✤ 30 ✤ 子供たちが、安心して暮らせる未来を
未来から、再び現代へ戻って、私たちは、そのまま、アランくんの屋敷にとどまっていた。
ミアちゃんは、あの後、泣き疲れて眠ってしまって、今は、アランくんのベッドを借りて、休んでる。
アランくんの話によると、ミアちゃんが、未来の記憶をほとんど思い出せなかったのは、大人のアランくんが、記憶に魔法をかけていたかららしい。
未来の辛い記憶を思い出さないように、近しい人や、楽しかった記憶以外は、封印していたみたい。
だけど、その記憶も、両親と再会したことで、一気にあふれだし、パニックになったミアちゃんは、あのように、泣きわめく結果になってしまったんだって。
それと、ミアちゃんの記憶は、またアランくんが封印してくれたの。
だから、起きたあとは、いつも通り、元気なミアちゃんに戻ってるはずだって聞いて、ちょっと、ほっとしちゃった。
だって、まだ5歳のミアちゃんには、辛すぎるよ。
自分の両親が、戦場で戦ってるなんて……
「リュート、ミルク飲み終わってるけど」
「え!?」
リュートくんにミルクをあげていると、横から日下部くんが話しかけてきた。
私たちは今、ミアちゃんが眠るベッドの前で、椅子をふたつ並べて座ってる。ちなみに、彩芽ちゃんと威世くんは、隣の部屋にいて、アランくんも、今はいない。
「大丈夫か? ゲップさせるのかわろうか?」
「うんん、大丈夫。ごめんね、ぼーっとして」
「いや、あんなことがあったんだし、仕方ないよ」
あんなこと──そう言われて、また未来の事を思い出した。
今日、見たことが、全部、夢だったらよかった。
でも、悲しいことに、さっき見たことは、全部鮮明に覚えていた。
「私、ママ失格かも……ミアちゃんに、あんなに辛い過去があったなんて、全く気づかなかった」
「記憶を封印されてたんだから当然だろ。ミア、いつも明るかったし……それに俺も、虐待やネグレクトは疑ってたけど、あんなのは、全く想像してなかった」
あんなの──その言葉に、空気がズンと重くなる。
確かに、20年後に、魔族がせめてきて、この町で戦争が起きるなんて、誰も考えないよね。
「げぽっ」
「あ!」
すると、リュートくんが、豪快なげっぷをして、暗い空気が、あっさり吹っ飛んだ。
こんな時でも、リュートくんは可愛い。
すると、日下部くんが、そんなリュートくんの頭を撫でながら
「俺、なんで20年も過去に飛ばしたんだろうって、ずっと考えてたんだ」
「20年?」
「うん。普通は、中学生には頼まないだろ。『子供を育ててくれ』なんて。俺だったら、もっと大人な自分に頼む」
「あ、確かに」
「でも、よくよく考えてみれば、20年たてば、ミアとリュートは、大人になるんだよな」
「え?」
そういわれて、少し驚いた。
そっか、今は、小さくて可愛い赤ちゃんだけど、リュートくんも、20年後には、大人になるんだ。
そして、大人になれば、自分で自分の身を守ることもできる。
もしかしたら、未来の私たちは、過去に飛ばした後のとことも、ちゃんと考えていたのかもしれない。でも……
「でも、やっぱり嫌だなぁ……戦争が起きるなんて……っ」
目には、じわりと涙が浮かんだ。
せっかく過去に飛ばしても、20年後に、この子たちは、また戦争に巻き込まれてしまう。
例え、20年幸せな時間を過ごせても、どこかで、また命の危険がやってくる。
だって、戦争って、そういうものだもの。
「どうして……戦争なんておきちゃうのかな……私、戦争は、ずっとずっと昔の話で、どっか遠い国の話で……この日本では、絶対に起きないって思ってた……っ」
学校で、戦争の話は教った。
怖いなって思ったし、悲しいなっておもった。
だけど、どこか現実味のない話で、自分には関係のない話だと、どこかで思っていた。
「やっぱり、信じられないよ……今、こんなに平和なのに……っ」
「その平和を、突然、壊わすのが戦争なんだよ」
すると、部屋の扉が開いて、アランくんがやってきた。
アランくんは、ゆっくりと私たちの前に歩み寄ると
「でも、信じられるわけないか。人間界は……特に、この日本は、とても美しくて平和な国だしね」
「当たり前だろ。日本は、戦争を放棄してる。絶対に戦争なんて起こさない国だ!」
「そうかもね。でも、戦争を仕掛ける側にとっては、そんなのどうでもいいんだよ」
「……っ」
日下部くんの言葉に、アランくんが、悲しそうに目を細めた。
「人間界でも、絶え間なく戦争は続いてるよ。人に心があるかぎり、戦争はなくならないよ」
「心が?」
「うん。感情があるから、人は争うんだよ。だから、いくら法律で決まっていたとしても、仕掛けられたら、戦うしかない。どんなに戦争は嫌だと思っていても、自分たちの国や家族を守るために、武器をとって、敵を倒さなきゃいけない。だから、いざという時のために、戦うための力は備えておかないといけない」
「力?」
「うん。日本の自衛隊は、とても優秀だと思うよ。その気になれば、ドラゴンだって撃ち落とせるかもしれない。でも、それでも、僕たち魔族を一度に相手にしたら、ひとたまりもないだろうけどね」
「…………」
魔法を使える相手に対して、魔法が使えない人間ができることは、きっと限られてる。
じゃぁ、弱い私たちは負けちゃうの?
負けたら、どうなるの?
「そんな顔しないで。今は、まだ大丈夫だよ」
「今は? どういうこと?」
「未来に行ったとき、上空から、桜川の町を見下ろしたけど、街並みは綺麗なものだったし、魔族に侵攻された様子は、まだなかった。だから、未来の僕が、強力な結界を張って阻止してるんだと思う。それに、僕らと親しそうにしてる天使が二人いたでしょ。どういった経緯で、あの天使たちと仲良くなったのかはわからないけど、天界側は、人間界に味方してくれてる。だから、決壊が壊されないかぎり、中にいる人間たちに危害が及ぶことはないよ」
「ほんと?」
「うん。でも魔界軍も本気だ。ドラゴンまで召喚して、決壊を破壊しようとしてる。だから、中にいる人間たちは、怯えながら暮らしてるだろうね」
「そんな……どうして、そんなことになっちゃったの。アラン君は、何か知ってるの?」
「知ってるよ。あの戦争は、僕のお父様がしかけたものだから」
「え?」
「でも、ここから先を話すかどうかは、君たち次第だよ」
「私たち次第?」
「うん。今日見たこと、忘れたいなら、忘れさせてあげてもいい」
「わ、忘れさせるって……」
「記憶を消すってことか?」
困惑する私の横で、日下部くんが、問いかけた。
すると、アランくんは
「そうだよ。僕には、それができるからね。忘れたいなら、消してあげる。そうすれば、あと20年は幸せに暮らせるはずだよ」
あと20年──確かに、今日のことを忘れられたら、幸せかもしれない。
でも、本当に、いいの?
こんなに大事なことを忘れても……
「俺は、忘れたくない」
すると、日下部くんが、ハッキリと返事をした。
椅子から立ち上がり、アランくんの前にたった日下部くんは
「忘れたら、未来の自分を疑ってた頃に、また戻るってことだろ。子供たちを捨てた最低な親だって誤解してた頃に……未来の俺たちは、命をかけて戦ってる。それなのに、ずっと誤解したまま20年過ごすなんて、絶対に嫌だ」
その言葉に、私はハッとする。
確かに、忘れたら、全部元通りになるけど、同時に、未来の私たちのことも忘れちゃうんだ。
大切な人たちを守るために、必死に戦ってる大人たちのことも──
それに、私は約束したんだ。
未来の私と、必ず生きて迎えにくるって──
「私も、記憶は消したくない。だから、アランくんの知ってること、全部教えて! 20年後の未来で、何が起こってるの。
椅子から立ち上がり、私は日下部くんと並んで、アランくんに詰め寄った。
すると、アランくんは、少し呆れた顔をしながら
「そう……じゃぁ、潔く話すよ」
「アラン様。こちらに盗み聞きしてる者が、おりますが」
すると、その瞬間、また部屋の扉が開いた。
執事のカールさんがやってきたかと思えば、その傍には、彩芽ちゃんと威世くんがいた。
「颯斗、彩芽。盗み聞きしてたの?」
「だ、だって、アリサちゃんたちが心配で!」
「それより、さっきの話は本当か!? 20年後の未来で、戦争が起きてたって!」
彩芽ちゃんたちは、すごく驚いていた。
オマケに、かなり心配してたみたい。
ずっと聞き耳を立てていたらしい。
そのあと、私たちは、彩芽ちゃんたちも加わえて、5人で話をした。
部屋の床に、ふわふわのカーペットを敷いて、リュートくんを遊ばせながら、みんなで輪になって話し合う。
「さっきも言ったけど、あの戦争は、僕のお父様、つまり、魔王が仕掛けたものなんだ。そして『三界大戦』の三界は『三つの世界』のことを指す。天使たちが住む『天界』と、君たちが暮らすこの『人間界』。そして、僕たち悪魔が暮らす『魔界』……それで、僕のお父様は、この三つの世界を一つにしようとしてる」
「一つに?」
「うん。いわゆる世界征服ってやつかな。お父様は、僕がもう少し大きくなったら、一緒に三大世界を統一しようとしてたんだ。でも、そんなことしたら、天使たちも黙ってないし、僕は賛同できなくて、お父様と喧嘩をして家出してきた」
「え!? 家出って、そういう理由だったの!?」
「うん。だから、魔族たちは、僕を連れ戻そうと必死なんだ。でも、連れ戻されたら、僕は、この人間界を守れなくなる」
「それで、あんなに……でも、どうして、アラン君は、悪魔のなのに、人間界を守ってくれるの?」
「それは、颯斗と彩芽がいるからかな。友達が辛い目に会うのは、やっぱり嫌だし。でも、僕の考えが甘かったみたいだ。僕が、こっちにいれば、人間界に手を出すことはないと思っていたのに、20年後、お父様は……っ」
アランくんが、悲しそうに目を伏せた。
三界大戦──それは、天界と魔界と人間界。
この三つの世界が争う、大きな戦争のこと。
私たちがいる人間界は、20年後、魔族たちに攻め入られる。でも、アラン君と、天界の天使たちのおかげで、侵略は一時的に防げるみたいだけど、それも、いつまで持つかわからない。
「本当に、ごめん。僕たち、魔族のせいで……っ」
アランくんは、いっそう辛そうな顔をして、私たちに頭を下げてきた。
綺麗なアメジスト色の瞳が、悲しげに揺れてる。
アランくんにとって、お父さんや魔族たちは、どんな存在なんだろう?
家出をしてきたとはいっても、一緒に暮らしていた家族で、仲間だったはずだよね?
じゃぁ、そんな人たちと、未来のアランくんは、戦ってるの?
それって、凄く辛いことなんじゃないかな?
もし、私のお父さんが、すごい兵器とか発明して、それを使って戦争なんて起こしたら、私だったら耐えられない。
なんで、こんなことになっちゃったの?
アランくんは、家族や仲間と戦うことになって、ミアちゃんとリュートくんは、ママとパパと引き離される。
戦争が始まったら、みんなが悲しい思いをしちゃう。
「ねぇ、私たちで、未来を変えることはできないかな?」
「「え?」」
突然、出てきた言葉に、みんなが一斉に私をみつめた。
ずっと、過去は変えちゃいけないと思ってた。
でも――
「私たちで、戦争を止めることはできないかな!? だって、まだ20年あるんだよ! 今から動けば、何か変えられるかもしれない!」
「確かに、時間はたっぷりあるけど」
「でも、私たち中学生だよ? できるのかな、そんなこと」
「わかんないけど……でも、やらなきゃ、戦争が始まっちゃうよ!」
私が、必死に訴えれば、みんなは顔を見合せた。
戦争が始まったら、もう止められない。
だから、始まる前に何とかしなきゃいけない!
「お願い! 私、もう、ミアちゃんたちを、あんなふうに泣かせなくない。それに、アラン君を家族と戦わせるのも嫌だよ! だから、私と一緒に、戦争を止めて下さい!!」
みんなに向かって、必死にお願いする。
『戦争を止めるのを手伝って』なんて、とんでもないお願いだってのは、わかってる。
でも、今やらなきゃ、絶対後悔しちゃう。
だから――
「いいよ」
「え?」
すると、彩芽ちゃんが、そういって
「私も、戦争なんて起こさせくない!」
「俺も。戦争が始まるってわかってて、何もしないなんて嫌だ」
彩芽ちゃんの声に、威世くんの言葉が続く。
すると、私の隣にいた日下部君も
「俺も、恋ヶ崎さんと一緒だよ。子供たちが、泣かない未来を作ってやりたい」
その言葉に、ジワリと涙が滲んだ。
そして、最後に、アラン君と目が合った。
「うん。僕も戦争なんて起こさせたくない。だから、僕にできることがあるなら、なんだってするよ」
「アランくん……っ」
気持ちが一つになって、不思議と力が湧いてくる気がした。一人ではどうにもできなくても、きっと、5人で力を合わせれば、何とかできるかもしれない!
「ありがとう、みんな……!」
嬉しくて、泣きながらお礼をいえば、そんな私の手を、アラン君がそっと握り締めた。
「うんん。ありがとうアリサ。僕のことまで考えてくれて。だから、アリサのお願いなら、なんだって叶えてあげるよ」
「なんだって?」
「うん。だって僕──アリサのこと好きになっちゃったし」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも、アラン君は、私を愛おしそうに見つめていて、急に距離が近くなったからか、顔が真っ赤になる。
そ、それより、い、今なんて言った!?
しかも、アリサって、名前で呼ばれなかった!?
それに、アランくんが私のことを、すすすすすすす好
「ちょっとまて!」
だけど、そんな私とアラン君の間に、日下部くんが割り込んだ。
「いきなり、何言ってるんだ! 恋ヶ崎さんは、俺と結婚するのが決まってるんだぞ!」
いつもクールな日下部くんが、珍しく声を上げて噛みついた。だけど、アランくんは、ニッコリと綺麗な笑みを浮かべながら
「でも、未来を変えるなら、君と結ばれる必要はないよね?」
「はぁ!?」
その瞬間、二人の間に、ばちっと火花が散った。
「なっ、俺と結ばれなかったら、ミアとリュートは、そうなるんだ!?」
「そんなの、僕が魔法で何とかしてあげるよ」
「そんなのアリか!?」
「ありあり! だから、安心して、僕のところにお嫁にきていいよ!」
「お、お嫁……!」
アラン君は、天使のような笑顔で、私に笑いかけた。
しかも、お嫁に来てなんて言ってる!
うそ、どうしよう!
まさか、両思いってこと!?
しかも、アラン君と結ばれても、ミアちゃんたちは、いなくなったりしないの!?
でも、アラン君は悪魔なんだよね!?
てか、悪魔と結婚なんて出来るの?
それに、日下部君だって、とっても素敵な人だし
「そんなの、納得できるわけないだろ!」
すると、また日下部くんが噛み付いて、アランくんは、困ったように
「分かったよ。じゃぁ、アリサに選んでもらおう」
「へ!?」
いきなり話をふられた。
「アリサは、僕と日下部くん、どっちを選ぶ?」
「ど、どっちって……っ」
二人が、同時に私を見つめる。
いきなり選べと言われて、限界まで心臓の音が加速する。
ど、どっちをって……私は──
「ママー!!」
「きゃあぁ!?」
すると、そんな私の背中に、ミアちゃんが抱きついてきた。
眠る前は、あんなに泣いてたミアちゃん。
でも、今はにっこり笑っていて、私は、ほっとして、ミアちゃんを抱きしめた。
「ミ、ミアちゃん! 良かったぁぁ!!」
「ママ、どうしたの? 何かあったの?」
「うんん。なにもなによ」
いつもの明るいミアちゃんだ。
もう悲しんでない!
でも、娘との抱擁を喜ぶ私を見ても、アラン君と日下部くんは、逃がしてくれなかった。
「アリサ。まだ、返事を聞いてないよ」
「どっちを選ぶんだ」
「え? あ、あの、それは……っ」
じっと見つめられて、火を吹くように熱くなった。
アランくんか、日下部くんか?
そんなの、選べるわけないじゃない!?
「わ、わわわ、私は、しばらく子育てに専念します! だから、恋はしません!!」
私は傍にいたミアちゃんとリュートくんを抱きしめると、まるで、逃げるように、そう叫んだ。
そのあと、屋敷の中には、不服そうな声を上げるアランくんと日下部くんと、笑いあう、みんなの声が、いつまでも響き渡っていた。
✤
お母さん。
天国での暮らしは、いかがですか?
実は私、今日、とても重大な決断をしました。
なんと私、未来を救う事にしたんです。
今まで、ずっと、ぼんやりと生きてきたけど、やっと、やりたいことが見つかったの。
もちろん、できるか分からないし、もしかしたら、すごく大変なことかもしれないけど、子供たちが安心して暮らせる未来を、まだ諦めたくありません。
だから、どうか、見守っててね。
私たちが、20年後の未来を救うまで。
そして、いつかの日か、本当のママになった私が
家族と幸せな時間をすごせますように──
『今日から、ママになりまして!』END
今日からママになりまして! 雪桜 @yukizakuraxxx
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