第5話 成瀬君におねだりする
「うまい!」
わたくしが差し上げた卵焼きを頬張って一言。感心したように声を上げてくださいました。これは誇らしい気持ちになるものですね。
その時みゃぁと猫ちゃんが声をあげました。
「なんだ、お前も欲しいのか?」
成瀬君は直ぐに切り分けて猫ちゃんへ御裾分けされています。
「もっとありますので、遠慮なさらないで」
嬉しくなってどちらにも取り分けて差し上げると、真っ直ぐに見つめてこう言ってくださったのです。
「委員長、料理上手だな。こんなうまい卵焼き初めて食べたぜ」
「そんなに褒めていただけるなんて……嬉しいですわ」
ああ! その時、奇跡が起こりました!
いえ、奇跡ではありませんわね。成瀬君は本当は笑顔がこんなに素敵な方だったのです。たまたまお教室でお見せにならなかっただけで。
「こいつも美味しいって言ってるぜ。委員長ありがとう」
照れくさそうに視線は猫ちゃんへ移されてしまいましたが、今度こそ確実に、成瀬君の口角がふわりと上に上がりました。
これは確かに笑っていらっしゃいます。
遂に目にすることができました!
横から眺める形ではありますが、なんとか目的を果たせた喜びに胸が震える思いでした。
でもこの震えは……ちょっといつもとは違う気がいたします。
お勉強やスポーツなどで良い成績が残せた時にも、胸が高鳴りうち震えます。達成感と喜びが溢れてきます。
でも、今のこの胸の震えは何かが違うのです。
ドキドキと大きな音を立てて、わたくしの胸が波打っています。体中に響いてくるような、深い深い衝撃です。いつものじわじわとした感覚とは比べ物になりません。
一体これはどういうことでしょうか?
「おい、神崎、大丈夫か?」
急に黙り込んだわたくしを不思議そうに振り返った成瀬君。
初めて名前を呼んでくださいました。
ああ、そんなことしてくださったら、もっとわたくしの鼓動が大きく鳴り響いてしまいますわ。でも、気づかれるのは無性に恥ずかしいのです。
「いえ、なんでもございませんわ。ただ成瀬君の笑顔が見れてほっとしましたの」
やっとのことで絞りだした声。
「なんだ、そんなことか」
それなのに成瀬君は、大したことが無いように声のトーンを落とされました。
「そんなことかではございませんわ。とても大切なことです。成瀬君だってご存じのはず」
「……そうだな。委員長のお陰だな。ありがとな」
案外素直にそうおっしゃってくださったので、わたくしも一安心いたしました。
「あの、成瀬君の笑顔とっても素敵です。もっとたくさん、わたくしにも見せて欲しいです」
「え?」
戸惑ったような成瀬君の顔を見て、過ちに気づきました。
は! なんてことを! これではまるで、わたくしが成瀬君に笑顔をおねだりしているようではありませんか!
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