第6話 成瀬君の悩みを聞く
個人的に笑顔をおねだりする……そんなことはあってはなりませんわね。
わたくしは常に公明正大な学級委員長なのですから。
「あ、失礼いたしました。紛らわしい言い方でしたわね。ただ……これからはお教室でもそんな笑顔を見せていただけたら、問題がなくなるかと思いまして」
慌てて付け加えた言葉に、成瀬君の顔が曇りました。
「教室でも……か。俺さ、教室にいるのが息苦しくてしかたないんだよな」
意外なお言葉に、わたくしは驚いて成瀬君を見つめました。
「息苦しい……のですか」
「まあ、模範生の委員長にはこんなこと言ってもわからないだろうな」
わたくしたちの学校のモットーは『博愛の精神』
いつも笑顔で相対し、互いの存在を尊重し協力し合う。和をもって尊しとする精神。
そのおかげで、お教室でのトラブルは皆無です。わたくしも学級委員長としてとても助かっておりますし、この関係は理想だと信じてきました。
でも、そんな理想的な環境を、苦しいと思われている方がいらしたなんて。
「委員長は今まで何の疑問も持たずに笑ってきたんだろう?」
「それは……そうですね。その方が平和で良いクラスの雰囲気になると思いますし」
「それが気持ち悪く感じる俺って、やっぱ異端児なんだろうな」
「気持ち悪いのですか?」
「だって、みんな同じような顔して、悲しいとか悔しいとか思う気持ちに蓋をして笑っているわけだろう? 何か言いたいことがあっても黙ってみんなに合わせて頷いて。なんか薄ら寒いって言うか、現実味が無いっていうか」
そんな風に考えたことはありませんでした。
みんなで笑って過ごせたら、それで幸せだと思ってきましたし。
「成瀬君はどんなクラスだったら、息苦しく無いのですか?」
「……もっと互いに自分の感情に素直になるっていうか。ぶつかることを恐れないって言うか……」
「それで喧嘩になったら困りますわ」
「そうかな? 別に喧嘩してもいいんじゃないかな。無理にわかったようなフリするより、ずっとマシな気がする」
「別の意見を別の意見のまま許容するということをおっしゃっているのですか?」
「……委員長にかかると、小難しい話になって訳わかんなくなってきたぜ。要はもっと人間本来の感情を大切にしようぜって話だよ」
なるほど。何を考えていらっしゃるのかわからないと思っていた成瀬君が、思ったよりも深いことを考えていらしたことに、わたくしは心の底から驚いておりました。
和の意味を、もっと広く捉えられていたのですね。
笑顔が無くても、喧嘩をしていても、人と人は共に過ごすことができるとお考えだったとは。
でも……わたくしはやはり、平和なクラス運営に笑顔は欠かせないと思うのです。
成瀬君はまだ笑顔に慣れていらっしゃらないから、笑顔の意義を理解されていないだけかもしれませんね。
わたくし、俄然やる気が出てきました。
学級委員長のわたくしがもっともっとがんばって、彼に笑顔の心地よさを教えてさしあげましょう。だって……成瀬君の笑顔をもっともっと見たい気持ちは本心ですから。
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