常夜を無造作に振るい斬撃を飛ばす。

 龍神は迫り来るそれらを撃ち落していくが、全てを撃ち落すことは出来ずその身が切り裂かれる。

 怨念の斬撃を放つ常夜はともかく、浄化に特化した蒼窮の攻撃も効いているのは少し驚きだった。


「ここに至るまでの道筋は何ともまあ、哀れなものだけどさ。

今、その屈辱をバネにもう一度高く飛ぼうとしているあんたのことは結構好きだよ」


〈お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……〉


 龍神は八つの首からゲロを吐いた。

 人間的な悪意のある挑発が出来るとは思えないので、ガチで気持ち悪かったらしい。


「し、失礼な奴だ……な!!」


 攻撃を潜り抜けて龍神の頭上に躍り出た威吹が首を断つべく常夜を振り下ろすが、


〈その程度で我が首を獲れると思うてか?!〉


 刃は半ばほどで止まってしまった。

 片手で振るったとは言え、こうなるとは思っておらず僅かな隙が生じる。

 龍神がその隙を見逃すはずもなく、威吹は手痛い反撃を負ってしまう。


「――~~! い、今のは芯に来た!!!」


 龍神は全身から雷を放っただけ――のように見えたがそれは違う。

 一見すれば雑な無差別な広範囲攻撃だが、本質はとても繊細だ。

 針よりも細い。それこそ普通の人間には視認出来ない極小の雷を束ねられていたのだ。

 イメージ的にはあれだ――そう、スイミー。

 小魚の群れがより集まり大魚に見えるのと同じ。

 細胞単位の攻撃で全身を焼かれたのは初めての経験だった。


〈……く……クハ……クハハハハハハハハハハハハ!!!!!〉

「ンフフフ、良いぜ良いぜ。好きにドヤりなよ。今のはそれだけのもんだったからね」


 威吹も思わず笑ってしまうが、次に放たれた言葉は彼の意表を突くものだった。


〈貴様は強い。ああ、認めよう。その力は今の儂をも上回っておろう〉

「え」


 まさかの賞賛。

 意味が分からない。

 何故、見事な攻撃を披露した龍神が自分を褒めているのか。

 困惑する威吹に龍神はこう続ける。


〈だが! 護りを強いられながらの戦いではその力も十全に発揮出来ぬと見た!!〉

「は?」


 何言ってんだコイツ?

 と呆気に取られる威吹だが、龍神は何を勘違いしたのか更に機嫌を良くする。


〈貴様は我が裁きから愚かな人間どもを護るため時の守護を張り巡らせた〉

「ああ……うん、はい」


 龍神は人を滅ぼす。

 自分はそれを阻む。

 これはそういうゲームでもあるのだ。

 だから最初に時の結界で日本列島を丸々包み込んでやった。

 今ならば例え世界に存在する核兵器を全て撃ち込んでも日本には傷一つつかないだろう。

 が、それが一体どうしたと言うのか。


〈だが、さしもの貴様もそれだけの護りを容易に構築出来るわけがない。

護りに殆どの力を割いているのだろう?

現に戦いが始まってから貴様は一度も儂に対し時の力を行使していない。

使わないのではない“使えない”のだ。そのような武器に頼っておるのも余裕がないからであろう?〉


 龍神の舌禍は止まらない。


〈そのような状態で儂を倒そうなどと……く、ククク……滑稽極まるわ!!

一対一はキツかろう? 無理をせんでも良いのだぞ?

ああそうだ。薄汚い畜生らしく助けてくれと恥じも外聞もなく他の屑どもに助力を乞え!

そうして徒党を組もうとも……うむ、儂は寛大な心でそれを赦してやろうぞ〉


 鬼の首を獲ったように、ここぞとばかりにペラを回す龍神。

 これまで散々愚弄されたものだから意趣返しをしたかったのだろうが……。


〈フハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!〉

「……」


 威吹は酷く気まずそうに龍神から目を逸らす。

 そして、


「……その、悪かったよ」


 心底から謝罪の言葉を口にした。

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