第4話:A級ダンジョンの魔物
――間にあった。
ダンジョンに突入したアーロンは、生きているサツキの姿を見て安心した。
だが最初から
「下がっていろ、サツキ……」
背負っていたクロスライフを構えながら呟き、鬼竜も2体が仕留められたことでアーロンを脅威と判断。
そのままサツキを無視し、アーロンへ血走った目で捉えながら爪や牙を向けながら迫ってきた。
『ウオォォォ~ン!!』
何度も聞いた無駄に耳に不快感を残す、相変わらず好きなれない鳴き声。
それを黙らせる為、アーロンは素早く異次元庫を開きナイフを三本。迫って来る鬼竜の顔面へ投擲。
ナイフは両目と“額”に突き刺さり、鬼竜は苦しむ様に両腕を振るって暴れ始めた。
そんな状態を好機と見てアーロンは、鬼竜の頭部を銀の弾丸で撃ち抜く。
『――!!』
撃ち抜かれた巨大な杭の様な銀の弾丸。それは鬼竜達の頭部に複数の風穴を開き、糸が切れた様に沈んでそのまま動く事はなかった。
『ウオォォォ~ン!!』
「今更動き出すか、ボス鬼竜……」
仲間の死に――というよりも、餌が抗うのが気に入らないだけだろう。
アーロンがそう思っている間にボス鬼竜は立ち上がり、アーロンへ巨大な腕を伸ばしながら突っ込んで来る。
だがハッキリ言ってこの魔物達は器用貧乏。馬鹿ではないが、力の使い方を分かっていない連中でしかない。
――
奴が腕を叩き落とした寸前、アーロンは高く跳躍して腕へ着地。
そのまま一気に腕を駆け上がり、ボス鬼竜の顔面へクロスライフを叩き込んで顔面へ大きくめり込ませた。
『ウオォォォン!!?』
牙が折れ、顔面が歪み、顔面から出血しながら身体も傾くボス鬼竜へ、アーロンは更に追い打ちを仕掛けようと異次元庫を開けて取り出したのは一本のボトル。
その中身は近所の酒屋で買った一般的な“酒”が入っており、顔面へボトルを叩付けると粉々に割れ、ボス鬼竜の顔は破片と酒まみれだ。
「さぁ安酒の味はどうだ?」
『ウ、ウオォ~ン!!?』
問いかけるがボス鬼竜は答えず、まるで毒でも浴びたかのように苦しみの叫びをあげた。
それを見て狙い通りだと、アーロンは更に一手撃つ為、クロスライフの先端を顔面へ近付けて持ち手に仕込まれているトリガーを引いた。
――瞬間。先端から火打石の様に
結果、酒が引火してボス鬼竜は大きく燃え上がり、顔面は大炎上を起こす。
『ウオォォォン!!』
「――ふんっ!」
顔を燃やしながら腕でボス鬼竜はアーロンを払ってきたが、アーロンは慣れているので再び跳んでサツキの近くに着地。
すると安心したサツキは、涙ぐみながら棺の英雄を見上げた。
「うっ、うぐぅ……! やっぱり来てくれたぁ……ありがとうございますぅ……! 本当にありがとうございます!!」
「すまないが、礼を言うのは
「――へっ?」
安心した矢先、サツキから間抜けな声が漏れたと同時だった。
目の前では必死に火を消したボス鬼竜が立ち上がり、助けを求める様な必死の咆哮をあげた。
『ウオォォォォォン!!』
「ヒッ!」
それは大気を震え上がらせ、サツキの骨も震わせる声量。
しかし目的は震え上がらせる事ではない。これは救援要請。謂わば手下達に己の危機を知らせる為。
「サツキ、お前はここから動くな」
それを知っているアーロンはサツキの前に陣取り、彼女へそう言った時だ。
周囲から嫌いな気配が大量に現れたのを察し、周囲を見渡すとサツキも同じ様に見渡し、そして気付いた。
――柱の影、天井、あらゆる場所から這い出て来る鬼竜達に。
「こ、こんなにですか……!」
「コイツ等……正確にはボスだが、己が不利になると高確率で仲間を呼ぶ。しかも数体ではなく、ダンジョン内にいる全ての配下をだ」
――昔、それで危うく死に掛けたな。
当時は師匠に助けて貰ったが、今では自身が誰かを同じ状況下で助けている。これも時の流れなのかと、アーロンは自身を少し爺臭く感じてしまった。
けれど、そんな呑気な事を思っている場合ではない。今はサツキがいる。
気付けばあっという間に取り囲まれてしまったが、もう昔の自分ではない。
――対策も既に見つけている。
「サツキ……お前は酒に
「えっ?……いえ別に強くはないですけど、だからって弱い訳でもありませんが、それが一体――」
「それで十分だ」
サツキに確認を取ったアーロンは、異次元庫から先程よりも上等なデザインの入った酒瓶を取り出すと栓を開け、クロスライフの側面の小さな隠し蓋を開ける。
そこへこの
「お前達に味が分かるとは思えんが、今日は俺の奢りだ……」
鬼竜達へそう言い捨ててアーロンが持ち手のレバーを若干引くと、機械音と共にクロスライフの蓋が僅かに開く。
今度は一気にレバーを引くと、そこから大量の水蒸気の様な煙が噴き出した。
それはあっという間に周囲を包み込み、同時に立ち込める強い酒臭も発生させる。
――これは酒の煙だからな。
「うっ! 凄いお酒臭いです……!」
サツキには少々キツかったらしく、顔を両手で隠していた。
やはりドワーフの名産品らしく、かなりの威力を発揮する。特に鬼竜は、兜を被っているアーロンやサツキの比ではない惨状だろう。
『ウオォォォン!!?』
ボス鬼竜を皮切りに、他の鬼竜共も一斉に苦しむ様に叫び始めた。
あるモノは首を絞める様に抑え、またあるモノは口から泡を吐きながら動かなくなった鬼竜もいた。
「な、なにが起こっているんですか……!?」
アーロンの背後から酔いに慣れたであろうサツキが、目の前の惨状を見て不思議そうに尋ねてくる。
本当はくノ一の彼女ならば、その行動で察していると思ったが、やはり確証と呼べる言葉を直接聞きたい様だ。
それを察したアーロンも、別に隠す事ではないので惨状の答えを口にした。
「鬼竜共にとって……“酒”――恐らくはアルコールだろうが、それは猛毒らしい。俺も色々と試してみたが、度数が強ければ強い程、鬼竜共への致死率が高い事が分かった」
「酒で!? そ、それに試したって……?」
「言葉通りの意味だ。暇を見付けては立ち寄り、鬼竜共で実際に試して有効なアイテムを見つけたんだ。――まぁ、分かってから殆ど来なくなったがな」
「こんな魔物達相手に……そんな簡単に……!」
サツキの呆れた様な、けれど衝撃も受けた様な途切れ途切れの言葉を聞いて、アーロンは兜の中で微かに笑った。
確かに油断すれば即、死へ一直線なA級ダンジョン。暇を見付けて立ち寄る馬鹿は自身か師匠か、それ以外の十字架を持つ者達ぐらいだろう。
だが、そんな事を話してやる時間はない。酒の煙と匂いが徐々に薄まり、視界が晴れてくるとアーロンは構えながら口を開いた。
「詳しい話はここから出た後に教えてやる。――だが、まずは終わらせるのが先だ」
『ウ、ウオォォォン!!』
咆哮と共に、目の間に現れたのはボス鬼竜だが、その姿は変わり果てている。
目や口から血、そして血の混じった気泡を流し、肉体の部位が所々に痙攣を起こしているボス鬼竜は、既にいつ死んでもおかしくない状態でも敵意を向け続けている。
また、そんな魔物の姿を見て、サツキは不思議で仕方なかった。
言葉を震わせながらも、何とかその疑問を呟いた。
「あ、あんな状態で……どうして……!」
「ダンジョンのボス魔物は並みの個体ではない。遅かれ早かれ奴は死ぬ運命だが、最後に俺達を道連れにする力はあるようだ」
そのダンジョンの魔力を浴び、突然変異する個体――それがボス魔物。
B級ダンジョンでさえ、身体を真っ二つにされても生きてる奴がいる以上、A級ダンジョンのボス魔物もこの程度でくたばる個体ではない。
アーロン達を道連れにするだけの力は当然あり、絶命するまで油断は許されない。
――まぁ、道連れに付いて行く気はないがな。
アーロンは声が震えているサツキを庇う様に構え直し、クロスライフをボス鬼竜へと掲げる様に構えた。
それと同時。ボス鬼竜の
「額に目が……! それになんて高濃度な魔力の炎?!」
――やはりそれも知らなかったか。
アーロンは驚いた様子のサツキの言葉と、周囲の戦いの痕跡を見て察した。サツキがセオリー通り、敵の五感を潰す戦いをしたのだと。
けれど見た通り、奴等の瞳は三つある。しかも三つ目は額にあり、魔法で隠されていて知らなければ気付かれない。
それ故にアーロンも先程、ナイフを投げた時に額にも投げて視界を全て潰したが、それも今は説明する暇はない。
「その話も後だ……まずはコイツを倒す」
『ウォォォ~ン!!!』
ボス鬼竜は口から溢れる炎を今にも吐き出そうと、上半身を前に出して口をアーロン達へと突き出す。
だがそれはアーロンが覚えている限り、昔から進歩もない動きに過ぎない。それだけ進化も学習もしない程、鬼竜共は冒険者を楽に捕食していたのだろう。
「だからこそ対処も変わらん……!」
命の救出の為、学習もしない害だけの魔物に慈悲は与えん。
アーロンはクロスライフを自身の目の前に叩き付ける様に置き、ボス鬼竜を迎え撃つように対峙する。
そして、自身の魔力をクロスライフへ捧げた。
――我が十字架を“女神ライフ”へ捧げん。
アーロンが心の中で祈り、魔力をクロスライフへ捧げた瞬間、クロスライフが蒼白く光り輝いた。
蒼白い光に包まれる仕込み盾。そこを中心に大きな魔力の嵐が生まれ、周囲に吹き荒れた。
『――!?』
「凄い魔力……!」
周囲に魔力の強風が吹き荒れ、その力の大きさを感じたボス鬼竜は口に炎を溜めながら思わず動きを止める。
だが恐れる事はない。この魔力の嵐から感じるのは絶対的な“慈愛”――加護とも受け取れる優しい魔力の風。
少なくとも、アーロンやサツキには害無き現象――女神ライフが与える、我が子達を守る優しさ。
それを受けアーロンは祈る様にクロスライフに手を添え、静かに詠唱を始める。
「――女神へ捧げるは我が
――<
それは巨大な棺を模った、聖なる光の魔壁。
アーロンとサツキを守る様に包み込み、ボス鬼竜の炎を受け止める。
けれど、それだけではない。その受けた炎を青白い光で包み込んで、そのまま元凶のボス鬼竜へと跳ね返す。
『!』
予想外の事で頭が追い付かず、棒立ちのボス鬼竜だがもう遅い。
ボス鬼竜は自身で吐いた炎に包まれ、全身が一気に大炎上を起こす。
「ドワーフの作る酒は魔力に反応しやすい。――ならば、魔力の炎に触れればとんでもない大火力を生むだろう」
まるで爆発の様に大きく燃え上がるボス鬼竜の肉体。
それはやがて肉体を焼く内に小さくなっていき、最後は不快な匂いを発する焼け焦げた物体に成り果てた事で、ようやく一息入れる事がアーロン達に許された。
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