第5話:典礼ギルドの裏の顔
周囲に酒の匂いがまだ漂う中、アーロンは鬼竜達を壊滅させた事で休息の時間を確保した。
「……ようやく始められる」
だがアーロンに一息入れる気も無ければ、その暇もない。
邪魔となる魔物を排除したが、救出屋の本分は生存者・死んだ者達の回収にある。
仕事を今から始める為、サツキの傍に駆け足で近付いた。
「……大丈夫か?」
「は、はい……私自身はそんなに怪我もなく……」
サツキはさっきまでの光景のせいなのか、少し放心的になったりするが、すぐに冷静さを取り戻せたのか、特に乱れる事もなく答えた。
けれど、アーロンが知りたいのはそこではない。
「身体に関してはお前の実力と、その様子を見れば分かる。俺が気にしているのは
「!」
その言葉にサツキはハッとなり、身体を震わせ始めた。
安心した途端に自覚してしまった事への反動がサツキを襲う。
恐怖を一気に自覚した直後、サツキは身体を震わせ、徐々にその瞳からは涙が流れ出てきた。
「生きて……る? 私……生きてるんですか?」
自分自身の言葉で言えたこと、それが彼女の我慢していた心のトリガーとなる。
サツキは身体中が熱くなるのを感じながら、目尻も急激に熱くなって溢れ出る涙を止めることができなかった。
鼻をすすり続けるながら感じる絶望からの安心感。その反動は大きいもので、感情の暴走はサツキ自身にも止める術はなかった。
「――だと思った……死んだと思った!! 仲間は皆死んで! 命懸けで守った人には捨て駒にされて!! でもその人も死んで!! でも! でも……それでも死にたくなくて……」
「そうだ。それでもお前は生き残った……お前は死んでない。良くやったな」
泣き叫ぶサツキを安心させる為、優しい声をかけるアーロンの声にサツキは顔を上げる。
そして直後、落ち着く甘い香りが漂っているのに気付いた。
「少し待っていろ」
涙で見えない目を腕で拭うサツキの目の前で、アーロンは異次元庫から取り出したランプでポッドを熱していた。
中身はゆっくりと湯気が出る白い液体。それを同じく異次元庫から取り出したマグへと注いだ後にハチミツを入れれば、アーロン特製ホットミルクの完成だった。
「飲め。心の傷を直接癒す薬はないが……和らげることはできる」
今までも同じ事をしてきたので慣れたもの。
アーロンはそう言って差し出したマグを、サツキは反射の様に受け取り、両手で持ちながらゆっくりと口へと運んだ。
「……良い匂い。そして美味しいです」
ハチミツとミルクの匂い。そして優しい甘さ。
それは彼女の心の傷に流し込まれたかの様に、胸が暖かくなっていくのを感じさせた。
悪夢から覚める。そんな気分になり、少しは心が落ち着きを取り戻せるとサツキはアーロンが鬼竜達の亡骸を歩き回っている事に気付く。
「……こいつじゃないな」
こいつでもない、まだボス鬼竜の腹には入ってない筈。
そうブツブツ言いながら手にコンパスを持ち、アーロンはずっと鬼竜達の亡骸を行ったり来たりする。
「……?」
サツキは命のやり取りをした後に一体何をしているのか気になったが、その理由はアーロンが一体の鬼竜の前で止まった後すぐに分かった。
「こいつか。――フンッ!」
アーロンは命の残り香に反応する
獲物を捌く猟師の様に一気に腹を掻っ捌き、中から毒々しい色の胃袋が姿を現すが、アーロンは見慣れた様子で観察し始める。
「丸呑みされたのは一人か……残りの連中は奥か。――それとも既に原型が無くなったか」
胃袋の膨らみ的に見て、胃に入っているのは一人。
アーロンは貪欲な鬼竜共にしては少ないと思いながら胃を刃で一閃し、切り口から胃液まみれの大柄の男が出てきた。
男は白目を向いて口も半開き。アーロンはゆっくりと首の脈を計って見るが、脈は止まっていた。
「……既に死んでいるか」
アーロンは男に一礼すると、異次元庫から棺桶を一つ取り出す。
更に布も取り出して胃液を簡単に拭き取ると、撫でる様に死者の目を閉じてあげ、慎重に棺へと納めた。
だがこれで終わりではなく、ようやく一人目を意味していた。
「サツキを除いたとしても8人はいた……残り7人、やはり奥まで行かねばならないか」
兜から覗くコンパスが最奥をずっと指す以上、既にダンジョンの最奥に行ってしまったのは確定していた。
鬼竜さえいなければ、このダンジョンに住む魔物はB級ダンジョンと大差ない為、実力に関係なく奥に行っても不思議はない。
可能ならばもっと情報を知りたいアーロンだったが、サツキの状態から聞きだすのは酷だろうと思い、一つ目の棺を鎖に繋げて立ち上がった時だった。
「あ、あの! 私……案内できます……他の人達の居場所を……」
「……大丈夫なのか?」
落ち着いた様子でも、まだ若干身体を震わせているサツキからの提案はありがたいものだった。
アーロンは助かると思いながらも、その様子を見て不安も抱く。
少しの衝撃で割れそうなガラス細工に見える程、サツキは弱っていたからだが、サツキはそんな内心を察して意を決して顔を上げた。
「はい……! まだ……まだ怖いですけど、それでも……残った人達のことを伝えられるのは生存者の私だけですから。――生存者の責務ですから!」
そう言ったサツキは強い眼だった。先程まで死に掛けたばかりにも関わらず。
涙目で、鼻声。だがその目はとても強い光を宿し、その言葉は仕方なくとか、いやいやで言っている訳ではないのがアーロンには分かる。
「……強い者だ」
本心でそう思った。本音を言えば早く安全な場所へ帰りたいだろうが、それを押し殺してでも残った者を救いたいというサツキの本心。
それに感心し、アーロンは無意識に兜の中からサツキを優しく微笑んで見ていると、ある事にも気付いた。
「お前の
アーロンの眼には、サツキが優しい
それは今までも何度か見た事がある光景で、その光は女神ライフの
「……お前も女神ライフに愛されているか」
「はい……?」
アーロンの言葉にサツキはキョトンとした表情で目を開閉し、ジッと見られている事に気付いて身体を見回すが特に異常はない。
自身ではまだ気付かない加護の恩恵。だが今の様に優しく生きていけば、サツキもいずれは見える様になるだろうとアーロンは嬉しそうに兜の中で笑みを浮かべていた。
「いや……なんでもない」
だからアーロンはいつか彼女自身で気付けるのを祈りながら、小さく笑ったのを誤魔化し、彼女の前で腰を下ろす。
「何があったか聞かせてもらえるか?」
「は、はい……! 最初はダンジョンに入った時に――」
サツキからの今までの事をアーロンは静かに耳を傾けた。
♦♦♦♦
サツキは全てをアーロンへ話した。
最奥で冒険者達を見付けた事、自分が外で見張りをしている間に仲間が全滅した事、そしてザクマに裏切れら、そのザクマはボス鬼竜に噛み砕かれた事を。
「……そうか。ザクマからは加護を全く感じなかった。それだけの悪行を多くしてきたのだろう」
悪行を重ねれば自身の加護も比例して消えていく。
例え死んだとしても肉体を保護してくれる女神の加護だが、ザクマが骨も残らず噛み砕かれた理由はそれしかない。
「ザクマ……更に言えば典礼ギルド『慈悲の終言』は以前から悪評が絶えなかった。だから守れなかった事はお前が気にする事じゃない」
「ですが……私は自分が――」
マグを震わせながらサツキは呟く。
彼女の性格からして許せない気持ちがあるらしいが、アーロンは内心で否定する。
優しい事は罪ではない。だが優しさは迷いと後悔の種でしかない。
「お前だけが生き残ったのは、お前自身の実力だ。それを許さないというのは、お前が歩んできた全ての否定になるぞ? 他者の為に想う事は悪くはないが、他者の為に自身を否定するのは間違っている」
己を否定して良いのは己だけ。他者が口を出す事を許してはならない。
必ず歪となって自身に帰り、
実際アーロンは、他者の無責任によって人生が狂って不幸な道を歩んだ者達を多く見ている。
だから目の前にいる少女には、その道を歩んでほしくなかった。
「なにより
ついでに言う様な軽い口調で呟いたアーロンだったが、その言葉を聞いたセツナの表情が固まる。
顔色も青くなっていき、最後には混乱した様に目をパチクリさせたのを見て、アーロンはしまったと思ったがもう遅い。
「えっ……A級ダンジョン? な、何を言ってるんですか? ここはB級ダンジョン『気流の迷城』の筈じゃ――」
「……そもそもそれが間違いだ。ここはB級ダンジョンではない。A級ダンジョン――『
間違いで許されないミス。ダンジョンのランク偽装は危険度にもよるが最悪、極刑もあり得る。
それだけ死ぬ可能性は上昇し、ほぼ殺人と変わらないと認識されている故に。
そして認識のギャップによるショックが大きかったのだろう。サツキは再び目から大粒の涙を流し、再び泣き叫んでしまう。
「アアァァァ……!! わたし死んでた! 死んでたんだ!! あの言葉がなければわたしも!!」
あの言葉とは自身が助言した言葉なのだとアーロンは何となく察した。
自分がほぼ死が確定した状態だと知れば泣き叫びたくもなる。例えダンジョンであろうが、哀れに見える程に泣き叫ぶ彼女を責める気もなく、不快に思う事もしない……が。
「……先に言っておけば良かったな」
安定させたのにまた泣かせてしまった事を後悔。
自身が自殺とほぼ同じ事をしているのと自覚してしまば無理もないが、もう一度落ち着かせてやらねば。
「ゆっくりと息をしろ」
アーロンは落ち着いた口調で言いながら異次元庫からエルフ族お手製の『世界樹のロウソク』を取り出し、クロスライフの先っちょから小さな火を出して灯す。
「死んでいない。お前は生きている……その実感が出来たからお前はそんな泣けるんだ」
灯したロウソクをサツキの傍に置きながらアーロンは呟いた。
ロウソクの周囲にも大自然豊かな場所にいるかの様な雰囲気に包まれていき、サツキは内側から傷が癒えていくような気持ち良さに包まれた。
暫くするとサツキの涙は収まり、呼吸も再び安定していく。
「……大丈夫そうだな」
今度こそ大丈夫だと、アーロンは確信すると立ち上がり、再びコンパスを確認する。
針は一瞬激しく揺れると、すぐにピタリとダンジョンの奥を指し示していた。
「最奥か……やはり鬼竜共の巣まで行っていたか」
行きはよいよい帰りは恐い。
このダンジョンはその名の通り。鬼竜達が得物を逃げずらくする為に敢えて誘い込む、彼等の庭だ。
しかしボス鬼竜が死ねば、他の鬼竜も連鎖的に死ぬのも特徴。
だから下手な罠や変異体がいない限り、行きも帰りもかなり楽にはなった筈だった。
「俺はこのまま奥に行く。共に来るならそれでも良いが、無理ならここで休んでいろ。念の為に魔物除けも設置してやる」
遺体。または生存者の回収後にサツキを迎えに行くのはアーロンにとっては容易な事だ。
だからサツキを気遣ってそう言うが、彼女は首を横に振ってゆっくりと立ち上がる。
「いえ……私も行きます。連れて行ってください。さっきの言葉に嘘はないんです」
落ち着いてから間もなく泣き叫んだ事が恥ずかしいのか、やや気まずそうに表情を赤くしながらサツキは言った。
そんな風に思えるならば余裕もある。流石はエルフの特性ロウソクだと、アーロンは、また買いに行こうと決めながらクロスライフを背負い直す。
「分かった……だが無理な時はすぐに言え。死地からの生還はお前が思った以上に傷を残すものだ」
糸が切れた様に倒れる冒険者も珍しくない。
自身に合わないランクのダンジョンで命を拾えば尚の事だが、サツキは泣き叫んでいた時よりもマシになった強い瞳で見ている。
「……この分ならば大丈夫だろうがな」
サツキが頷くのを確認するが、内心ではそう確信を持ちながら共に奥へと足を進めて行った。
♦♦♦♦
「――最奥だ。ここで間違いないんだな?」
「はい。私はこの入口の前で見張りしてましたから間違いないです」
アーロンとサツキは鬼竜の冥城――その最深部に時折出て来た鬼竜以外の魔物を倒しながらも到達し、目の前にある崩れた大きな扉を見上げていた。
サツキにとっては複雑な心境であった。少し前にここにいて、そこから死に掛けたのだから。
しかし故に間違い様がない。ここに救出対象含め全員がいる。
アーロンも最後の確認の為にコンパスを見ると、針は輝きながらも扉の方を一点に指していた。
「派手に暴れたみたいだな」
周囲を見れば分かる戦いの――否、蹂躙の痕。
大扉は昔から崩れていたから問題ないが、少し前に来た時にはなかった壁の傷痕や武器の残骸がある。
勿論、まだ真新しい血痕もそうだ。
「……あの者達のレベルではA級ダンジョンの魔物には勝てん。生存者もいないだろう」
ギルドで見た彼等の実力。ダンジョンの空気が死んでいる事。
それらを材料とし、崩れた大扉の巨大な隙間から入りながらアーロンは確信する。
隣でサツキが何とも言えない悲しそうな表情をしているが、現実は変わらない。
そして扉の向こう側に広がる間に入ると、出迎えたのは予想通りの光景であった。
「……惨いな」
血の海――とまでではないが、血飛沫が周囲に飛び散っていた。
鎧ごと抉られ、武器はボロボロ。遺体も涙を流し、悲愴の表情で満ちていた。
「……入った者達は兎も角。彼等もここがA級ダンジョンだった事を知らなかったんだ。無理もない」
恐らくは何が起こっているか分からず、反撃もできずに殺されたのだろう。
傷の一つない武器の存在がそれを物語っている。
「こんなことになっていたなんて……」
アーロンの隣でサツキも再び顔色を悪くしていた。
咄嗟の事で中の事は本当に知らず、それが功を奏した為、サツキは生きているのだから。
「早速だが始めるぞ」
本当ならばサツキが落ち着くのを待ってやるべきだが、救出屋はそこまで甘くない。
アーロンはサツキをその場に置き、自身だけで遺体の傍に行くとすぐに異次元庫を開き、棺と必要になるであろう道具を取り出していく。
救出屋の本領発揮。その最初は本来の救出対象の三名。
(かなり時間が経っている。急いで棺に入れてやらねば)
男性二人。女一人の計三人。
時間が経っている事を考慮し、アーロンは素早く遺体の全身をチェックする。
その傍らで聖水を撒くなど、同時に幾つもの作業を熟すアーロンの姿にサツキはポカンと立ち尽くすだけだった。
「対処が全然ちがう……」
サツキが思わず口に出してしまう程、アーロンと『慈悲の終言』の動きは天地の差があった。
状況判断。遺体の対処に過程の動き。早く繊細なアーロンと比べ、サツキが見て来た『慈悲の終言』のはただただ雑。
所属している間の全てが無駄だった。そう自覚してしまう程に。
「出血が多い……多少は縫わんといかんな」
サツキが軽くショックを受けているなんて思いもせず、アーロンは救出者の対処に集中していた。
異次元庫から『エルフの清水』を取り出して傷口を消毒後、素早く縫い合わせると青黒い液体が入った果実――『血の実』を取り出し、針とホースを取り出して血の実と繋げて輸血を始めた。
「これで生き返った後に貧血にはならんだろう……」
生き返った時、多少の骨折程度ならば一緒に完治する事はある。
けれど血液が足らず生き返った後に貧血やらショック死したという話もあり、アーロンは一見無駄に思える様な行為に集中していた。
「……急がねば。今回ばかりは人数が多い」
一人、また一人と素早く棺に納たアーロンは本来の救出対象――その最後の一人である青年剣士の処置に取り掛かろうと彼の遺体を動かした時だった。
アーロンはある事に気付いた。
「これは……!」
ひっくり返した青年剣士の背中には、斜めに入った大きな切り傷があった。
やけに出血が多いと思ったのも、それが原因。だがアーロンが気付いたのはそこではなかった。
まさかと思い、アーロンは先程、棺に入れた青年魔導士と女性格闘家の遺体を再度確認すると気付いた。
(――衣服の所々に妙な痕がある。急所を射抜いた様な綺麗過ぎる傷だ)
最初の二人の身体を調べていた時も違和感はあった。ただ急ぎだったので流したが、最後の剣士の傷を見たアーロンは確信へと至る。
やがて、アーロンの動きが止まった事で気になったサツキも、その横から顔を出して、青年剣士の傷を覗いてみるとサツキも傷に驚きながらも、ある違和感を抱いた。
「す、すごい傷です……でも、あの鬼竜にしては傷が綺麗過ぎるような?」
「……その通りだ」
アーロンはサツキの言葉を肯定し、同時に強い怒気を纏い始めた。
「!」
サツキもそれに気付いて何事かと思うが、ゆっくりと首を動かし、とある場所で顔を固定したアーロンの視線を自然と追ってみた。
兜を被っているので完全には分からないが、それでも顔の先にあったのは一つだけだった。
「あれは大剣?」
一つの大剣が『慈悲の終言』のメンバー、その遺体の傍に転がっていた。
まだ乾き切っていない血が刃に垂れているが、それだけで別に問題は――
「あれ……?」
瞬間、サツキは気付き、そして思い出す。
仲間達の叫びと同時に広場に戻った時、この大剣の持ち主のはまだ
その直後、鬼竜へ反撃しようとして構えた瞬間に殺されたのだ。
「この人は鬼竜に反撃していません……つまり、この大剣に付いた血は――」
サツキは答えに辿り着く。けれど、その事実はあまりに非道な行いでしかなく、知らずに片棒を担いでいた自身の事もあって顔色は蒼白となる。
どうりでアーロンが怒気を纏う筈だ。それを理解したサツキは何も言えずにいたが、そんな彼女にアーロンは話しかけた。
「……気付いたか? そうだ、血の色も攻撃痕も鬼竜共のとは違う。つまりそう言う事だ」
アーロンはそう言って落ちていた大剣を片手で持ち、その刃を青年剣士の背中の傷と照らし合わせた。
これ以上、遺体に傷を作らない様に慎重に合わせたアーロンの動きをサツキも見ていたが、結果は一目瞭然であった。
「傷と一致してます……」
文句なく、傷と大剣は一致する。
つまりは最初の救出者三名は生きていたが、それを『慈悲の終言』のメンバーが殺したのだと、
その事実にサツキはショックを受け、膝を付いてしまう。
「私……なんてことを……!」
「……片棒を担がされたのは確かだが、顔を上げろサツキ。お前は騙されていただけだ。直接、お前が手を下した訳じゃない」
アーロンはサツキの肩に手を置いて言葉を掛けるが、サツキの肩は震えていた。
「でも……でも……こんな……救出するべきを人を殺していたなんて……なんでそんな事を!」
ショックであると同時に疑問であった。
サツキには分からなかった。何故にダンジョンで死んだ、または死に掛けている人をわざわざ手を掛けるのかが。
しかし、その疑問の答えをアーロンは知っていた。
「……生きている者よりも、死んだ者の救出の方が金になると聞いた」
救出時の報酬。それは生存者よりも死者の方が価値が高い。
いつからか、そんな価値観の風潮が生まれていた。無論、アーロンは生存者・死者の区別は疎か、金額にもそこまで固執していないが他者は別なのだろう。
「救出の手間による報酬の増額……他にも理由はあるが、大体の理由がこれだ。それに、生き返ったばかりの者は多少の記憶障害も起こりやすい。だからこそ理由もでっちあげやすい」
「けど……そんな事がゆるされるんですか!? 死者を……いえ、命を弄ぶような真似が! そんな事……女神ライフだって……」
救出側も危険を伴うのは分かる。ダンジョンに向かうのは自己責任だが、それでも救出を依頼する者は後を絶たず、だから報酬の額については救出する側次第なのも仕方ない。
けれど、だからといってこれは許されない。報酬を上げる為に、助かっていた人達を手に掛けるなんてとサツキも怒りが収まらなかった。
「救出屋じゃないです……こんなの……」
憧れの救出屋を目指し、雇ってもらった場所。徐々に異変に気付いていたが、それでもここまでするとは思ってなかった。
「父上……ごめんなさい……私、想影一族の誇りを汚してしまいました……!」
ここまで来たらショックよりも寧ろ悔しい。
サツキは拳を握り締め、悔しくて悔しくて仕方なかった。
また泣いてしまう自分が恥ずかしいが、それ程までに無念で仕方ない。
「グスッ……すみません、アーロンさん。情けない所ばかり見せてしまいまして……」
サツキは涙を拭いながらアーロンに謝罪すると、当のアーロンは再び仕事に戻っており、最初の三人全員を棺に納め終えながら静かに答えた。
「気にするな。泣く事は情けない事でもなければ、悪い事ではない。――この仕事をしていると分かってくる。泣きたい時に泣ける者は幸せだ。逆に泣く者を貶す者は泣く事が出来なくなった哀れ者だ」
心のまま泣ける者は少ない。
無駄に背負う者ばかり増えた事で涙を弱者の証としてしまう。自身がもう泣けないから。
自身が泣けない故の妬みでもある。悲しき、そして哀れな妬みだ。
「きっと今はお前にも分からないだろう。だが、それでもサツキ……お前はお前のままでいてくれ」
「……はい」
サツキにはアーロンの心情も、その言葉の意味は察せても中身までは理解できなかった。
けれど、そう言ったアーロンの言葉はとても優しいもので、だからサツキは自信を持って頷いた。
きっと場数が違う。とても凄い経験をしなければ分からないのだろう。
そう思ったサツキだが、アーロンが『慈悲の終言』の者達の前で腰を下ろし、棺を出した事で思わず声を出してしまう。
「ア、アーロンさん! その人達も助けるんですか?」
「そうだ」
「どうしてですか? その人達は他者の……いえ、命を冒涜しました。なら、救出屋にとっても――」
「――サツキ。お前の言う通りでもある。だが、俺は救出屋だ。理由はどうであれ、まずは助ける」
アーロンも、サツキの言いたい事は分かっている。実際、彼等が行ってきた所業は許される事ではない。
けれど、それでも助けるのが救出屋だ。その後、蘇生させるかどうかは女神ライフが決める事であり、それ以上の事は救出屋の仕事ではない。
「……難しいですね、救出屋は」
救いようがない者達も助ける。生き返る事はないと分かっていてもだ。
サツキは救出屋の深さを複雑ながらも理解できてしまい、暗い表情をしながらアーロンの作業を見続ける。
救出屋をしたいならば、きっとこの感情の物差しで測ってはいけないだろう。
だからサツキはアーロンの仕事を見ながら、決めようとしていると、不意にアーロンは口を開く。
「だがサツキ……お前の言う事も間違いではない。救出屋の敵は魔物やダンジョンだけではない――『命を害する者』が救出屋の敵だからな」
そうだ、別に救出屋は聖人ではない。殺しも傷付けるのも禁止な訳がない。
命を弄ぶ者ならば魔物だろうが人間だろうが関係ない。
だからこそダンジョンに潜るだけが救出屋の仕事じゃない事を『
――女神ライフよ……他者の命を貪り喰らう者達に、報いを受けさせる私をお許し下さい。
棺に納めながら小さく呟いたアーロンの言葉はサツキに届く事はなく、全ての棺の準備を終えたアーロンは全ての棺に繋げた鎖を持ち、静かに立ち上がるのだった。
ダンジョンの英雄は棺持ち 四季山 紅葉 @zero4649
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