クリスマスの四十五日前

灰色山穏

クリスマスの四十五日前


 ☆


 電子マネーに四千円チャージする、クリスマスの四十五日前。


 行先は、いつもの本屋さんである。


 書店が忙しいのは、繁忙期のクリスマス前と年末年始。夏休みとお盆。


 あと、普通に土日祝日。


 それ以外では、手作業で付録組みする雑誌と、シュリンク(立ち読み防止のためのビニールパック)しなくてはならない新刊コミックスの発売日だ。


 具体的に言えば、曜日や祝日で前後する場合もあるが、


 〇幼年誌(『めばえ』・『幼稚園』・『てれびくん』・『テレビマガジン』など)とローティーン向け少女マンガ雑誌三誌が(『りぼん』・『ちゃお』・『なかよし』)が発売する月初め。


 〇ジャンプコミックスが発売する4日前後。


 〇みんな大好き『コロコロコミック』の15日。


 〇サンデ―・マガジン・ヤングジャンプと怒涛のコミックス発売ラッシュが続く17日・18日・19日あたり。


 〇女性ファッション誌の発売が重なる22日(『Can can』とか『Vivi』とか)と28日(『MORE』とか『With』とか)


 あと、ほかに何かあったっけ……


 もっとも、私が書店員だったのはもうかなり以前の話なので、現在の状況は変わっているかもだけど。


 ついでに、地方では雑誌と雑誌扱いのコミックスの入荷が首都圏より1日遅れる場合があることも想定しておく必要もある。


 今日は、クリスマスの四十五日前。つまり、11月10日。今年は水曜で平日なのでそれほど多忙な日ではない……はずだ。


 

 店内は、予想した通りに朝の品出しもひと通り終わって、落ち着いた様子だった。 


 レジにひとは並んでいない。


 クリスマスプレゼントを買うにはいい日だ。


 気が早い?


 いやいや、そんなことは全然ない。


 クリスマス前の書店は、絵本のラッピングで戦場のメリークリスマスだ。


 食べ物とか、賞味期限のあるものでない限り、動くのは早めに限る。


 本には賞味期限はないし、常温保存でOKだ。


 ついでに言えば、本日10日は電子マネー:nyaon(ニャオン)のポイントが5倍になるおトクな日でもある♪

 

 私は、ある棚に向かった。


 目当ての本がそこにあることは、数日前にチェックしている。


 日本の小説。男性作家の単行本。


 か…さ…は…な


 あった。


 私は、その棚からソフトカバーの単行本を2冊を抜き取った。


 涙をこぼすふたりの少女。表紙のイラストが美しい。確かにこの本だ。


 売れてしまっていれたらどうしようかと思ったが、ちゃんとあった。


 もっとも、他のお客さんに売れてしまっていたとしても、この場で取り寄せを依頼すれば、3・4日後には届くので、何の問題もないのだか。


 本を買うのは自分でなくても全然構わないわけだし。


 ついでに言えば、自分は同じ本をこの店で予約して発売日に買っている。もちろん、最初に出た文庫の方もだ。


 一応念のために裏返し、カバーや帯に破れやキズ、汚れがないことを確認してから、レジに並んだ。



 ☆☆


「いらっしゃいませ~」


 レジは、いつもの感じにいいおねーさんだった。


 私はいわゆる文春報を守るため、Sentence Spring週刊文春を毎週買っているのだが、売場にまだ出ていなくてレジに何度か声をかけていたら、最近は何も言わなくても発売日にレジに行くと用意してくれるようになった。


 ふと、その左手の薬指に、指輪があることに気づく。


 店内は他に社員さんらしい男性店員がひとり。


「……クリスマス用に包んでもらうことって、できますか?」


 本のラッピングは自分でもできるのだか、今日は忙しくなさそうだし、お願いすることにしよう。


「はい。2冊一緒でよろしいでしょうか?」


 もちろん。2冊一緒でなければ、意味はない。


「リボン、赤と緑がありますか、どちらにしますか?」


「赤で」


 彼女の好きな色はピンクだが、赤でも構わないだろう。


 電子マネーがニャオ~ンと鳴き、支払いを済ませ、レシートとニャオンの控えを受け取る。2冊で税込み3080円。本の消費税を10%に上げた奴らに呪いあれ。


「ラッピングに、10分ほどお時間頂いてよろしいでしょうか?」


 9番と書かれた番号札を渡される。


「あ、5時ころ取りに来ますので……」


 時間には充分余裕があるので10分ぐらい待つのには何の問題もないが、私はそうそうにその場を退散することにした。


 レジの感じのいいおねーさんは、仕事も手慣れた感じで、包むのに不安はなさそうだが、その間にじっと待たれているのはやはり少しに気なる。


 ベテランでもラッピングに失敗してやり直すことはあるし、その間にレジに人が並んだり、問い合わせが入ったりすることもある。


 時間に余裕があるに越したことはない。


「ありがとうございました~」


 あとは、帰りに忘れずに受け取るだけだ。


 エコバックと、突然雨が降ったとき濡らさないようにするためのレジ袋の用意も抜かりない。



 

 ☆☆☆


 彼女とはもうもう何年も会っていないが、お互いの誕生日におめでとうのメッセージとそれぞれの近況報告を交換する習慣がなぜか途切れずに続いている。


 彼女は舞台女優で、最近はコロナのせいで公演ができないと嘆いていた。


 外出できなくて暇だから、家で本を読んでいる。何か、オススメがあったら教えて欲しい……


 今年の私宛のバースデーメッセージと一緒にそう書いてあった。


 (元)とはいえ、書店員にオススメの本を聞くなんて、ずいぶん命知らずな(?)

 

 そんなの、何時間でも語りまくるに決まっているじゃないか!


 よろしい! なら、最高のを贈ろう。



 『ひとりぼっちのソユーズ』

(七瀬夏扉/著 主婦の友社/発売 主婦の友インフォレス/発行)

 上巻 ISBN→978-4-07-449579-5

 下巻 ISBN→978-4-07-449585-6

 本体価格 1400円 税込み 1540円

 月に憧れた少女と彼女に魅せられた少年の物語。



 舞台に立たなくても、本を開けばひとは誰にでもなれる。


 ページをめくれば、どこにだって行ける。

 月でも、宇宙の果てまでも。

 たとえ、どんなに遠くても。


 本を開けば、いつだって逢えるから。


  


 ☆☆☆☆


 サンタ柄の包装紙に赤いリボン。キャメル包みされた2冊の本は、いかにもプレゼントっぽい大きさで、いい感じだった。

 

 さて、郵便局持っていくのは、12月の22日か、23日あたりでいいだろう。


 その前に水色の便せんと封筒を買ってこよう。


 クリスマスのメッセージに一言を添えて。


 Merry Christmas!


 よかったら感想を聞かせてね。



 終

 

 

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