ありふれた僕がただ一つ欲しいもの

ビネガー酢漬け

第1話 ありふれた、始まり

・・・どうやら今日は『料理』らしい。

手作り弁当を両手に、嬉々としてこちらに向かってきたのは、僕の高校生活に欠かせない無二の友人、高木彩人だ。

こいつは二週間に一度マイブームが変わるというなかなかに変な奴だ。それに毎度付き合う自分も、傍から見れば十分変人なのかもしれないが。


「今日、何日だかわかるか?」

「5月3日、5月の第一月曜日…それで今回は『料理』ってことか」

そう言うと、彩人は満足げにうなずいた。

「ほらよ、おまえの分だ」

そう言って、まるで愛妻弁当のように丁寧に包まれた弁当をこちらに差し出す。

一瞬、痛い視線を感じた。その先には・・・


「もしかして、食べたかったのか・・・アカネ」

振り向いた先には、やはり彼女がいた。

「別に?」

いや、間違いない。後ろからじっと弁当を覗き込んでいたのを俺は知っている。

彼女の名前は天崎茜。中学来の付き合いなのだが、いまいち掴めない奴だ。彼女は僕の唐揚げ弁当を見つめながら、僕達の机に近づく。

「天崎も食うか?」

そう彩人が訪ねながら、自分の席から大きな紙袋を持ってきた。きっと大量の弁当が詰め込まれているのだろう。少なくとも10個はありそうだ。

「・・・え、いいの?」

急にアカネの声が小さくなる。最近知ったことだが、彼女は意外と人見知りなところがある。特に彩人を前にすると、言葉尻がまったく聞き取れないほど緊張してしまう。

「もちろん。どの弁当がいい?唐揚げ弁当、海苔弁当、エビフライ定食、幕の内・・・」

ペラペラと弁当を紹介していく彩人。袋から無尽蔵に取り出される色とりどりの弁当の数々。あっという間に彩人の周りには人だかりができた。

「えっと、それじゃ・・・幕の内弁当、いただきます」

アカネは箸を取り、弁当箱のふたを開き、おかずを口に運ぶ。

一方で彩人は彼女の反応を待ちながら、テキパキと弁当を皆に配っていく。購買に走っていったクラスメイトたちが、短いながらも列を作っていた。

「どう?」

「うん・・・おいしい、ありがとう」

感想を求められて、アカネは急いで食べたおかずを飲み込んで、小さく答える。

「よかった」と彩人は満足そうに笑い、弁当の山から一際大きい自分用の弁当を取り出した。

・・・こんな具合で、僕らは3人で昼食をとるようになっていった。




 その週の金曜日の朝は、何だか騒がしかった。先に来ていた男子バドミントン部がいつもの朝練にも行かず、教卓の前で話し込んでいた。

「何かあったのか?」と彩人に尋ねる。どうやら、転校生が来るとかどうとか先生がほのめかしたらしい。

ふうん、と声にもならないような相槌をうつ。ここ最近の僕の興味は、彩人の弁当だけに向いていた。


「そんなことより、今日の弁当はどんな具合?」

「よくぞ聞いてくれた、今日は生姜焼き弁当だ。国産にこだわって、タレは近所で評判のいい食堂からもらってきた」と彩人は自慢げに語る。こいつの顔の広さと行動力にはやはり驚かされる。

「いいのか?そんなにハードルあげて」

「大丈夫さ、天崎のお墨付きだぞ」

そう言われて教室の窓側を見ると、朝食を済ませて満足そうなアカネがいた。




チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。

「今日は転校生を紹介する。・・・入っていいぞ」

扉が開く音がする。教室にちょっとしたざわめきが満ちる。

気まぐれに顔を上げると、見慣れない洒落た制服を着た、透明を思わせる少女が立っていた。肩まできれいに伸びた黒髪は、その制服のベージュと上品に調和していた。教室は彼女の髪の揺れ方を追うように心拍の速さを変え、その高鳴りは僕にも確かに届いていた。35対の瞳を一身に受けながら、彼女は立ち止った。


先生が彼女について紹介しようと口を開く。目をそらす場所をもてあましていた僕は弱弱しく視線を先生に移した。

「東京の柳洲舘りゅうしゅうかん国際高校から転校してきた、藍川凛さんだ。最初のうちは慣れないこともあるだろうから、みんな親切にしてやってくれ」

誰も先生の話など聞いていない、といった調子だった。クラスメイトたちは彼女がどの席に座るかだけに関心を向けていた。

「そうだな・・・」

先生が顎に手を当て、考え込むポーズをとる。唾を飲む音が重なっていく。

「ちょうど空いてるし、高木の隣に座ってくれ」


そう言われ彼女は再び歩き出す。高木が「よろしく」と声をかける。

彼女が席に座る。そんな形で、ざわめきは一旦収まった。

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