焼香いかが
高黄森哉
お葬式
ショウコウをご存じだろうか。ご存じならば、この俺に教えてくれ。電話番号は、百獣の王で、つまり百十だ。よろしくな。この俺、つまり西薗春樹は、もうすぐショウコウをあげなければならなかった。
さっさと帰りたい。まったく、ばっちい。死体なんて、とっとと燃やせばいいのに。いや待てよ、死体が見当たらない。さては、これはメインイベントの後の、サブイベントなのでは。つまり、死人は、もうあの骨壺の中か。いや、知らんが。
だいたい、なんで葬式なんて、あげているんだ。いったい、死んだのは誰なんだ。俺じゃなかろうな。いや、違う。さっきから聞こえるすすり泣きは、俺じゃない誰かを呼んでいる。そもそも親戚、親戚というが、コイツ等とは、どれだけ離れている親戚なんだ。うーむ、知らん。
とてつもなく、落ち着いた空気で、眠たくなる。うつら、うつらしていると、間の抜けたチーンという音が聞こえてくる。その度に心の中で『コ』と呟く。そのコールで、俺は、ショウコウ、とやらが近づいてるのを感じる。いわば鐘の音は、ショウコウの足音だった。
紙を広げて、説明を見る。焼香と書くのだな。後学になる。しかしながら、ならないほうがいい。しばらく読むと、その冊子には、般若波羅蜜だか南無阿弥陀仏だが知らんが、最後の頁にようやく焼香が図解されていた。これが、やたらと読みにくい。絵はそこそこだが構図が壊滅的で、というのも焼香をする人の背中が、画面の大部分を占めている。
チーン、『コ』。よし、今回はうまく言った。じゃない、焼香だ。ショーコー、ショーコー、ショコショコショーコ。いかんいかん、ずっと正座で読経を聞いていると、こういった幻聴が聞こえたりする。血流が悪いのが原因だろうか。たとえ幻聴が聞こえなくとも、ケーテー、ケーテーと常にお経が流れている。気がふれそうだ。
チーン、『コ』。よし。……………… あっ、終わってしまったぞ。ついに、焼香じゃないか。もう、感覚でやるしかない。いやまて、前の人を観察しよう。
俺は知らない親戚の人に、促されて席を立つ。幸運なことに、三番手だった。首の皮一枚で繋がったが、まだ油断はできない。さあ、刮目せよ。これが焼香だ。
一番は、お爺さんだった。俺の知らない、お爺さんだ。数珠を擦って鳴らすと、無礼にも、お線香を食んだ。これはいけない。
振り返ると、これには皆も許せないようで、わなわなと肩を震わせていた。中には、顔を真っ赤にして、噴気音を響かせるものもいた。この爺さんは私刑になるな、と直感した。また葬式をすることになるだろう。仕事の休みが増えた、不幸中の幸いというやつだ。
二番手はマダムだった。俺は目がとれそうだった。眼から鱗どころの騒ぎではない。一番手のマダムが、まだ煙が上がっているツボの、そのすぐ左の容器からつまみだした遺灰を、おもむろに口に入れたのだ。振り返ると全員が下を見つめて、あぁ、普段のお葬式である。そうだったのか、それが正解か。ありがとう、マダム。
俺の番だ。俺は胸を張って、焼香に臨むことが出来た。常識のある男として、晴れて親類へアピールできるのだ。これからは誰が死のうと、まったく困らない。だって俺は、そう、焼香が出来る男なんだから。俺は遺灰を口に入れると、それが舌先に乗った時、重い衝撃を感じた。
「……………… ん? …………… あ゛ぁ?」
――――――― 甘い。
焼香いかが 高黄森哉 @kamikawa2001
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