第6話 ありふれた、鍋パーティ
こうして出来上がったのは、言ってしまえばありふれた寄せ鍋であった。
初めは本格的なカレーになる筈だったことは、彩人自身もまるで気にしていない様子だった。そして箸を進める二人に顔にも、笑顔が戻っていた。
そんな様子を見て僕としても一安心…といったところで、彩人は急に真剣な顔になった。
「みんな、今日は本当にありがとう」
「いいって。こっちも楽しかったし」
「本当。スパイスは焦げちゃったけど、鍋、美味しかったよ」
「私も、鍋…美味しかった…」
彩人がそっかと言って笑う。次いで続けられた言葉に、彼を除く全員が一瞬固まる。
「俺たちでマイブーム部を作らないか?」
マイ部…マイブーむ……ん?
「「「マイブーム部???」」」
「名前は正直適当なんだけどね。俺たちで毎日が楽しくなるようなことをしたいんだ。イメージしてるのは何でも屋に近いかも」
「部活で何でも屋?正直想像つかないけど…」
アカネが尋ねるように言った。
「それに、何でも屋って具体的になにするの?」
「そうだな……、気分によりけり…?」
どうやら考えていないみたいで、アヤトは悩みながら答える。
「それじゃ部活として認められないだろ」
「うーん、だよなぁ」
はぁ、とアヤトがため息をつく。
そんなこんなで考えを巡らせていると、ふと考えが浮かんだ。
「あ、それなら、大義名分として社会貢献活動をするっていうのはどう?」
「お、ユウキにしては妙案だね」
アカネは僕に賛同しているみたいにそう言った。
「『しては』とはなんだ」
「珍しく褒めたのに…」
「そこ、自分で言うのか…」と、出かかった言葉を飲み込む。
「それで、社会貢献活動っていったい何をやるんですか?」
と、藍川さんが尋ねる。そこに関しては一切考えていなかったので、僕はうんうんと唸りながら考え込んでしまった。
「単純なことでいいんじゃないか?ゴミ拾いとか、ボランティアとかさ」
と、アヤトがフォローを入れてくれる。
「ああ、そこが妥当かもね」
そんな風にアカネも返す。
「よし。・・・じゃ、それで決定!皆、入るよね?」
アヤトは満点の笑顔で僕ら3人を見回した。もはや怖い。
「うーん」
ここまで来たら入らざるを得ない感じもするが、悩む。こんな訳の分からない部活に、たった一度の青春を捧げてよいものか・・・そんなことを考えながら、他2人の様子を伺う。
「・・・私、入ろうかな。楽しそうだし」
そう最初に口に出したのはアカネだった。確かに、毎日あんなハイクオリティな弁当を食べてきてしまっては、その誘惑には逆らえない気もする。
「私も入りたいです。皆さんとお話ししてみて、すごく親しみやすい人達だって思いました。私も皆さんの仲間に入りたいな、って」
次いで、藍川さんも入部に前向きな姿勢を見せた。
つまり、残るは・・・僕だけか。
僕は、藍川さんのさっきの言葉を頭の中で反芻した。
「私も皆さんの仲間に入りたいな、って」
・・・彼女のいう『皆さん』の中には、自分も含まれているのだろうか。
こんな平凡な僕でも、転校してきたばかりで心細い思いをしていただろう彼女の心を、支えることができていたんだろうか。
そんな思いがぐるぐるぐるぐる頭を回って、気が付いた。
「僕も、入るよ」
帰り道。アヤトと校門前で別れ、間もなくしてアカネも別の帰路に着いた。
「藍川さんもこっち側?」
「うん。お気遣い、痛み入ります」
と、冗談めかして彼女は言った。そんな表情に、ふと顔を背ける。
「藍川さんはさ、今日、どうだった?」
言葉が強調的にならないように考えながら、僕はたどたどしく言った。
「もちろん、すごく楽しかった」
「そっか、良かった」
そんな具合で会話はすぐ終わってしまい、続ける言葉に詰まる。
並んで歩く帰り道が、やけに長く感じる。心臓の音が煩わしくなっていく。
ドクン、ドクンという衝撃が、足音の速さに近づき―――その限界を超える。
それでも、言葉は見つからない。
どうやら自分は緊張しているのだと、気付く。
僕が彼女にできるような話のネタは何かないだろうか?こんな時に限って、普段の自分の生活を忘れる。
そうだ、これからのマイブーム部の話なんかはどうだろう。多分アヤトの料理ブームは1週間後には終わるから、次は何ブームなんだろうねとか、そんなことでいいんじゃないか、と必死に話の筋を考えていく。
「あのさ・・・これからのマイム゛ーム部のっ」
噛んだ。
どうしてこうも肝心な時にこうなるんだ。・・・笑われていたりしないだろうか。
恐る恐る隣にいる彼女を見やる。
「ふふ…っ」
彼女は口元を押さえて、これまで見たことがないくらい笑っていた。
目元には少し涙が浮かび、どこか嗚咽しているみたいだった。
「あーおかしいっ」と言ったあと、彼女は僕のほうを見やる。
「ごめんね、こんな笑ったの久しぶりで…ふふ…っ」
「あ、また笑った」
「だってっ、ほんとにごめんって」尚も彼女は笑いをこらえきれていない。
そんな様子を見て、さっきまでの緊張が嘘のように解ける。
「藍川さんって意外とツボが浅いんだね」
「それ、よく言われてた」
その過去形に隠れた憂いを僕は見つけ出せずに、言葉をつないだ。
「そっか、いいことだと思うよ。笑うって」
「そう思う?」
「うん」
再び沈黙が訪れる。ただ、この沈黙はさっきと違って焦りはない。
紅潮した彼女の横顔は、それだけで鼓動を加速させる。
緊張とも違うこの感情の正体に、僕は薄々勘付いていた。
僕は彼女のことが……
「好きなんだ…」
「え?」
足を止める。
「あの、さ」
「…どうしたの?」
「僕は君のことが、好きみたいだ」
気が付いた時には、全て言ってしまっていた。
…冷静と紅潮の狭間で、恥ずかしい期待を抱きながら。
後悔と不安と、それ以上に衝動が僕を満たしていた。
彼女は、息を吸って答えた。
「バカじゃないの?」
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