「カクヨム」の片隅で、彼は生きていく。
「凛々しく描いてくれよな! 凛々サイだけに!」
「分かった分かった。動かないでね」
アルゼンチン生まれの変態壁的鷹型宇宙人であるというオにソースくんの絵を描く。属性はてんこ盛りだがとりあえず見た目だけで言えばただの鷹なので、まぁ描きにくくはない。
「はい、フルーツタルトが焼けましたよー」
「えっ、フルーツタルト?」
「だぁかぁらぁ」
こいつお菓子と見るやすぐに飛びつくのか。
「やったー! タルトだー!」
羽根をバサバサと小躍り。はいはい。休憩にしましょうか。
綺麗なフルーツタルトだった。色とりどりの果物が宝石みたいに散りばめられている。クララさんは本当に、いいものを作るなぁ。小説も詩も、すごく綺麗なものを書かれるし。
あ、詩、と言えば。
私はお願いをする。
アルゼンチン生まれの変態壁的鷹型宇宙人と、素敵なお菓子作りの女性に。
*
深海。
いつものように私は走る。息が上がって、ほどよく運動出来たな、という頃になったら、真っ直ぐにあの場所に向かう。クラゲの群れも通り抜け、海底遺跡のその向こう。岩とダイオウグソクムシしかいないあの場所へ。
彼はいた。探すのに少し苦労したけど、やっぱり岩の影に、ひっそり。
「やっほー」
声をかける。まぁ、当然、警戒される。でも私は構わない。
「隣、いい?」
隣、と言っても彼は岩と岩の間にいるのでほとんどおしくらまんじゅうみたいになってしまうのだが、仕方ない。お姉さんにくっついてもらえるサービスだと思ってもらうしかない。
返事を待たずに腰かける。ランニングウェアで海底に腰かけるとお尻がひんやりすることに、今更ながら気づいた。
「詩、読んだよ」
私の言葉に少年がびっくりする。私はにっこり笑う。
「『いとおかし』のお姉さんだよ。応援コメント、読んでくれた?」
少年はぽかんとしたままだ。
「『素晴らしい世界』。いい詩だね」
少年の表情が沈む。私は続ける。
「誰かに宛てた詩なのかな」
少年は答えない。
「この世界は素晴らしいよね」
私は深海の向こうを見上げる。
「多分、これからもずっと素晴らしいんだろうなぁ。どこまでもどこまでも、綺麗なんだよ。この世界は」
少年は俯いている。
「……私が死んでからも、美しいんだろうね、世界は」
私の放った言葉が強烈だったのか、少年はふと顔を上げた。
「誰かに置いていかれちゃった?」
横を向いた私の髪が、たらり、と揺れる。ピンクのメッシュが入った私の髪は、深海だとクラゲみたいに見えるのかもしれない。
少年が、ぽつぽつと話す。
「親友が死んだんだ」
私は何も言わない。
「あいつ、俺に何も言わずに死にやがった。自殺なんだ」
科学技術が発達しても、人の心は変わらない。自分の弱さに、飲まれてしまう人もいる。
「不思議でさ。あいつが死んだから、俺の世界は大きく欠けたはずなのに、でも世界は綺麗で」
多分俺が死んでも、こうなんだろうなぁ。
なるほど。
そう思ったのか。
「俺がいなくても世界は回るなら、俺なんか、いらないんじゃないかって」
「それであんな詩を書いたの?」
少年はうーん、という顔をした。
「特に理由はないんだ。ただ書いて、おきたくて」
少年は私のように深海の向こうを見上げた。
「『カクヨム』は親友が使ってたんだ。だからここに来れば、ここで何かを書けば、あいつの気持ち、分かるかなって」
「何か分かった?」
「何も」
どうしよう。少年は縋るような声になった。
「どうしよう、お姉さん。俺、必要ないのかも。いなくてもいいのかも。いない方がいいのかな。俺なんか、俺なんか……」
「そんなことないよ」
私はそっと、少年の肩に手を置く。
「あなたはとても素敵な詩を書く。本当にいい詩だった。いとおかし。もし、よかったら、だけど。私はあなたが生きている世界で、生きていたいな」
少年が言葉に詰まった。そして次に、ようやく出てきた言葉は、とても苦しそうだった。
死にたいんだ。
彼はそう言った。
「生きているのが辛くて」
私は頷く。
「そうだね。辛い。でもきっと、同じくらい素敵だから」
さて、そろそろかな。
私は深海の向こうに手を振る。すぐさま、変化は訪れる。
ふわふわと、白い粒。
頭上から、秒速数センチメートルで降り注ぐ。
マリンスノウ。
ふわふわと、美しい雪。
「わーっはっは!」
高らかな笑い声。もう! いい場面なのに!
「アルゼンチン生まれの変態鷹的壁型……あ、間違えた。アルゼンチン生まれの鷹型変態……じゃなくて、アルゼンチン……」
「アルゼンチン生まれの変態壁的鷹型宇宙人!」
「そう! それなのだ!」
自分の設定くらいしっかり覚えてよね。
鋭いかぎ爪で籠を持ちながら、素早く空を滑空するオにソースくん。籠からははらはらと、マリンスノウ。
「とにかく! アルゼンチン生まれの宇宙人がマリンスノウを降らせてやった! マリンスノウの主成分はプランクトンの排出物やその死骸……」
「しばくぞオにソース!」
と、遠くからクララさんの声。
「はーい。かぼちゃプリンですよー」
「えっ、かぼちゃプリン?」
オにソースくんがマリンスノウを降らせる手を止める。お前はこの作戦知ってただろ。
海底遺跡の向こうから、エプロン姿のクララさんが姿を現す。手にはお盆。かぼちゃプリンのカップがいくつか。
「美味しいもの、食べよう」
私は立ち上がり、少年に手を伸ばす。
「これからのことは、またこれから、考えたらいいから」
了
私は「小説」を書いていたのに、 飯田太朗 @taroIda
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