第5話
「あんたよく無事で」
「うん。水瀬君の護符が効いたみたい」
冷たい視線を投げかける美奈子と、素知らぬ顔でとぼける水瀬。
「それじゃ、未亜ちゃん、その「何か」をどうにかさせるために、水瀬君の力を借りたかったってことですか?」
「そゆこと」
「私はなんだったのよ!」
美奈子が席を立って未亜の胸ぐらを掴んだ。
「あんた、私がどんな目にあったかわかって!」
「うん。このMDに録音してきたよ」
「こ、この−!」
我慢できず、手を挙げかけた美奈子の腕を水瀬が掴んだ。
「桜井さんを巻き込むことで、本当は、自分が犯人だってことをごまかすつもりだったんでしょ?」
「さっすが水瀬君!ご明察!」美奈子の手から逃れた未亜は、拍手混じりで水瀬に言った。
「水瀬君に私が直接言ったら、美奈子ちゃんが疑問を持つのはもう明白だしぃ。でさ。こっちからも質問だけど、結局、何だったの?」
「あの絵、描いた人に余程想い入れがあったんだろうね。その想いが絵そのものに生命を与えた。文字通りの九十九神としてのね」
水瀬が後を引き継ぐように口を開いた。
「未亜ちゃんが聞いた弦の音は彼女の持つ胡弓のそれだよ。本人としては挨拶のつもりだったのに、未亜ちゃんはそれにあんないたずらで答えた。だから、彼女は怒ったの。昨日一晩中恨み言聞かされたよ」
「あ、あの絵って」
「公には廃棄処分。実際には僕が引き取った」
「いいの?」
「桜井さんの言うところのオバケが憑いた絵があるなんて、学校としても体面がわるいでしょ?だからぼくが引き取った。彼女との約束通り、数日で直るはずだよ」
「じゃぁ、これで一段落だね!?」
「全然、終わってない!」
美奈子が未だ納得できないという顔で未亜にかみついた。
「私は!?私がなんで殺されかかって、あんなは−もがっ!」
突然、水瀬が美奈子の口を手で塞ぐ。
あせる水瀬の視線の先には、きょとんとした顔の綾乃がいた。
「それも簡単」
水瀬は話題をそらせるために急いで説明を始めた。
「桜井さんを、未亜ちゃんだと勘違いしただけ。桜井さんが襲われた時、いつも未亜ちゃんの名前を口にした時だった」
「で、でも」
美奈子は、なぜか納得できない。何かが心のどこかに引っかかっているようですっきりしないのだ。
「ごめんねぇ。美奈子ちゃん」
未亜が不意に頭を下げた。
「せっかく協力してくれるんだったら、美奈子ちゃんにも美味しいっていうか、キモチいいチャンスあげてもいいやって思ったから、結構、考えたんだよぉ」
「はぁ!?」
未亜以外の全員がきょとんとした顔で未亜を見返した。
「な、なによ未亜、その気持ちいいって」
「にゃぁ?」
未亜は、不意に意地の悪い眼差しで、美奈子を見つめた。
「そっかぁ、痛いだけだったのかなぁ?」
美奈子は、不意にあの夜の未亜との電話を思い出し、赤面した。
>「なわけないでしょ!?あんた、私がどんなメに−」
>『え?ええっ?』
>「痛いし恥ずかしいし、本当にヒドイ目にあったんだから!?」
>『へぇ〜っ』
>「な、なによ?本当よ!?本当に−」
>『水瀬君、結構キチクだったんだぁ』
>「はぁ?」
>『だってさ。真っ暗な中でオトコとオンナがいるわけだしぃ、スることは一つだよねぇ』
>「なっ、何いって−」
>『美奈子ちゃん、初めてだったんでしょ?それなのに、水瀬君ひどいよねぇ』
「なっ、なっ」
「通話内容はそのMDに記録されているから、後で聞いてねん。せっかくの記念なんだから(はぁと)」
そういうやいなや、未亜は全力疾走で食堂から逃げ出した。
「待ちなさい未亜!今度こそ絶対、絶対許さないんだからぁ!」
台風のような騒ぎを見送りつつ、水瀬はため息をついた。
「ホント、仲がいいよねぇ」
ぬるくなりかけた紅茶に手を伸ばしかけて、思わず体を硬くする。
横にいる綾乃が、なぜか怒っているのが目に入ったから。
しかも、凄まじく。
((((((((;゜Д゜))))))ガクガクブルブル
「せ、せとさん?ね、ど、どうしたの?」
耳に付けたイヤホンの先には、未亜のMDプレイヤーがあった。
綾乃の耳に入っている音声は、あの夜の美奈子の言葉だけを記録したものだった。
しかし、どう聞いても、未亜の言葉を裏付けるのに十分なものだった。
たとえ、それが未亜の編集したものだったとしても。
>「きゃっ!…………くうっ!…………あっ……はぁはぁ……み、みなせ……くん…………み、水瀬君、いっ痛い」
>「がまんして。すぐよくなるから」
>「はぁ……はぁ……」
>「大丈夫?」
>「うん。大丈夫。もう痛くない」
>「じゃ、いくよ」
>「うん」
>「ありがとう。水瀬君、やさしいんだ」
>「で、でも、そんな……壊れちゃう!……そ、そんな!そんなに待てない!…………じ、じゃあ、水瀬君がしたければ、いいよ?……あんまり、ひどくしないでね」
なんだからわからないけど、逃げた方がいいらしい。
そう判断した水瀬だったが−。
瀬戸綾乃が、泣き叫ぶ水瀬を引きずったまま食堂を後にしたのは、複数の生徒達が目撃している所だった。
午後の授業全てに水瀬は欠席。
水瀬にお花畑の先の川を見せた綾乃は、美奈子の必死の説得を経て、MDの内容が濡れ衣であることを納得した途端、水瀬がさぼっていると別な意味で怒り出したという。
何があったかは、綾乃がすっかり忘れ、水瀬が語りたがらないため、様々な憶測を呼びつつ、いつしか忘れられていった。
放課後
第一発見者は生活指導教諭。
水瀬は体育館裏手で凄惨なリンチを受けたらしい。
『教師生活25年、こんなひどいケガはみたことがない』という生活指導教諭の言葉が、水瀬の被害の全てを物語っていた。
強いて表現すれば「ほとんどミンチ」状態で発見された水瀬は、3日間、学校を休んだ。
その意図が、ケガのせいか、綾乃を恐れてかは定かではない。
多分、後者だろう。
月ヶ瀬神社
放課後
夕暮れの暑さはまた格別だった。
美奈子は、お見舞いのアイスクリームの入った袋を下げて水瀬の家に入った。
神社に間借りしているこの家には何度も来ているから、勝手は知っている。
「どうぞこちらへ」
お手伝いさんだろう、割烹着姿の若い女性が、美奈子の顔をみた途端、まぁ。という顔をしたこと、奥でドタバタ音がしていること、そして、玄関にあった女物の靴が気になったが、美奈子は全て黙っていた。
「ご主人様、桜井様をお連れいたしました」
「ん〜っ」
涼しげな風がながれる中、水瀬は縁側で寝ころんでいた。
あちこちに巻かれた包帯が痛々しい。
「すぐお茶をお持ちいたします」
案内してくれた割烹着姿の女性が、そういって二人に座布団を出した。
「あ、おかまいなく」といいつつ、やっぱり美奈子は、この女性と以前、どこかであったように思えてならなかった。
日本髪に映える二本の飾り気のない赤いかんざしが、美奈子の目にはなぜか新鮮に映った。
チリン
冷たい麦茶を飲みながら、とりとめもない話をする二人。
ただ、時間だけが流れている。
入ってきた時のどたばたぶりを含め、ドアの後ろで隠れているアイドル殿は、あとでたっぷり冷やかしてあげることにして、美奈子は気になっていることを水瀬にぶつけてみることにした。
「でね?気になることがあったの」
「何?」
「あのオバケのこと」
「−うん」
「なんで私を殺そうとしていながら、あんな悪戯じみたことを」
「ああ、そんなこと」
そばに控えていた先ほどの割烹着の女性が麦茶を継ぎ足す。
「文字通りの悪戯」
「へ?」
「桜井さん、マジメだからね。からかいがいがあると想ったんじゃない?退屈しのぎだったらしいよ。本人としては」
「じゃ、私、水瀬君にバカにされて、未亜にだまされて、オバケにコケにされたってこと?」
優しい視線で見つめる水瀬が、そっとつぶやく。
「ごくろうさまでした」
美奈子ちゃんの憂鬱 怪談話はお好きですか? 綿屋伊織 @iori-wataya
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