✤ 29 ✤ 引き裂かれた家族


「ひっ──きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 時空を超えた瞬間、私たちは、空を飛んでいた。

 いや、飛んでるというよりは、落ちてる!!


「ア、アランくん! どうなってるの、これぇぇ!?」

「大丈夫だよ」


 すると、アランくんは、平然でした様子で魔導書を開くと、すぐに呪文を唱える。


『天空の使者よ。我が血と盟約のもと、その命に従え──緑の書 第42番・神速の大鳥ファルコン


 そういった間際、今度は、空中に魔法陣が刻まれて、その中から、翼を広げた大きな鳥が飛び出してきた。


 私たちの何倍もの大きさがある、巨大な鳥。


 翼は黒いけど、お腹の方が白くて、所々黒い斑点がついてる。そして、その鳥は『キィー、キィー』と甲高い声をあげながら、私たちの元にやってきた。


「わぁ、大っきな鳥! タカかな?」

「ハヤブサだろ」


 落ちる私たちを、背中に乗せてくれた、大きな鳥さん。その子をみて私が感心していると、日下部くんが、呆れながらつっこむ。


 この鳥、ハヤブサって種類の鳥なんだ!

 確かに、早そう!

 でも、鳥には詳しくないから分からないよ!


「ママ、高ーい!」

「きゃー、まぅー」


 そして、そんな私の横で、ミアちゃんとリュートくんが、はしゃいでる。落ちてる時はどうなるかと思ったけど、みんな無事みたい。


 私は、ほっとして、空中から、自分たちの町を見下ろした。


 だって、ついにやって来たんだんだもの。

 20年後の未来に──


『グアアアアアアァァァァァァァ!!』

「──っ!!」


 だけど、その瞬間、頭上からつんざくような声が響いた。まるで、恐竜のような地面を震わす程の獰猛な声。


 何が起きたかわからず、私は、恐る恐る上空を見つめる。するとそこには、ありえない生き物が飛んでいた。


 皮膚は赤黒い鱗に覆われていて、コウモリみたいな翼と、長いしっぽが生えてる。そして、鋭い眼球と立派な牙。

 それは、ゲームや本の中でしかみたことがない、架空の生き物だった。だって、目の前にいるのは


「「ドラゴン!?」」

「みんな、掴まって!!」


 私と日下部くんが驚いていると、その声に、アランくんの声が重った。

 すると、私たちを乗せた大きな鳥は、一気に加速し、斜めに旋回を始める。


「きゃぁっ!」


 ミアちゃんを抱きしめて、振り落とされないように、必死にしがみついた。すると、なんとか、ドラゴンからは離れたけど、息をつく間もなく、また別の声が聞こえた。


『なんで、あなたたちが、ここにいるの!』

『早く戻れ!!』


 そう叫ぶ、女の人と男の人の声。


 顔を向ければ、そこには、白い翼を生やした『天使』がいた。黒髪の男の天使と色白な女の天使。


 ──て、ドラゴンの次は、天使!?

 なにこれ! もう、意味がわからない!!

 

 しかも、その二人は、私たちのことを知ってるのか、必死に『戻れ』と訴えてくる。


「な、なに? どうなってるの!?」

「アラン。本当に、ここは20年後なのか!?」


 ありえない状況に、私と日下部くんが詰めよれば、アランくんは、顔を青ざめさせたまま、上空を見つめていた。


「なんで、魔族が……っ」

「え?」


 その言葉に、ゆっくりと空をみあげる。

 すると、そこには、魔獣たちを従えた、たくさんの魔族の姿があった。


 蛇のハットを被った怪しい悪魔に、ライオンの姿をした魔獣。そして、その魔族たちの前に、無数の天使たちが、立ち塞がっていた。


 まるで、この世界を守るように──


「みんな、戻ろう!」


 すると、アランくんが、息を吹き返したように、そう言って


「え、戻るって、どこに!?」


「過去にだよ! どうして未来の僕が、二人を過去に飛ばしたのか、もっとよく考えるべきだった!」


「考えるって……でも、ミアとリュートは、どうするんだ!?」


「連れていく! こんな所には、置いておけない。だって、ここは今」


「ママ!!」


 でも、その瞬間、急にミアちゃんが叫んだ。

 『ママ』と聞いて、私たちは、一斉に目をむける。


 すると、その先には、私によく似た女の人がいた。

 ふわふわのくせっ毛をした30代くらいの女の人。


 そして、その横には、日下部くんによく似た男の人もいる。背が高くて、凛々しい顔つきをしたカッコイイ男の人。


 その姿を見た瞬間、二人が、未来の私たちだとわかった。でも、その二人は


『早く、逃げて!』

『今ここは、の真っ只中だ!』


 大人になった私と日下部くんが、必死になって叫ぶ。


 でも、サンカイタイセン?


 なにそれ?

 意味がわからない。

 うんん。理解したくなかった。


 しかも、そんな二人の声を聞いて、ミアちゃんは


「パパ、ママっ! やだ、やだよ……! ミア、もう離れたくない!」


 まるで、全てを思い出したように、ミアちゃんは、泣きながらパパとママに手を伸ばした。


 だけど、今にもおちそうになるミアちゃんを、日下部くんが、慌てて掴む。


「ミア、危ない!」


「やだあぁぁぁぁ、パパ、ママぁ! 行かないで! やだ、やだよ……! パパ、ままぁ、ミアとリュートも、一緒にいたい……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


「ふぇぁぁぁぁぁん!!」


 すると、泣きじゃくるミアちゃんの声につられて、リュートくんも泣き出した。


 空の上には、子どたちの悲しい声が響き渡って、魔族たちの視線が一気に集中する。


(あ、やばい……!)


 だけど、そう思った瞬間、私たちを青白い光が包みこんだ。時空飛行の魔法を使った時に現れた、青い魔法陣だ。


「え、これ、アランくん!?」

「違う、僕じゃない」


 てっきりアランくんが、魔法を発動させたのだと思った。だけど、それは、アランくんじゃなかった。


 アランくんが、複雑な表情でみつめた先には、アランくんと同じ銀色の髪をした男の人がいた。


 長い髪をした、すごく綺麗な男の人。


 それが、未来のアランくんなのだとわかって、だけど、大人のアランくんは、魔導書すら持たず、呪文一つで魔法をかけた。


『青の書・第23番──時空飛行』


 そう言われた瞬間、強制的に、戻されるんだと思った。過去に。私たちがいた時代に──


「ま、待って……っ」


 言いたいことや聞きたいこと、まだたくさんあった。


「パパ、ママぁ……ッ!」


 でも、その間も、ミアちゃんの声は響いていて、私は、泣きじゃくるミアちゃんを、きつく抱きしめた。


 いつの間にか、視界は涙で霞んでいた。

 大人の私を見れば、私と同じように泣いているのが分かった。


 もし、大人になった私が、子供を捨てたのだとしたら、どなりつけてやりたいと思っていた。


 でも、違ったんだ。


 私も日下部くんも、ミアちゃんとリュートくんを、捨てたわけじゃない。


 本当は、すごく大切にしてたんだ。

 ずっとずっと、傍にいたかったんだ。


 でも、いられなかったんだ、だって、今ここは──

 

「生きて……必ず迎えに来てッ!!」


 時空に飛ばされる瞬間、必死に声を張りあげれば、未来の私は、優しく微笑みながら


『うん。必ず迎えに行く。だから、それまで、実愛ミア龍飛リュートを、守って──』


 その言葉をきいて『私の代わりに、育ててください』そう書かれた、あの手紙を思い出した。


 どうか、争いのない世界で、怯えることなく、明るく、すくすくと、楽しい時間をすごして欲しい。


 そんな願いをこめて、二人はこの子達を、過去の私たちに託したのだろうか?


 そう思うと、涙が一気にあふれて、私は、泣きながら、言葉を紡いだ。


「うん、守る……絶対……守るよ……っ」


 20年後の自分との約束。

 

 それを誓った瞬間、私たちは、時空に飛ばされて、また未来から過去に戻ってきた。


 苦しくて、辛くて。

 怖くて、悲しくて。


 涙は、ずっと、止まらなかった。


 そして、それは、ミアちゃんも同じで、どんなに抱きしめても、どんな慰めても、ミアちゃんは、パパとママを求めて、ずっとずっと、泣き続けていた。


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