第4話

明光学園

C棟廊下


 「−ありがとうございました」

 廊下ですれ違った先生に丁寧に挨拶する美奈子の姿があった。

 昨日、ナイフ片手に未亜を殺すとわめいていた人物と同一人物とは思えないほどの丁寧さだった。


 「終わった?」

 移動教室に向かう途中、美奈子を見かけた水瀬が声をかける。

 「ええ」

 美奈子は挨拶もそこそこで水瀬と一緒に歩き出す。

 「でも、どういう心境の変化?」

 「何が?」

 「未亜ちゃん相手にあれほど怒っていたのに」

 「よくよく考えたんだけどね。未亜を殺すのは、あいつのシッポを掴んでからでいいのよ」

 「し、しっぽ?」

 「もう、大体の所は掴んだから、後は明日のおたのしみってところね。そのあとでじっくりと。うふっ。うふふふふっ」

 指をポキポキいわせながらほほえむ美奈子の顔は悪意に満ちあふれている。

 完全に未亜をどうにかするつもりでいることは、水瀬にも明らかだった。

 「殺さないでね……」

 「わかんなぁい」 

 

 翌日

 明光学園

 食堂

 

 300人収容可能な大食堂の一角に、美奈子と水瀬、そして綾乃の姿があった。

美奈子の様子がおかしいと聞いた綾乃が、水瀬にお願いした結果だった。

 

 なお、この場合のお願い、とは、一般には脅迫とか恐喝とか強請とかいわれる部類のものだと、少なくとも水瀬はそう考えている。

 

 『なるべく人目について、美奈子ちゃんが問題を起こさない所を選んでください。水瀬君は、それでも美奈子ちゃんがコトに及ぶようでしたら、絶対に止めてくださいね?いいですか?失敗したら許しませんからね?』

 どうしろっていうんだろう。と疑問に思いつつ、水瀬はただ、綾乃のお仕置きが怖い一心からこの場を必死にお膳立てすることになったのだ。

 つくづく、水瀬が綾乃の尻に敷かれているかよくわかるというものだ……合掌。


 「やっほぉ!美奈子ちゃん!」

 「きゃっ!」

 行き交う生徒達の合間を縫うようにして突然、未亜が美奈子に背後から抱きついた。女の子二人が抱き合う姿に、何人もの生徒が足を止め、美奈子達に視線が集中する。


 「み、未亜、放しなさいもう!」  

 「ねねねねね、美奈子ちゃん、原稿は?原稿!」

 「はいこれ」

 美奈子がバックから取りだしたのは、一冊のファイル。

 「うっわぁ!さんきゅ!どれどれ−」

 ファイルを開いた未亜が、なぜか一瞬のうちに固まる。

 「いい記事でしょぉ?どっかの誰かの悪行の数々、まとめて公にしたら、停学程度じゃすまないわよねぇ」

 声のトーンを落とした美奈子の目は、完全に未亜をねめつけていた。

 「おかしいと思ったのよ最初から。学園で七不思議なんて聞いたことないし、実際、調べても先輩達どころか先生達すら知らない。誰も知らない七不思議なんて、そんな七不思議がある?しかも未亜、この七不思議って、あんたが中学時代に記事にした内容と同一じゃない!」

 「ちぇっ。やっぱり、安易だったかなぁ」

 バツが悪そうな顔で舌打ちする未亜。

 「未亜ちゃん、人をだますのはよくないことですよ?」

 綾乃が諭すように言った。

 「でも、本当のことを正直に言ったら、きっと美奈子ちゃんだって−」

 「ホント!?」

 「ホ・ン・トのことだったらね(怒殺)」

 美奈子の殺気だった視線に、未亜は軽く引いた。

 「あ、あのね」

 覚悟を決めたらしい。

 なぜか、ちらりと水瀬の方を向いて、未亜は言った。

 「み、水瀬君の協力が、どうしても必要だったの」

 「はぁ!?」

 「聞いて」

 未亜の目を見た美奈子は黙った。

 話題を追いかける時に見せる好奇心に隠れた未亜の心がそこにあった。

 何があっても、絶対に何一つ諦めない真摯さが−。

 

 

 ある日の放課後

 美術室前

 

 「はいっ!今日の学校探検は、美術室にやってきました!」

 マイク片手の未亜は、彼女にしか見えないカメラ相手に語り出した。

 うん。タイミングばっちり!

 突撃レポーター志望の未亜は、放課後、人気の少ないところで、こっそりとこんな遊び、というか、練習をしていた。

 レポーターの志望者は女子部員の半数を超える。

 みんなきれいでかわいくて、未亜よりずっと記事をきれいに読み上げることが出来る。

 対して未亜は記事を覚えられず、ただ悪戯に棒読みしてしまうどころか、突然、アドリブでまじめな記事をお笑いにしてしまう。

 報道関係への就職を志望する生徒達への教育も兼ねる部に入部した後の適正試験で、未亜がアナウンサー養成課程から一発で除外されたのは、そのせいだ。

 第一志望のレポーターでも、適切に記事を棒読みすることに力を入れる部の方針から外れる未亜の存在は浮いていた。

 

 未亜は練習の度に思う。

 みんな、記事を覚えているだけじゃない。

 でも、私は他の誰より現場での判断力やアドリブでは絶対負けない。

 それが、未亜の自慢、いや、たった一つの取り柄だ。

 容貌でかなわない。

 記事読み上げでかなわない。


 なら−


 それなら−


 私は私の持ち味を活かした報道をすればいい。

 記事と共に、「私」を売り込めばいい。

 

 未亜が、他人が見たらヘンに思われるようなことをしているのも、すべてはそんな一念からだった。

   

 未亜は見えないカメラめがけて続ける。

 「美術室の奥、この扉の向こうには、一体何があるのでしょうか!?楽しみですねぇ」

 うーん。セリフが陳腐だなぁ。もっとこう、関心を引くような言葉じゃないとダメだね。考えなくちゃ。

 「今のセリフ、陳腐すぎ」

 胸元のマイクにそっとつぶやくと、ポケットからカギを取りだす。

 美術の先生からくすねた合い鍵だ。

 

 「それじゃ、入りまぁす!」

 元気よくドアを開け、用具室に入る未亜。

 うん。カメラが先に入って、仰角のアングルで撮ればいい絵になるだろう。

 私は元気が売り物だから。

 

 未亜がこの部屋に入ったのは、実はこの時が初めてだった。

 「うっわぁ」

 壁一面の絵。

 どんなに努力しても、未亜には一生描くことが出来ないだろう見事な絵が掲げられている。

 風景画、人物画、抽象画。

 夕日に照らし出された壁一面の絵が、突然のちん入者に驚いているように見えた。


 いけないいけない。レポーターが呆然としていてはいけない。


 「はいっ、スタジオの桜井さん、聞こえますかぁ!?絵です。一面の絵です!美術部顧問の雨宮先生が絵画泥棒だったというのは、どうやら、本当だったようです!これはスクープです!」

 ここでカメラが室内を撮って、スタジオでコメントっと。

 それにしても。

 「キレイだなぁ」 

 壁の絵達に、未亜は視線を向け、正直な感想を漏らす。

 元来、未亜は美しいモノは嫌いではない。外見がにぎやかだから、誰も想像できないだろうが、未亜の趣味の一つには美術館巡りがしっかりと入っている。

 最初の父親が絵描きだったことも影響しているかもしれない。


 夕焼けの色に染まる中、誰に見られるわけでもなく存在する絵画達−。

 

 ビィン

 

 「にゃ?」

 あれ?今、弦の音がしたような?

 

 ビィン

 

 まただ。

 あたりを見回すけど、誰もいない。

 ドアはしまっているから、どこからか入ってるはずはないんだけど−。

 きょろきょろとあたりを見回すけど、誰もいるはずがない。


 ビィン


 またした。

 そっか、これは空耳だ!

 未亜は無理にそう判断すると、あたりを見回し、不意に、一枚の絵に行きついた。

 和服姿の女性が、弦楽器(名前は知らない)を奏でている絵。

 きっと有名な人が描いたんだろう。すごく上手。

 

 「にゃはぁ。キミだなぁ。びっくりさせて」

 未亜以外、誰もいない部屋、それはすなわち、そこにいる未亜の世界だった。だから、未亜が何をしても許される部屋−。

 だから、私がなにしても許される。

 この部屋の支配者は私なんだから。

 どんな悪戯だって。


 誰に出もある、そんな心理の末のことだ。


 「驚かせて。いけない子だなぁ。キミは」

 うんうん。と、腕をキミながら頷く未亜は、不意にポケットからマジックを取りだした。

 「だから、お・し・お・き」

 

 カキカキ

 

 うん。なかなか上手だ。

 こんな綺麗な女性でプロペラひげを生やした人なんていやしない。

 うん。目立っていい。ついでに面白い。

 「センセにバレないように隠して、と」

 壁から絵を外して、平積みになっている額縁の山に隠す。

 「おヒゲの美人さんはここに隠れましょう」

 未亜がそう言って笑いながらマジックのキャップをしめた時

 

 きゃぁぁぁぁぁっ


 女の人の悲鳴がした。

 しかも、すぐ近く

 

 「へ?」

 

 あたりに人気はなし。

 いるのは私だけ。

 

 なんだろう。

 背筋が寒い。

 それに、誰かに見られている。

 

 カンの良さは自慢できる未亜は、この部屋が突然、危険なことを感じていた。

 もう一度、あたりを見回して、未亜は愕然とした。

 見られている。

 見ているのは−。

 絵だ。

 絵からすごい視線を感じる。

 

 だめ。

 この部屋は危険すぎる。

 未亜は、遺留品がないことを確かめると、一目散に部屋を飛び出した。

 

 誰かが、後をついてくるのを感じながら。

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