残念

尾八原ジュージ

残念

 自宅の最寄り駅で電車を降りて、バッグのポケットから定期券を出そうとしたとき、パスケースにひっかかって何かがぽろりと落ちた。拾ってみると口紅らしい。

 心当たりがなかった。口紅は普通に使うけど、このブランドの化粧品は持っていない。キャップを取ってみると無色のリップクリームで、そしてほぼ新品らしいということがわかった。ハイブランドのもので、ネットで検索してみると一本五千円もする。そんな値段のもの、なおさら買った覚えがない。

 自分で買ったものでもなければ、誰かに借りたものでもない。そもそもリップクリームの貸し借りなんてやらない。誰かの持ち物がうっかり私のバッグに入ってしまったのだろうか?

 値段のことを考えるともったいないけど、かといって誰のものかわからないリップクリームを持っているのは何だか嫌だ。交番に行くのも面倒で、私はそれを通りかかったコンビニのゴミ箱に捨ててしまった。

 致死性の毒を仕込んだハイブランドのリップクリームを無差別に他人の鞄に入れる事件が報道されたのは、それから三日後のことだ。

 私はあのリップクリームを捨てたことを心底後悔した。残念だ。ちょうどリップクリームを贈ってやりたい女がいたのに。

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残念 尾八原ジュージ @zi-yon

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