第7話 成瀬君の笑顔は温かい

「わかりました!」

「?」

「これからわたくしが、成瀬君をいっぱい笑わせてみせます」

「いや、別にそんなことして欲しいとは言って無いんだが」

「いいえ、わたくしはやっぱり成瀬君の笑顔をもっと見たいです。ですからがんばりますわ」


 右手を振り上げて意気込むわたくしの姿を見て、成瀬君のお顔が引きつったように固まっています。


 そうは言っても、わたくしお笑いのセンスは自信がありません。

 どうしたら人を笑わすことができるのか皆目見当もつきませんわ。

 

 ですからとっておきの技。


 必殺変顔ですわ!


 驚愕の表情をお見せになった成瀬君。次の瞬間、弾かれたように笑いだしました。


 やりました! 遂にわたくしを見て笑ってくださいました!


 今度こそ、本物の笑顔。心の底から楽しそうな笑顔。

 氷のように冷たかった視線は春の陽ざしのように温かい光を湛え、不機嫌に引き結ばれていた口元はきゅうっと上がって、柔らかな弧を描いていらっしゃいます。

 零れ出る白い歯が爽やかです。


 ああ! これがわたくしが見たかった笑顔ですわ!


 そう思うと同時に、心の中にぱぁっと温かいものが広がりました。

 

 誰かの笑顔がこんなにも嬉しいなんて。こんなにもわたくし自身を照らしてくださるなんて。


 あら? 

 ちょっと自分でも不思議に思いました。今までたくさんの笑顔に囲まれて、わたくしもたくさんの笑顔を見せてきたはず。

 でも、それは成瀬君が仰っていた、半ば義務のように顔に張り付けただけの笑顔だったのかもしれません。


 心からの笑顔。人間らしい感情から来る、本物の笑顔。


 それはこんなにも美しく、こんなにも温かいものだったなんて……


 成瀬君に笑顔の温かさを体験させようなんて、わたくしはなんて浅はかだったのでしょうか。成瀬君はもうお分かりだったのですね。


 本当の笑顔の意義を……


「すげー捨て身。委員長には負けたぜ。ありがとな。ついでにさ、これからもよろしく頼むぜ」

「はい!」

「嬉しそうだな」

「はい! だって嬉しいのですもの」


 笑いながら髪を掻きあげた成瀬君。面白そうにわたくしの顔を再度覗き込んできました。そのお顔が、あまりにも近くて……わたくしは彼の瞳から目を逸らせ無くなってしまいました。

 

 なんて、無垢で綺麗な瞳をしていらっしゃるのかしら。


 と同時に、また心臓が飛び出そうなくらいバクバクと振動を始めました。

 ああ、どうしましょう。こんな、こんな気持ち初めてですわ!

 言葉が出てきません。ただただ、彼の笑顔を見つめているだけで、こんなに胸がいっぱいになってしまうなんて。


「おい! 大丈夫かよ」


 緊張マックスでふにゃりと傾いだわたくしを、成瀬君が慌てて引き寄せて支えてくださいました。

 その手の温かさに、わたくしの心臓はもう破裂寸前です。


「顔が真っ赤だぜ。外寒かったかな。風邪ひかないようにもう入るか」

「い……いえ。その……」


 息も絶え絶えのわたくしを心配そうに見つめた後、成瀬君はふいっとそっぽを向かれてしまいました。


 でも、そのお顔もなんとなく赤いような……大変です!


「ごめんなさい。風邪をうつしてしまったのでしょうか。成瀬君のお顔も赤いです」

「んなわけあるか! こんな短時間で風邪はうつらねえよ」


 ぼそりと呟いた成瀬君。でも優しい顔を向けておっしゃいました。


「委員長、マジありがとな。委員長のお陰で息苦しくなくなったよ。だから、もう心配しなくていいぜ」


 わたくし、なんとかお役に立てたようですね。しかもこれからもわたくしの力を必要としてくださるなんて……

 がんばりますわ。


 猫ちゃんもわたくしを応援するように、みゃぁと鳴いてくださいました。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る