第3話 ありふれた、お料理会
昼休みに作ったグループに家庭科室を確保したとメッセージがあったのは、その日の夜のことだった。
「『了解』・・・っと」
既読1。ずいぶんと早い。誰かがたまたま見ていたのだろう。
と、続けて送られてきたメッセージを見て僕は固まる。
Rin『ありがとうございます 楽しみにしてますね』
Rinというのは藍川さんだろうか。
次いで彼女からスタンプが送られてくる。
そして、僕を硬直させたのはそのスタンプの方だった。
・・・さやえんどう。さやえんどうの化け物である。
目はあらぬ方向を向き、四肢が生えたさやえんどうが、『あいわかったァ』と呻いている。
「これはギャップ・・・なのかなぁ」
正直言って、意外なチョイスだ。
いや、意外といっては失礼なのかもしれない。だって僕らは彼女のことをまだ何も知らないのだから。
とにかく、このさやえんどうの化け物については明日直接聞いてみよう、と思いながら布団に入った。
「カレーを作ります!」
「「いえ~い!」」「「いえ~ぃ…」」
彩人の明朗快快な説明とともに始まったお料理会兼親睦会は、彩人と藍川さんのノリノリな掛け声と、僕とアカネの若干低めなノリとの、見事な高低差をみせた。
藍川さんは知らない。これから始まると予想されるのは、彩人による『ガチな調理』である。
僕はまずアカネとアイコンタクトで意思疎通を図る。視線に気が付いたようで、材料の準備の最中にこちらへ来た。
「どうする、彩人の暴走次第では親睦を深めるどころか本気で引かれるぞ」
「分かってる。でも藍川さん、料理とかうまそうじゃない?」
アカネは大して気にしていないようだが、俺は知っている。
筋トレのときもそうだったが、アイツは全てにおいてガチすぎる。
「腕が彩人並みだったら何も問題ないけど保証はない。僕ら二人で何とか成功させるんだ」
「心配しすぎじゃない?何かマズそうだったら協力するけど」
「ありがとう。じゃあ、その時は頼むよ」
彩人には悪いが、今日はカレーよりも親睦を深めるほうが僕としての意義は大きい。
不安要素はありつつも、準備を終えて楽しい楽しいお料理
そして僕の想像とは別の形で、不安は現実のものとなる。
結論から言うと、料理は失敗だった。
しかし彩人が引かれる事が無かったという点では、まあ成功ともいえるだろう。
混乱の火種は、まず藍川さんから燃え広がった。
材料の準備から下ごしらえまではつつがなく進んだのだが、誰もスパイスからカレーを作ったことなんて無かった。スパイス担当の藍川さんとアカネはレシピを見ながら恐る恐る材料を投入していく・・・のだが、藍川さんが入れるスパイスの順番を間違えてしまったらしい。何とかシードとかいうスパイスは焦げ付きやすいらしく、それは本来最後に入れるスパイスだったようだ。さらにまずいことに、アカネが火を弱めるのを忘れていた。そういったことがあって、鍋の中のスパイスはあっという間に真っ黒になってしまったのだった。
「「・・・ごめんなさい!」」
そんな声が聞こえた時には、すべてが終わっていた。
「・・・仕方ないよ。そもそもスパイス関係の工程は僕がやるべきだったし、責任は僕にあるからさ…」
彩人はすまなそうに立ち振る舞いながらも、すっかりしょげてしまっていたのが僕らに筒抜けだった。
しんみりとしてしまった空気を何とかするべく、僕は考える。その時ふと思いついた案を提案してみることにした。
「鍋はどうだろう、煮込んじゃえば大抵の野菜は使えるだろうし」
今考えてみれば、5月なのに鍋というのはなかなかおかしい。しかしその時は彩人の気持ちを労わってやることしか頭になくて、それは僕以外の2人も同じようだった。そんな訳で、僕の鍋案はすんなり通ってしまった。
「となると、材料は買い足しが必要だよね」
その通りだ。当然ながら、カレーの具材だけで鍋は作れない。
最低でも鍋の素なんかは欲しいところだ。
「じゃあ、駅前のスーパーで」
という彩人の提案に、皆異論はないといった反応を返す。
そんなこんなで、4人は荷物をまとめ、余った具材をまた使えるようラップしておく。
家庭科室を出る時、藍川さんがふと何か言った。
「クラスメイトと買い物…何年ぶりだろう」
「ん、何か言った?」
ドアを閉める音でうまく聞き取れずにいると、藍川さんは「なんでもない」と首を振った。
4人はそれぞれ好きな具材を頭に浮かべながら、最寄りのスーパーまでの道のりを行くのだった。
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