エピローグ

エピローグ


「ふう、ひどい目に遭ったな」


 ここは夕暮れの如月心霊相談所。なんとか足細山から生還した如月は、ようやく腰を据え自身の安全を噛みしめる事ができていた。


 結果として、八百細様は怪異ではなく、険しい地形が生んだ陸の孤島で独自の進化を遂げた生物という結論に至った。怪異でなくとも恐怖の対象であれば、存在承認を得る事はできなくもないが、そのための物語をでっち上げ、世間に流布するのは骨の折れる仕事だ。


 そのうえ、目的が空亡と同一視させるというものなのだから、尚更相性が悪い。仮に八百細様と空亡を同一視した場合、空亡も現実のレイヤーに引き上げられてしまう恐れがある。そうなれば、怪異を退治する怪異を生み出す空亡計画が破綻しかねない。


 そのため、鬼目の目的は達成される事無く、今回の仕事は幕を閉じた。しかし、時間算出した依頼料はしっかりと受け取れたので、如月としては文句は無い。危険な目には合ったが、生還できたのだから結果オーライだ。


「……おかえりなさい」


 誰も居ないはずの背後から声を掛けられ、驚いて振り向くと、そこには閏の姿をした神無カナンが立っていた。室内という事もあり帽子は外しており、長く艶やかな髪に白いフリルのあしらわれたワンピ―ス姿。その清楚ながらも、どこか妖艶な容姿が、如月の神経を逆なでする。


「私からの存在承認は十分に得られているんだから、いい加減、閏の姿を借りるのはやめたらどうだ」


「それは無理な相談ね。私はもう、元の姿を思い出せないのだから」


「……そうやってお前は閏の代わりにでもなろうとしているのか?」


「さあ、どうかしらね。私を認識している全ての人間が、私の事を閏と認識すれば、私は本当に閏になってしまうでしょうけど。ああ、恐ろしいわ。幽霊ってこんなにも不確かな存在なのね」


 言葉とは裏腹に、カナンはどこか嬉しそうな表情をたたえる。ああ、こいつも鬼目と同じ、閏の心棒者か。


 閏は死んだ。それは紛れもない事実のはずだ。


 しかし彼女は復活の苗床を残していた。それが神無カナンなのだろう。


「……アイツが幽霊として復活するならば、どこの馬の骨とも知れない神無カナンとかいうヤツが蘇った方が、幾分マシなんだがな」


「あら以外。アナタは閏に心酔していたと思っていたのだけれど」


「……嫌いでは無かったさ。だからこそ、人間じゃなくなったアイツには会いたくない」


「ふぅん。それなら、私の提案を飲んでくれるのかしら」


「提案? 何の話だ?」


「忘れたの? 私を人間にしてくれたら、閏を殺してあげるって」


 カナンはぐっと如月に顔を近づけて言う。ああ、そういえばそんな話もあったな。


「詐欺師相手にはったりかますのもいい加減にしろ。閏は蘇ってはいない。お前が未だに神無カナンと名乗っているのがいい証拠だ」


「そうね。きっと私は失敗作なのでしょう。けれども、閏の復活の為に育てられた苗床は私だけでは無いわ。私の存在承認を集める手伝いをしてくれるのなら、私は他の苗床を壊すお手伝いをしてあげる。これはアナタにとっても、決して悪い提案ではないはずよ」


「……そうまでして閏の復活を阻止したい理由はなんだ?」


「私があの人の最後の希望になる為」


 日が沈む。闇が世界に広がり始めると、神無カナンの姿は段々と薄くなっていった。


「……お前を人間に戻すという話だがな。非常に低い可能性だが、不可能ではない」


 絶対的な存在承認により、現実が存在を肯定した怪異。如月はそれらを、怪異第四種と呼んでいた。歴史的に見ても稀だが、パンダやソメイヨシノのように元々は怪異だった存在が人間の歴史に組み込まれ、誰もが存在を疑わなくなった為にこれ以上ない形で完璧に具現化した例はいくつかある。


 果たして人間の幽霊が第四種にまで上り詰める事は可能なのか。それは如月には分からない。


「確約はできない。それでもいいなら、お前の存在を承認し続けてやる。その代わり、閏が復活できないよう手を貸せ」


「契約成立ね。これから、よろしく」


 カナンの身体は夜闇に飲まれ、完全に消えてしまった。それは如月が電気をつけても変わらなかった。まるで初めからその部屋には如月しか存在していなかったかのように、いつもと変わらぬ如月心霊相談所がそこにあった。


「さて、これからどうしたものか」


 神無カナンが消えると同時に、如月の元に一通のメールが届く。タイトルは、九頭祈祷と黒影について。どうやら新しい仕事の依頼らしい。


「……今は目の前の仕事に集中するか」


 神無カナンの事、弥生の事、空亡計画の事、そして閏の事。厄介な事案を抱えてしまった如月がったが、これからも如月心霊相談所は続いていくだろう。


 しかし、それはまた別のお話……。

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如月心霊相談所の事件簿 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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