夏空とご近所付き合い

信仙夜祭

暑い日の緑のたぬき

 目が覚めた。


 ……暑い。エアコンが壊れたのか?

 視線を上げて、エアコンを見ると、羽根を出して止まっていた。


「……最悪だな」


 部屋の蛍光灯も点かない。

 停電が確定した。


 ため息を吐いて、窓を開ける。

 セミの元気な鳴き声が窓から入って来た。


「夏真っ盛りなこの時期に停電か……」


 まず、ブレーカーを見に行くと上がってはいなかった。

 だが安全のために、ブレーカーは上げておく。

 蛇口を捻ると、水道水は出たので顔を洗う。

 簡単に着替えて外に出ると、近所の人達が集まっていた。


「おはようございます。何かありました?」


「落雷で、電信柱に落ちたらしいの。それで、この区画だけ停電。 今、急いで復旧してるみたい」


 促された方向を見ると、高所作業車が来ており修理を行っていた。

 もうしばらくかかりそうだ。


「せめて、お湯さえあればね……。少しはできることがあるのだけど」


 隣の奥さんが、独り言を呟いた。


「ヤカンは持っていますか?」



 私は、炭火を起こした。

 趣味でキャンプのために山で寝泊まりしていたので、道具は一通り持っている。

 今度、別荘地として山を購入予定だ。


 飲料水は、各家で持ち寄ってくれた。

 レンガで組んだ竈の上にヤカンを置く。

 飲料水が沸騰し始めた。

 ここで考える。


『……何を食べようか。まあ、何時ものでいいか』


 私は、箱買いした“緑のたぬき”と割り箸を家から持って来た。

 ご近所の方々が、クスクスと笑い出す。


「良かったら食べてください」


 緑のたぬきは、すぐに全て売り切れた。

 子供達まで、寄って来て食べ始めたからだ。

 最近の子は、あまり食べないのかもしれないな。珍しいのかもしれない。

 笑顔で、サクサクの天ぷらを美味しそうに食べている。

 ここで、赤ちゃんを抱えた若い母親が近づいて来た。

 赤ちゃんは、今にも泣き出しそうである。


「あの……、お湯を分けて貰えないでしょうか? お支払いはします」


「無料ですよ。少し待ってくださいね、今沸かしますので」


 母親に笑顔が戻ったと思ったら、赤ちゃんが泣き出した。

 子供達は、大慌てだ。それを見た大人が笑う。



 ミルクを飲んだ赤ちゃんが、眠りに就いた。

 周囲の手助けもあり、本当に短時間でミルクを作り、飲ませてしまった。手際がいいな。

 気が付くと、キャンプが始まってしまっていた。

 庭キャンプになるのだろうか?

 雑談に耳を傾けて、楽しい時間を過ごして行く。


 1時間程度だろうか?

 唐突に終わりが訪れた。

 工事が終了したのだ。

 私は、家のブレーカーを上げて電気が来ていることを確認した。


「大丈夫そうですね」


 私がそう言うと、皆お礼を言って庭から帰って行った。

 後は、庭を片付けるだけだが、ゴミは持ち帰ってくれていた。

 後片付けは竈に使用したレンガと、炭を片付けるだけだ。

 数分で片付けを終わりにし、部屋に戻った。

 エアコンの効いている快適な部屋である。

 椅子に座り、筋肉を弛緩させるために天井を見た。


「時に不便なのもいいものだな。温かい会話ができた……」


 1時間程度の雑談だが楽しかった。

 心が満たされた感じがする。

 殺伐とした職場で過ごさなければならない私には、とても心地よい時間であった。


 ここで気が付く。

 窓の外に誰かがいたのだ。

 泥棒ではないな……。誰だろう?

 窓を開けてみた。


「おじさん、さっきはありがとう。今度火の起こし方を教えてよ」


「……今度、キャンプにでも行こうか?」


 歳の離れた友人ができた瞬間であった。

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夏空とご近所付き合い 信仙夜祭 @tomi1070

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