12÷2(1+5)

田中勇道

12÷2(1+5)

 とある小学校の算数の授業、僕は黒板に簡単な式を書いた。


 12÷2(1+5)


「先生、式おかしい」


 いきなり指摘された。一昔ひとむかし前に話題になった問題を小学生がどう解くのか試そうとしたんだけど気付くの早いな。そもそも算数では『×』を省略しないから当然ではあるのだが……。僕は仕方なく式を書き直した。


 12÷2×(1+5)


「この問題の答え分かる人」


 小学生は元気なもので何人もの生徒が「ハイ!」と大きく手を挙げる。僕は後ろの席にいる男子生徒を指差した。彼は自信満々の顔で答える。


「36」


 よくできました、と言おうとした瞬間、一番前にいる女子生徒が僕の言葉を遮った。


「異議あり!」


 逆○裁判かな? 


「裁判長! 被告人は間違った証言をしています!」

「今授業中なんだけど……」


 僕が言うと、彼女は素直に頭を下げた。ただ、彼女は彼の答えに納得がいかないらしく、僕は理由を訊いた。どうにも、彼女の計算では答えは1になると言う。やはり意見が分かれた。


「どういう風に計算したの?」

「まずかっこでしょ。それから2かけて12で割って1」


 説明になっているか微妙なところだけど言いたいことはわかった。彼女は括弧、掛け算、割り算、つまり右から左に計算したのだ。


 12÷2×(1+5)

 =12÷2×6

 =12÷12

 =1


 しかし僕の模範解答では彼と同様に36だ。括弧のあとは左から右に計算した。


 12÷2×(1+5)

 =12÷2×6

 =6×6

 =36


 彼女の解答も別に間違いではない。だが彼は彼女を小馬鹿にするように言う。


「こんなの36に決まってんじゃん。自明って知ってる?」

「違う! 1が正しい! 先生は?」

「……答えはどっちも合ってるよ。考え方は間違ってないからね」

「『どっちも合ってる』はおかしいよ。コ○ン君言ってたもん。『真実はいつもひとつ』だって」


 まあ確かに言ってるけどね。できることなら今すぐコ○ン君の手を借りたい。僕がそんなことを思っていると彼は呆れたように言う。


「お前の答えが間違ってるんだよ。いい加減気づけよ」

「加減? 今は乗除の話してるの。話を脱線させないで」


 脱線させたのは君だと思うけど……というか加減乗除わかるんだ。


「はぁ? ジョ○ョ?」


 確かに聞き間違えやすい言葉だけど違う。君たち打ち合わせでもしてるの? このままだと埒が明かないので僕は無難な案を彼女に提示した。


「2で割るって言うのは、2分の1を掛けるのと同じなんだ。だから僕が黒板書いた式は12×(1/2)×(1+5)って書き換えられる」

「12÷2×(1+5)と12×(1/2)×(1+5)が同じなの?」

「そうだよ」

「12÷2×(1+5)が1になるのに?」


 どうやら彼女は12÷2×(1+5)=1を信じて疑わないらしい。なかなか面倒だな。


「一旦、12÷2×(1+5)から離れて12×(1/2)×(1+5)を計算してみよう。分数の掛け算はわかる?」

「わかるよ。12×(1/2)×(1+5)=36でしょ」


 そこまでわかるならなぜ1に固執こしつするのか。


「計算はかっこが先でしょ。それに2をかけるんだから12じゃん。先生は2分の1かけてる。やっぱり同じじゃないよ」


 僕はようやく理解した。彼女は1に固執しているのではなく僕の言葉の解釈を間違っている。


「僕が言いたかったのは『12を』2で割るのは『12に』2分の1を掛けるのと同じって意味だよ。ごめんね僕の説明不足だった」

「じゃあ、12×(1/2)×(1+5)は、(1+5)に2分の1をかけて12かけるってこと?」

「……まあそういうこと」 

「計算は左から右にするんだよバーカ」


 蚊帳かやの外だった彼が久しぶりに口を開いた。彼女はムッとして言う。


「バカじゃないし。左から右なんて誰が決めたの?」

「知らねーよ。Goo○leに訊け」

「そんな人知らない」

 

 Goo○leは人じゃない。……今更だけど授業はどうしよう。ほかの生徒は二人の討論をただ見守っている。いっそこのまま進めてしまうか。


「先生、左から右に計算するなんて妄言もうげんだよね」


 まさか妄言なんて言葉を使う小学生がいるとは……。よく知ってるな。


「……先生?」

「え、ああごめん。基本的には左から右だよ」

「基本的に、ってことは例外もあるんだよね」


 なかなか鋭い。視線も鋭い。口調もちょっと鋭い。


「計算記号が『+』と『×』の場合は左からでも右からでもいい。掛け算から計算するのを忘れないように」

「『-』と『÷』は?」

「引き算と割り算は順番が変わると答えも変わってしまうんだ」


 数学的に説明するなら、足し算と掛け算は交換法則と結合法則が成り立つから優先順位を守れば順番は無視しても答えは変わらない。たとえば、5+3×7+1だと5+3×7もしくは3×7+1のどちらから計算しても答えは27だ。


 逆に引き算と割り算は交換法則も結合法則も成り立たないから、優先順位を守っても順番を無視すると今回のように答えが1つに定まらない。10-8÷2+6を例に出すと10-8÷2から計算すると12に、8÷2+6から計算すると0になってしまう。……ってこれを言えば納得してくれるんじゃないの? 少し専門的な話だから小学生が理解できるかはいささか怪しいけど……。


「つまり算数は左から右に計算するって規則を付けないと不便なんだ」 

「そういうことだよ」 


 彼はなぜか自慢するように言った。僕の話をどれだけ理解して言っているのだろう。


「どうしても1にしたいならこうすりゃいい」


 そう言って彼は僕の元まで来ると、黒板の式に記号を追加した。


 12÷{2×(1+5)}


 なるほど。確かにこれなら優先順位を守れば左右どちらから計算しても答えは1だ。彼女は黒板をジッと見つめ、嘆息して言った。


「……何かっこつけてんのよ」


 それは感想なのか洒落なのか。僕だけでなく隣の彼も、そして彼女を除くクラスの生徒全員が呆気あっけにとられた。

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12÷2(1+5) 田中勇道 @yudoutanaka

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