9.神隠し
「うう、どこ、どこだろ……」
休日の朝である。蒼衣は寝間着のまま、うろうろと部屋の中を歩き回っていた。畳み終わっていない洗濯済の服の山を漁り、なにが入っているか思い出せない衣装ケースを覗き、もしやと思って脱衣所の洗濯カゴを見る。ぐしゃぐしゃになったDMや、なにも入っていないダンボールをひっくり返した挙句、もともと整理されていない部屋がさらに荒れ果て、蒼衣は「はあ……」とため息を落とした。
「八代に選んでもらったセーターが見つからないなあ……」
今日は夕方、東家の夕飯に誘われている。せっかくなので、以前一緒に買い物に行ったときに八代に選んでもらった服を着ていこうとしたのだが、肝心のそれが見つからないのである。
天竺蒼衣は一応独立している成人だが、私生活においては「食」以外のことがからっきし苦手である。部屋は定期的に荒れ(これでも、八代や知り合いからのアドバイスをもらって綺麗な状態まで復帰することはできるようになったのだが、それにも気合が必要だった)服もなにが自分に似合うのかいまだにわからず、時折とんちんかんな格好(十年前に買ったよれよれのチェックシャツや、サイズの合わなくなったズボンだったり)で外に出てしまうこともあるのだった。
今探しているセーターも、そんな蒼衣を見かねて八代が選んだものの一つだ。
「うう……せめて布団を上げて、カビないようにしなきゃね……」
意気消沈しながらも、長年愛用のせんべい布団の半分を持ち上げる。すると。
「あーーーーー!! こんなところになんで!?」
布団とその上で寝ていた蒼衣の体重の重さが原因か、ぺしゃんこになった件のセーターが現れた。
その後、東家の夕食に訪れた蒼衣は、八代がセーターに向ける視線に戦々恐々としながら食事をしたとかしないとか。
魔法菓子店ピロートの出来事 服部匠 @mata2gozyodanwo
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