狗藤威吹⑨
直ぐに龍神を追うことはせず威吹は縁側に座り直した。
取り出したるはコンビニでお茶と一緒に買ったおにぎり十数個と大量のホットスナック。
それらを威吹が喉に詰まらぬようゆっくりと食べ始めると、我に返った無音が叫ぶ。
「いや放置!? 何で!?」
「放置じゃないよ。ちょっと時間をあげてるだけ」
龍神が何をしようとしているかの見当はついている。
だからこそ、準備が整うまで待ってやっているのだ。
威吹はそれだけ告げると以降は会話にも付き合わず食事に集中し始めた。
そして二十分後。ゆったりお茶を飲み終え、ようやっと立ち上がる。
「さーて……俺は行くけど無音はどうする?」
「邪魔にならないなら、連れて行って欲しいかな。顛末を見届けたい」
「そう。じゃ、行こっか」
無音を強制的に柴犬モード(子犬)に変え肩に乗せる。
いきなりのことに抗議が飛ぶも、それを無視し威吹は地を蹴った。
ゆっくり飛んで五分。都内上空に突入した威吹に無数の“神々”が襲い掛かった。
「な、何コイツら!?」
「龍神が集めた神々さ」
妖怪は広範囲に妖気を放ち、範囲内の自分より弱い妖怪を従え百鬼夜行を形成する。
原理としてはそれと同じだ。
龍神は東京への道すがら列島全体。
いや、この数を見るに幻想世界まで神威を放ち自身より弱い八百万の神々を集めたのだろう。
時間をくれてやった甲斐があったと笑う威吹に無音が叫ぶ。
「意味わかんないんだけど!? 一体何がどうなってるの!!!?」
「龍神様がようやっと本気になったのさ」
一番、戦意が色濃い場所へ進みながら威吹は笑う。
「野郎、本気でこの国を沈める気らしい!!」
辿り着いたのは都内中心部。
そこでは天を割らんばかりの神威を湛えた龍神とその取り巻きが人間の集団と激しい戦いを繰り広げていた。
恐らくこの事態に派遣された政府の対オカルト特殊部隊とかそんなんだろう。
〈……来たか小僧。つくづく、儂を愚弄してくれるな……!!〉
ギョロリと龍神の双眸が威吹を射抜く。
帽子を使い変化で生み出した大鷲に無音を預けた威吹はニコやかに答える。
「時間くれてやったこと? 愚弄したつもりはないんだけどな」
一世一代の大舞台だ。
その準備も整い切らぬままに潰してしまうなど興醒めにもほどがある。
などと考えている時点で龍神を舐め腐っているのだが威吹は気付いていない。
傲慢は化け物の常だ。
〈…………貴様は、貴様は決して赦せぬことをほざいた〉
「んー……どれのこと?」
コテンと首を傾げると龍神は俯き、ぷるぷると震え出した。
その隙を突いて、と言うわけではないが一人の人間が威吹に接近して来る。
「お?」
「……狗藤さん、ですよね……? もしや……」
「ええまあ、見てくれは変わってませんが一応さっき大妖怪になりました」
「そんな軽いノリで……」
「ところで神崎さんは何故ここに? お仕事ですか?」
「……まあ……はい。それで、これは一体どういうことかご説明頂けるとありがたいんですが……」
神崎は新橋あたりに居る草臥れ切ったリーマンのような顔をしていた。
まあ何の脈絡もなくヤバイ龍神が首都に攻め込んで来たのだから当然と言えば当然か。
宮仕えの辛さに威吹は少し、泣きそうになった。
「いや何、あの龍神が本気で日本を沈めようとしてるってだけの話ですよ」
「どう考えても“だけの話”で済ませて良いものじゃありませんよね!?」
「ンフフフ……それはさておき、神崎さんも人が悪い」
何を……? と首を傾げる神崎に言ってやる。
「あの日、俺の家を訪ねる前に個人情報ぐらいは調べていたんでしょう?
当然、俺があの村の生き残りであることも知っていたはずだ」
神崎がまさかという顔をする。
やはり、知らなかったらしい。
「それは……あの、ひょっとして……」
「ええ。アレとは“因縁”大ありですよ」
政府の龍神への無関心ぶりを見るに、微に入り細を穿ってまで調べたとは到底思えない。
大方、政府は村の壊滅を龍神の癇癪としか把握していないのだろう。
だから威吹が山を買った後も、秘密裏に人員を配置するなどしなかった。
「具体的に言うとね? 死に掛けていた俺の心を救ってくれた女の子が生贄だったんです」
「――――」
ぶわっ! と神崎の全身から汗が噴出す。
「名前は志乃って言うんですがね?
志乃のお願いで彼女を殺したことがトリガーになって龍神は癇癪を起こしたんですよ」
「あ、あの……狗藤さん……?」
「大丈夫。別に怨んじゃいませんよ。奴を放置してた理由も大体察してますし」
当事者である龍神、村人ですら恨みの対象ではないのだ。
日本政府に対する恨みなどあろうはずもない。
「つーわけでここからは俺が仕切らせてもらいます。何、大丈夫。
俺がしぃぃいいいいいいいいっかり、皆さんの代わりに国防しちゃうんで。
ええはい、安心して地上で見守っててくださいな。ね?」
「はぁ……まあ、はい。そういうことでしたら……お任せします。ええ、あなたが嘘を吐く意味はありませんし」
そこからの神崎の行動は迅速だった。
即座に都内上空で戦いを繰り広げる部隊に撤退を伝達し、ステージからはけて行った。
「お」
〈…………“ありもしない”〉
龍神の震えが止まり、その口からぞっとするほど冷たい声が漏れる。
〈神の威光なぞ、最早儂にはありはしないと……き、貴様はそう言ったのだ……〉
「あー……はいはい、言ったねえ。でも事実じゃん?」
〈ふ、ふふふふふふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!〉
龍神の怒りに呼応し、嵐が巻き起こる。
だが、その影響が都内に及ぶことはない。
威吹がありとあらゆる害を跳ね除けているからだ。
〈儂は神だ! かつても! 今も! 変わらず!! その威光が翳るなぞあってはならぬこと!!!
その悪口雑言。断じて断じて断じて断じて赦し難しィ!!!!!!
貴様も! この国に住まう愚かな人間どもも! 皆殺しぞ!! 我が威光に焼かれて魂魄ごと燃え尽きろ!!!!
これは神の決定! 覆ることは決してぇえええええええええありはしないのだぁああああああああああああ!!!!!!〉
瞬間、空を埋め尽くす万を超える神々が剥き出しの殺意と共に威吹に襲い掛かる。
「ッハハハハハハハハ! おたくら……無理矢理従わされてるってわけじゃなさそうだな。
そうかそうか。時代に馴染めなかった可哀想な奴らは他にも居たんだなあ」
だが、ここまで落ちぶれてでも意地を通そうとする姿勢は好きだ。
龍神含めて良い根性をしている。
〈黙れ妖怪! その邪悪、我らが輝きにて焼き尽くしてくれる!!!〉
神々の猛攻に対し威吹は反撃一つせず、するりするりと回避し続ける。
〈逃げるな!! デカイのは態度だけか!? この臆病者め!!!!〉
「いや別に一人でまとめて蹴散らすことも出来るんだけどさぁ。それで良いのかなーって」
神が万を優に超える光の軍勢を用意して自分を殺そうとしてくれているのだ。
(一応)闇のニュービーとしては礼を尽くしてくれた彼らに応えねばならないのでは? と思うのだ。
それに、折角大妖怪になったのだから妖怪として一度ぐらいは“やってみる”べきなのでは? とも。
〈まさか……!?〉
龍神に次ぐ力を持つ指揮官らしき神が意図を察したらしいが威吹は構わず全力で妖気を解放する。
通常ならばそれだけで軍勢は壊滅していただろうが、ここでそんなつまらない真似はしない。
神々へは害を及ぼさないように制御してやった。
〈いかん、全軍! 奴から距離を取って陣形を立て直せ!!!!〉
パリン、と甲高い音が響き、空の欠片が降り注ぐ。
空に穿たれた異次元に通じる無数の“孔”を通り、奴らは姿を現した。
「ガハハハハハハハハ! めでてえめでてえ! 嗚呼、今日は何てめでてえ日なんだ!! 酒が止まらねえ!!!!」
「若の晴れ舞台だ! みっともねえ真似するんじゃねえぞ!? 大江山――ファイ、オー!!!!」
「「「「雄ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」
酒呑童子率いる鬼の軍勢が。
「新たな大妖怪殿の呼びかけに応じ八天狗、ここに参上仕った!!」
「前から思ってたんだけど八天狗って地味じゃない?」
「それな」
「言うて、儂らずーっとこれよ? 今更変えるのもなあ」
「英語っぽいチーム名が良い」
「えー……じゃあ、YAMAXILEとか?」
「ヤマザイルって何だよ・・・山猿みたいじゃんよ……」
「つーか邪魔なんじゃが? お主らクッソ邪魔なんじゃが? ブッキーは儂の孫じゃぞ」
僧正坊含む日ノ本八天狗率いる天狗の軍勢が。
「ンフフフ♪ 見て見て皆。あれ、うちの子♥」
「ヤバイヤバイヤバイ……! 私、超場違いなんですけど!? 一葉、三葉、助けてクレメンス……!!」
「まあまあまあ、見違えましたよぅ。若様、八割り増しで男前になってません?」
九尾の狐が率いる妖狐の軍勢が。
「みったーん! み、みーっ、ミャアアーッ!! ミャアーッ!! ★★≡≠↓◎ ★←!!!!」
「いかん!? 怪王様が人語を忘れられた!!」
「つーか怪王様! あれ怪王様がお気にの尾上三月じゃないです! 中の人です!! 嘘の人です!!」
「いや違う!? この方の目に映る現実では尾上三月なんだ!!」
「クッソきもい爺さんだなあオイ!!」
塵塚怪王が付喪神の軍勢が。
そしてその中には当然、彼らも居た。
「我が君! 嗚呼、何と御立派な……その御威光で目が、目が潰れてしまいそうです……!!」
「クワークワワー!!!」
次々に闇よりいずる者らに指揮官の神が堪らず叫ぶ。
〈まだ……まだ尽きぬのか!?〉
鵺。
土蜘蛛。
隠神刑部。
屋島の太三郎。
小松島金長。
九千坊。
大人弥五郎。
神野悪五郎。
山本五郎左衛門。
その他多くの高名な化け物が威吹の呼びかけに応じ各々の百鬼夜行を引き連れ姿を現す。
そんな悪夢の大名行列を見渡し威吹はフッと笑い、
「――――チェンジで」
帰ってどうぞとチェンジを申し出た。
すると威吹的に御呼びでない連中は「え」と傷付いたような顔をする。
わざとらしいにもほどがあるとげんなりする威吹を見て紅覇が顔を真っ青にして問う。
「わ、わわわわわ我が君……? な、なな何か……何か私にふ、ふふふ不足が……?」
「あ、いや違う違う。紅覇は良いよロックもね」
「クワー……」
今にも腹を切りそうな顔をする紅覇にフォローを入れつつ、威吹は深く溜め息を吐く。
「俺が言いたいのはさ……おかしいだろ。
明らか、今の俺より強い奴が滅茶苦茶混じってるじゃねえか。
何自然な顔で登場しちゃってくれてんの? おい、キョトンとした顔をするな。愛想笑いをしろって意味でもない!!」
比較的自由に生きるという自覚はある。
だが、コイツらほど空気読めてないわけじゃないという自負が威吹にはあった。
「……まあ、百歩譲って実力云々は良しとしよう。うんまあ、日本の妖怪だしね。
ついでにそこの――そう、その四匹も良いよ。何かチャイナっぽいけど同じアジアだからね」
セーフ判定が出た渾沌、窮奇、檮コツ、饕餮の四匹がキャッキャと笑う。
イラっと来たがスルーし、威吹は続ける。
「んで仙人っぽい連中もまあ……同じアジアで見た目妖怪だし、妖怪仙人ってことでありにするよ。
そこの棒持った猿も昔はまあ、ヴィランだったしね。良いよ良いよ」
でも、
「お前ら。誰? みたいな顔してるお前らだよ。明らか文化圏が違うだろ」
蝙蝠のような翼を持つ――いやもうハッキリ言おう。
悪魔だ。悪魔が混じっている。西洋の悪魔までシレっとこの中に混じっているのだ。
「あの、見た目で人を判断しないで欲しいって言うか……自分の名前、
「だから何だよ。やる気のねえ偽名使いやがって」
「佐田――ンデェエエエエス!!」
「
「
「
「おい止めろ。畳み掛けるように雑な偽名で自己紹介すんな」
名前程度でカモフラ出来るレベルではないのだ。
そもそもデザインが違う。
「…………まあ、良いよ。まあ、悪魔も闇の住人。
妖怪と同じで人に仇成す糞迷惑な化け物ってカテゴリーで括れるし。
悪魔以外にもそこにカテゴライズされるなら千歩譲って良しとしよう。
でもお前。口笛吹いてんじゃねえ、お前に言ってんだ片目の爺」
見目麗しい武装した乙女の軍勢を引き連れる隻眼の老人。
これは、これはない。アウト判定待ったなしだ。
「何なら、お前向こう側だろ。何当然のようなツラしてこっち混ざってんだ」
「ドラゴン退治は……勇者の誉れなれば? みたいな?」
「みたいな、じゃないよ。妖怪も勇者認定すんのか。おめえんとこのヴァルハラ、ガッバガバじゃねえか」
「“人間”の大妖怪だからセーフ」
「祭りと聞いて我慢出来ず駆けつけたロキです」
「まあ……お前は邪悪カテゴリーでも良いや」
閉ざす者、なんて悪役臭い二つ名も持ってるし間違いなく正義の味方ではない。
「あとそこの骸骨の仮面つけて鎌持ったあんたは……どちら様? 見た目邪悪だけど雰囲気的に神様だよね?」
「……あの……ぎ、ギリシャから来ましたハデスです」
「どうも、狗藤威吹です。それで冥界の神様が何でここに……」
「あ、新しい死神の方となら……友達になれるかなって……昔からの同業者はちょっと絡み辛くて……」
「いや俺、死神じゃないよ? 確かに死を操りはするけどさあ……妖怪です」
これだけ言っても誰一人として帰る素振りさえ見せない。
まあ神だろうが化け物だろうが我の弱い奴が名を馳せるわけがないので当然と言えば当然だが。
しかし、威吹からすれば堪ったものではなく頭を掻き毟りながら叫ぶ。
「ホントマジでお前ら何しに来たの!? 何この面子!?
最終戦争か? 終末か? …………でもそれはそれで――じゃなくて!!
過剰戦力! 過剰戦力です!! 見ろよほら! 龍神以外すっかり怯え切っちゃってさあ! 可哀想だと思わないの!?」
万に一つ、億に一つなんてレベルではない。
この場に居る面子とやり合うなら各神話のトップクラスを集めなければ不可能だ。
「意気揚々と日本滅ぼそうとしてる彼らに申し訳ないと思わないの!?」
誰が想像出来る。
日本を滅ぼそうとしたら国の垣根を越えた化け物オールスターズが集うなど。
誰にも想像出来ない。と言うか、普通はあり得ない。
この奇跡のような顔触れが揃ったのは、ひとえに呼びかけた側に原因がある。
威吹だ。特異極まる大妖怪の誕生は彼らの好奇を擽るには十分過ぎた。
「すげえ、ナチュラルに煽ってるよあの子。悪気皆無なところが最高に可哀想」
「日本人ってそういうとこあるよね。気を遣って逆に傷付けちゃうみたいな?」
「お前らヤンキーは気遣いなんて出来ないものね」
「喧嘩すんなよお前らー? 今日はそういうノリじゃねえんだから」
騒がしいアホどもを威吹が睨み付けると、彼らはテヘペロと舌を出してウィンクを返した。
げんなりしつつも萎縮している神らに声をかけようとする威吹だが、それを龍神が遮る。
〈――――貴様ら何を怖じておる?〉
怒りを湛えた龍神の言葉に神々が身を硬くした。
〈貴様らは神としての矜持を胸に我が下に集ったのではなかったのか?
己が威光を満天下に知らしめんと立ち上がったのではなかったのか?
神とは至上至高の存在。薄汚い化け物に怯え竦むなど神に非ず。
貴様らは何だ? 神か芥か? 己すら貫けぬ者は疾くこの場から失せい!!!!!〉
龍神の大喝破に、気後れしていた神々がハッとした顔をする。
思い出したのだろう。自分が何のためにここに居るのかを。
これまでが夢か幻の如く、彼らは戦意を滾らせ始めた。
「リーダー! あっちもやる気にになってるしそろそろ始めましょう!!」
「オーダーおなしゃーす!!」
「リーダー! リーダー!!」
「Foooooo!!!!」
「……あ、あの……あとで連絡先を……」
うぜえ、と思ったが……しょがない。
絶望的な戦力差でもやりようはある。
全員が命令に従ってくれるという前提ありきだが、
(……今回は俺の意に沿ってくれるみたいだし……まあ大丈夫か)
スパッと割り切った威吹は何時の間にか本来の姿に戻った詩乃の頭に降り立ち、全軍に語り掛ける。
「俺は君らに勝利を望まない」
〈我が求むるは完全なる勝利〉
ただ勝つだけだなんて面白みがない
「オーダーはただ一つ」
〈成すべきは一つ〉
遊びは楽しんでこそだ。
「――――ド派手に沸かせ!!! さあ、アゲてこうぜ!!!!!」
〈――――神が威光を世界に示せ!!!!〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます