第3話


 ――って、ゥおおっ! 何、危なッ、何だ! 何者だあんたァ、人んちに太刀だんびら振り回して躍り込むたァどういう了見だ! どこのどいつ――えェ? こちらの奥方の? 夫君? つまりは息子殿の? 父君ィ? なるほど奥方の後をつけ、中を見ればこの有様と。すわ、息子の一大事とて止めに入ったというところですかい? 


 息子殿、悪運がござンしたなァ。律儀で鳴らした斬屋とて、邪魔が入っちゃ斬れやしねェや。此度は刀を納めますぜ。母君、お代金はお返ししやす、ご依頼は又の機に。


父君、そちらさんもどうかお腰のものをお納め下されィ。だいたいそんな、仇討ちでもあるまいに。白鉢巻にたすきがけ、袴の裾までからげなすって。さァさ、お刀を鞘へ……って危なッ! 振り回さないで、いやさ、あっしはもう斬る気なんざさらさら……ってどちらへ? 

 あァ、息子殿と何ぞ話が? さもありなん、危機一髪の所にござりました故、息子殿まだ震えていらっしゃいやすぜ。そうそう、そばへずいっと寄って言葉の一つもかけて――無言ですかい。左様、親子に言葉は要りませんな。あァされど、息子殿どんどんひどく震えてらっしゃいやす、せめてそう、手を上げて、肩に手でもかけておやりに――いやさ、刀はもう仕舞った方がよろしいンじゃ……って、刀を提げた手を上げて、大上段に振りかぶって、息子殿へ向かって振り下ろ――って待ったァ!


 待った待った待った危ねェ! 離せ離せ、ったって離せませんぜそりゃ、いったい何でまた。え? 助けに来た訳じゃァない? 斬りに来た、息子殿を父君ご自身で? 

 はァ、息子殿が家重代じゅうだいの宝を質入れして、お家の金も持ち出して? この白鴉しろがらすを買った? あらま何と、刀好みもそこまでいっちゃァね。

 はァそれで、この馬鹿者めがと。ようもようも我が子ながら、武士の風上にも置けぬ、ご先祖様に申し訳が立たぬ。いっそ我が手で討ってくれよう、と。あァちょっ、ちょっと、どうぞ落ち着きなすって落ち着きなすって。いや、唐変木とうへんぼくのこんこんちきのと申されましても。あァちょっと母君、泣かないで泣かないで。


 え、どうしたんで息子殿? 何? 何が我が子か、って? どういうことで? 

はァ、知っているぞ、って何を。は? 父君が、浮気を。ほゥ、四丁堀の小唄の師匠さん、あァあだっぽい良い女だありゃ、あの人と。へ? 母君も、こっちはこっちで髪結い床の旦那と。あらら。で、あァどうせ俺の生まれも妾腹に違ェねェ、さもなきゃ間男種だ、と。それかいっそ、妾腹の間男種に決まってらァ、ってそりゃさすがにおかしい。


 あァ父君、そんな真ッ赤にならなくたって。あァ、何ぬかしやがる、と。この馬鹿息子めがたわけめが、てめェはこのわしが腹ァ痛めて産んだ子に決まってる、ってあんたの腹は痛んでないでしょうに。そこへ直れ、おのが二親も疑うような奴は成敗してくれる、って結句それですかい。

 父君お待ちを……あッ! 何てェ馬鹿力だ、振りほどかれるたァ。


 父君父君、ちーちーぎーみ! 危なッ危なッ、と申しますか、人んちで刀振り回さないで欲しいンですがね! ちょ、ほら障子しょうじが、鴨居かもいまで傷が、あああ掛け軸を真っ二つに! ちょ、お聞きなせィ、落ち着きなせィ、そこへ直れ、ったって息子殿が聞く訳ないでしょうに。だからお聞きなせィお聞きなせィ、だ、か、ら――


 あァこンの…こンの、すっとこどっこいがァ……。いィい加減にしてもらわねェとよ、こっちだって黙っちゃいられねェ。そっちが抜くならこっちだってよ、刀使わにゃ止めらンねェや。一丁チャンバラ、致しやしょうかい。参りますぜ、でえェやァ!


 ――やァァ、あ? あれ? ゥおおォッ!? 何で息子殿、こっちに飛びかかって――と思ったら母君まで息子殿をかばって――ッて痛ッ! 何であっしゃァ、父君にぶん殴られてンですかい? 痛てて……


 何? 息子殿は白鴉――そういやあっしが持ってやしたね――が傷付くのが嫌だった? で、母君は息子殿を父君からかばおうと? で父君は、何だか知らんがお二人があっしともみ合ってンで殴った? はあ。

 やれやれ……あっしが請け負いまさァ、あんたらよっぽど血の濃い親子だ。揃いも揃ってそっくりの、とんだ人騒がせときた。

 あァ息子殿、まだそんな震えて。怖ろしかったでしょうな、二手からの白刃の間、飛び込みなすったンだ。はは、左様で、父君がお怪我もなくよござンしたな。全くもって、左様で。


 やれやれ、良う候、良う候。斬れぬものなしの斬屋とて、親子のえにしゃあ切れやしねェ。さ、お刀お返し致しやす。父君も刀を納められて。あァ母君、障子の切れっ端なんざ片付けますよってお構いなく。よござンす、ほんとよござンすから。

 お後はもう、ささッとお帰り下さいやし。これより面倒にならねェうちにね。あァそうだ父君、息子殿。面倒の元だ、白鴉しろがらすは手放しなせェ。息子殿もぼちぼちお勤めしていただいて、お家重代のお宝も、そのうち買い戻されればいかがでやしょう。あァ母君、息子殿を通わせるンなら、緩めの道場がよござンしょうな。

 え、障子や何ぞの代金? あァもうよござンすよござンす、とっととお帰り下さいやし。――やれやれ、ようよう行きよった。



 ――と思ったら何ぞ、揃って戻りよった。いかがしやした、忘れ物でも。

 え? あっしを剣客と見込んで? これも縁とて息子殿を、弟子入りさせてェと?

 よしやしょう。斬れぬものなしの斬屋とて、そこまで面倒、看切みきれやしねェ。



(了)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

斬屋顛末(きりやてんまつ) 木下望太郎 @bt-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ