第2話 ありふれた、ランチタイム
「・・・はぁ」
アカネがため息をつきながら幕の内弁当を眺める。
それに同調するように、僕も彼女を見た。
「彩人のやつ、転校生の学校案内を頼まれるだなんて」
また、ため息が二つ。
「普通なら先生が案内するものなんじゃないの」
「彩人がいないと静かだな・・・はぁ」
教室は人もまばらで、誰もが行き先を探して歩いていた。
「なあ、僕がため息をつくのはわかるんだけどさ・・・なんでアカネまでため息ついてるわけ?」
「・・・関係ないでしょ」
冷たい答えを放った彼女の表情には、強さより切なさが残っていた気がした。そんなちぐはぐな感覚は違和感となって胸に残った。
「そんなことより、ユウキは転校生なんかにうつつを抜かすような奴じゃないと思ってたんだけど」
「別にうつつを抜かしてた訳じゃない。物珍しさというか、なんと言うかで」
僕としては彼女を見るという事は液晶上の女性を見るのと同じことのように感じられた。正直なところ、実感がなかった。
「ふーん・・・よく分かんない」
なんて言いながら、アカネは今日の幕の内弁当を食べる。
「それ、彩人の?」
「そう。始めてたった数日の初心者にここまで上手く作られちゃうと、ちょっとヘコむよね」
そういうものなのか、と思いながら弁当を見る。彩り豊かな弁当箱は宝石箱を思わせた。きっと味も、月曜日のものよりもいくらか美味しくなっているんだろう。そんなことを実感していくように、アカネは箸を進めていく。
黙々と弁当を食べる僕らは扉がガラリと開く音で同時に振り向いた。予想通り、入ってきたのは彩人と転校生だった。
「ただいま」
彩人は月曜日に持ってきたものよりも一回り大きいバッグを引きずり、そこから弁当を取り出した。ハンバーグ弁当だろうか。
「それ、さっき言ってたお弁当?」と、転校生が彩人に言う。そうそう、と彩人が振り返りうなずく。学校案内中にマイブームのことでも話したんだろうか、と思う。
「よかったら藍川さんも一緒にどう?たくさんあるからさ」
「本当?」
「もちろん。二人も、いいよな?」
僕らには拒否する主だった理由も無かったので、「構わないよ」と答える。彼女は僕らがうなずいたのを見て、少し戸惑った後、アカネの隣の席に腰を下ろした。
「藍川さんはどの弁当がいいかな」
彩人はハンバーグ弁当、幕の内弁当、エビフライ弁当をバッグから手際よく取り出し、彼女に見せた。
「えっと・・・じゃあ、これで」
そう言って彼女が選んだのはエビフライ弁当だった。
「聞きたいんだけど、どうしてこんなに大量の弁当を毎日作ってるの?」
「何というか・・・マイブームだからかな。バイトブームの時に貯めたお金で材料も買えるし」
当たり前のことのように、何気ない口調で彩人が言う。
「こいつのマイブームは2週間きっかりで変わってくから、この弁当が食べられるのもあと1週間くらいだよ。購買も見に行っておいた方がいいかもな」と僕は笑ってみせる。
「変な人が多いんだね」と、どこか納得した様子で藍川さんは言う。
「こいつと一緒にされるのは困るな。僕とアカネは至って普通の高校生だよ」と弁明する。「うんうん」とアカネもうなずいて同意する。ふうん、と言って藍川さんはエビフライをゆっくり口に運ぶ。絶品だったようで、彼女の表情が少し明るくなった。
「・・・ところで、うちの校舎はどうだった?」と、アカネが尋ねる。少し緊張している様に見えた。
「きれいで、想像してた以上に広かった。私が前に通ってた学校は小さいのに人がものすごく多かったから、こんなに静かで人が少ないのも驚いた」
彼女の語り口は自然ながらも豊かな情感を帯び、僕ら3人は茫然と聞くことしかできなかった。
「藍川さんが前に通っていた学校ってどんなところだったの?東京の学校って、僕らからすると未知の世界だからさ」と、僕も聞いてみる。
「私の通っていたところもこことそこまで違わないよ。ただ校舎が広くないかわりに高いくらい。6階建てだったかな」
「やっぱり都会は建物が高いイメージがあるよね・・・藍川さんは東京のどんなところに住んでたの?」
「東京の郊外で、神奈川との県境あたりかな。3階建てのアパートに住んでて」
「小さいころからそこで暮らしてたの?」
「ううん、父は仕事の都合で転勤が多くて。4歳のころまでは愛媛にいたの」
「へえ、意外だなぁ。関西の方言のニュアンスとか、全然感じなかったし」
こんな具合の会話がいくつかあって、一旦区切りがついた。僕は弁当箱を閉じ、「ごちそうさま」と彩人に言う。・・・彩人は何やら考え事をしているようで、うなりながらハンバーグを咀嚼し、飲み込んだ。そして一息ついて、言った。
「ちょっといいかな、明日10時半ってみんな暇?」
驚いた。こいつは今日会ったばかりの異性も関係なく遊びに誘えるのか・・・と恐ろしくも思った。もちろん僕ならできない。
「空いてると思う」
「僕も」
「私も暇かな」
僕ら3人の返事が揃う。
「よし、それじゃ10時半に学校に来てもらってもいいかな。いつもの3人じゃ手が足りないなぁと思ってたんだ、それにこのイベントで親睦を深めたいと思って」
・・・3人じゃ手が足りない?
「ねえ、3人じゃ手が足りないことって、何?」とアカネが尋ねる。
多分こいつのことだから、料理関係のイベントだろう。料理するのに3人じゃ手が足りないだなんて、何をする気なんだろうか・・・
「・・・カレーを、作ります」
「カレー作りに4人も必要なのか?」
「もちろん。ただのカレーじゃなく、スパイスで一からつくるからね」
・・・こいつの悪い癖だ。マイブームが続く2週間の間、終わりが近づくうちにマイブームのやることのレベルが高くなりすぎてしまう。この前の筋トレブームでは最終的にボディビル大会のエリア予選で入賞してしまった。
「まあそういうわけなんだ。藍川さん、カレー嫌いとかある?」
「ううん、ないよ」と彼女は答える。そこまで嫌がっていないようにも見える。
「じゃ、決まりだ。あとで連絡するから、メッセージIDを書いて渡しておくよ」
その日家に帰ると、いつもよりやけに上機嫌だなと家族に言われた。そんなに変だっただろうか?
・・・どうやら思った以上に、顔に出ているみたいだ。
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