第8話 卒業式
月日が経つのは早いもので、待ちに待った卒業式がやってまいりました。
無事卒業できるか否かは、審判員による厳しい評価によって決まります。
評価基準は勉学と運動だけではありません。実はもっと細かな目標が決められています。
例えば、規定数以上の笑顔を見せられたかという数値目標や、学園のみなさんと協力的に関われたかという行動目標など。
これらの一つでもクリアできなければ卒業することができないのです。
一人一人名前を呼ばれて成績が発表されていきます。みんなの緊張が伝わってきました。
そして遂に、成瀬君の番です!
わたくしは祈るような気持ちでおりました。
「成瀬光希! キミは……まあ、なんとか笑顔の規定数をクリアすることができたようですね。ギリギリ処分を逃れて良かったですね」
それを聞いて心の底からほっとしましたの。
卒業できなければ、即処分されてしまうのが、わたくしたちのこの世界の常識ですから。
長く争いを繰り返す世界を経て、わたくしたちの祖先は、平和な世の中を作り出すために英知の限りを尽くしました。
そして行き着いたのが今の世の中。
優秀で協力的な人間だけを生み出して、愚かで攻撃的な人間を排除した世界。
男女の営みなどは、遠い過去の物語。
恋だの、愛だのと言うくだらない概念は既に死語となった世界。
人類の存続は、ゲノム分析の結果に基づいて優秀な遺伝子のみを交配し、試験管の中で成長して生まれてくる。
母だとか父だとか、そんな概念も無い。
女性は妊娠、出産によるリスクを負わなくても良くなったし、親が子を責任を持って育てなければならないなどという発想も無い。子供は全て公の物で、この世界の未来。わたくしたちは自分に与えられた人生を心置きなくまっとうすれば良い。
ただ一つの制約は他の人と争わないこと。
そして、寿命を迎える頃には、安らかな死を迎えることになる。
不安も恐怖も無い世界。幸せな世界。
でも、遺伝子というのはとてもやっかいで、交配を繰り返しているうちに変異を引き起こします。
ですから、わたくしたちは十八歳の卒業の際にふるいに掛けられ、良くない遺伝子主とされれば排除・抹殺されるのです。
「神崎真矢さん! 素晴らしいサポート力でした。劣等遺伝子候補の生徒が卒業できたのは初めてのケースですよ」
校長先生からの言葉に、わたくしの中の何かがチクリと痛みました。
成瀬君は少しだけみんなより疑問に思う事が多いだけで、意味もなく物事をこなすのが苦手で、自分に正直なだけ。
それを劣等と言うのはおかしいのではないかと……
「成瀬君、ご卒業おめでとうございます」
「委員長のおかげで命拾いしたな。ありがとう」
別れ際、わたくしは成瀬君にいきなり抱きしめられました。
なんて大胆な! ……でも嫌ではありません。
「なあ、一つ聞いていいか?」
耳元で囁かれます。
「なんでお前、料理しているんだ? この世界は完全栄養のサプリが主流。なのにわざわざ自分で料理するなんて、それも一種の反抗心じゃないのか?」
そんな風に考えたことはありませんでした。単により良いサプリの
でも、心の底では味気ないサプリ食を嫌悪していたのかもしれません。
「なあ、こんな面白味の無い世の中をひっくり返してみないか。俺たち二人で」
その言葉に、わたくしの心臓がトクンと跳ね上がりました。
「そうだな。手始めに恋って奴をしてみるか」
「恋……」
今は死語となったその言葉。
でも、なんて甘美な響きなのでしょう。私はその言葉の誘惑に、もう逆らうことができなくなっております。
だって、
世界の当たり前なんて、一つの基準が、いかにもみんなの総意であるかのように伝えられた結果に過ぎないことを、わたくしはもう知ってしまいましたの。
それに……わたくしの中にも反骨の種が燻っていたのです。
結局、遺伝情報なんて制御不能――
二人が肌を重ねた日。
きっと
恋は――生体反応が見せる幻。
でもそれは、遺伝子の意思だ――
完
神崎さんは成瀬君を笑わせたい 涼月 @piyotama
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