後編
元カノが亡くなったのを知り合いから聞いたのは、それから一ヶ月後だ。
行きつけの雑貨屋がある商業ビル。その狭い階段で足を踏み外して落下、頭を打ったのが死因だという。
もう友達付き合いもなかったから、私が訃報を聞いた時には葬儀も終わっていた。彼女に未練はないはずなのに、ぽっかりと穴が空いたような空虚感が胸の中に漂う。
同時に「人は呆気なく死ぬ」と怖くもなった。
さらに二週間が過ぎた頃。
突然、あの夜の女性がやってきた。
「本当は、二度と会わない方が安全だけど……」
私の部屋に出入りする場面を誰にも見られたくないようで、こそこそと入ってくる。部屋に上がるや否や、怒りをぶつけてきた。
「あなた、なぜ約束守らないの!」
「約束?」
「忘れたとは言わせないわ! あの夜の契りよ!」
「ああ、ベッドの中で……。素敵だったね」
「何のんきなこと言ってるの! 契約書も誓約書も残せないから、代わりにセックスしたけど……。それ覚えてるなら約束守ってよ! そういう契りでしょ! あなた、やり逃げする気?」
どうやら彼女は、契約という意味で『契り』と言っていたらしい。
「それに、私は私の担当を済ませたわ。次はあなたの番よ! 計画では先週の水曜日だったはずよね?」
「計画?」
「とぼけないで!」
彼女は本棚に歩み寄り、いくつかの本を乱暴に取り出す。
あの夜、テーブルの上に散らかっていた本だ。
「これらを参考にって言ったのはあなたでしょう? 先週の水曜日、せっかく私、完璧なアリバイ作ったのに!」
もはや彼女の言葉は、右の耳から左の耳へと抜けていく。
代わりに頭の中で鳴り響くのは、ただ一つの単語。
目の前の推理小説に共通するテーマ、つまり、交換殺人という言葉だった。
(「一夜の契り」完)
一夜の契り 烏川 ハル @haru_karasugawa
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