第10話 雪に咲む

「月草さんと実際に会ったことはないんでしょ。それは交際にカウントされるものなの?」


 月草さんと別れたことを母に話すと、怪訝そうな顔をされた。


 思い描いていた恋愛と比べると、雪乃との日々は確かに甘い記憶で満たされていた。彼女の生活リズムに合わせることの大変さと、理想に折り合いをつけることも学んだ。


 そう話す私に、母は恋愛なんてそんなものよと答えた。


「夫婦だって、どこかで我慢しないとやっていけないもの。楽しさだけを求めると、上手くいくはずないのよ」


 十九歳で父と結婚した母の言葉には、強い説得力があった。


 夫婦、か。


 以前は、その二文字に嫌悪感を抱くことはなかった。夫夫や婦婦も家族の形だと認識するようになったのは最近だ。結婚にまつわる思い出が蘇る。


「雪乃、嬉しそうにスマホを握ってどうしたの?」

「広島市にもパートナーシップ制度が導入されるって」


 採用内定が決まったときよりも興奮していた。私を包む力も普段より強い。雪乃の喜びようから、どれほど待ち望んでいたニュースなのか理解できた。


 パートナーシップ制度は結婚と異なる。それでも制度の導入が進めば、日本でも同性カップルの結婚が認められるだろう。


 パートナーシップ制度を利用する人は多くないかもしれない。それでも雪乃のように、権利を望む人は少なくない。だから、好きな人と結ばれたい想いが、認められる未来を願う。


 付き合う前も、同性婚は認められた方が良いと思っていた。だけど、異性愛者の自分には関係のない話とも思っていた。

 同性婚が認められてほしいと強く願うようになったのは、雪乃の存在が大きい。


 彼女の笑顔は、私の記憶で輝き続ける。その眩しさを曇らせないために、あのころ夢見た光景を当たり前のものにしたい。


 祈りには、雪乃への贖罪と感謝が込められている。


 私を好きになってくれてありがとう。あなたの彼女として過ごせた一年半と二十三日は、幸せだったよって。


 せめてもの償いに、きみは花のように笑ってくれるかな。

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雪に咲む 羽間慧 @hazamakei

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