タイトルの『赤いきつね』と母の愛情は、極論を言えばどんな食べ物でも成立します。母が手間をかけて作ったカレー。母と一緒に作ったお菓子の名前でもいい。しかし、この物語は赤いきつね以外の食べ物では成立しません。コンテストのために書かれたという背景はあります。それでも別の言葉に変えられていたら、ここまでの感動はなかったと思います。
郷里を離れ、東京で奮闘する「私」。先の見えない不安と孤独を抱えながら、赤いきつねを口にする。それは、母との思い出の味。心にぽうっと灯がともるような、温かさに満ちていた。寂しさから帰りたいと感じてしまうものの、「私」には戻れない理由があった――
距離も心も離れてしまった母と娘。固められた麺がお湯でほぐれるように、わだかまりが溶けてほしいと願いたくなるでしょう。切なく、温かな愛情の物語を味わってください。