第4話 ありふれた、週末の買い出し

 学校から歩いて5分ほどの駅前のスーパーまで、緩やかな坂を下っていく。彩人は自転車を押して歩いていて、カラカラとした音が一定の速さで流れていく。緑に色づき始めた並木道の木々がゆったりと揺れる。一瞬の涼しさが、あいまいに照り付ける日光を強く意識させた。

 ぽつぽつとした会話が3回ほど続いた後、色褪せた線路が見えた。

「藍川さん、あれがトウトリだよ」

と、彩人が指差す。トウトリというのは駅前のスーパーのことだ。名前の由来は知らない。堂々と紹介するほどでもない、至って普通のスーパーだ。

「ちょっと待ってて」

と彩人が言って、自転車置き場に自転車を置く。

「何買えばいいんだろう」

とふとアカネが呟くと、藍川さんは、

「とりあえず鍋の素と、きのこと、魚と・・・」

というふうに、食材を指折り数えながら羅列していく。そんな姿がおつかいを頼まれた小さな子供に重なって、アカネと顔を見合わせて、つい小さく笑ってしまった。






「豆腐と、春菊と・・・あと何がいるだろう」

買い物カゴの中にどんどん食材を入れていく彩人。いくら4人分要るとはいえ、こんなに大量では食べきれなさそうなくらいの量の多さだ。

「そんなに節操もなく入れて大丈夫なのか?」と尋ねてみる。

「前のバイトブームのときにがっつり稼いだ分があるし、問題ないよ」

と言いつつも、彩人はちょっと立ち止まって考え直し、あまり必要のなさそうなものを売り場に戻していった。

「それじゃ、肉を選ぶ2人と魚を選ぶ2人で別れよう。僕とユウキが荷物持ちやるからさ」

勝手に荷物持ちにされてしまった。まあ、仕方ないか。

「じゃあ、私は肉を選ぶほうにしようかな、魚はちょっと苦手だし」

とアカネが言うと、

「OK。じゃあ、僕はアカネについてくから。鍋は肉選びのほうが重要だって聞くし」

と彩人が返す。

「何だか信頼されてないみたいでやだなぁ」

なんて風にアカネが答えて、少し笑う。僕も周囲に合わせるように笑ってみせたが、内心焦っていた。・・・まずい。藍川さんと2人きりになってしまったら、話題がもつ気がしない。

「それじゃ、ユウキも荷物持ち、頑張れよ」

仕方ないな、なんて適当に答えて、カゴの中身を眺めている藍川さんの方をちらっと見た。彼女も僕の視線に気づいたみたいで、「よろしくね」と控えめに言った。

声が上ずってしまうのが怖くて、ただ頷いて会釈した。何をやってるんだ僕は、なんて数秒後に後悔して、買い物カゴを手に取る。

・・・まあ、2人というのも悪くないか。






 魚売り場に来たのはいいものの、新鮮な魚の見分け方はおろか、鍋に入れるのにどんな魚が良いかなんてことも全く分からない。とりあえず鮭の切り身でも入れておくか、と僕はパックを手に取る。彩人によると、魚は2種類くらい買ってきて構わないらしい。どんなものがいいだろうか・・・と考え込むのも時間がもったいないので、あんこうの切り身に興味津々な藍川さんに尋ねてみる。

「藍川さんの家だと、鍋にどんな魚がよく入ってる?」

「うーん・・・やっぱり鮭とかタラとかかな」

なるほど、やっぱりその辺りが主流なのか。

「じゃあ、他に食べてみたい魚介類とかってある?」

と試しに尋ねてみたが、答えは簡単に予想できたものだった。


「・・・あんこうとか、どうかな」

普通ならグロテスクな見た目を想像して少し嫌がるんじゃないかと思ったが、こんな好奇心に満ちた瞳で見つめられたら、さすがに否定しようがない。というよりかは、僕もあんこうの切り身の味に興味を引かれていた。

「面白そうだけど、どんな味か想像もつかないしなぁ・・・藍川さんは食べたことある?」

と聞いてみる。彼女はううん、と首を振って、鞄からスマートフォンを取り出した。

「ちょっと調べてみるね」

そういって彼女がスマートフォンの電源を付けると、見覚えのあるさやえんどうの化け物が壁紙になっていた。あらぬ方向を向いた目はうまい具合に時刻表示で隠されていて、それがまた滑稽な感じで、笑いをこらえるのが大変だった。

「昨日のスタンプを見たときから気になってたんだけど、このキャラクターって何なの?」と、さやえんどうを視界から追い出して尋ねる。

「この子はスマホゲームのマスコットで、『さやふぇ~』っていうの」


―――噴き出してしまった。




「あんこうか、なかなか面白そうなの見つけてきたね」

と彩人が言う。彩人の持っている買い物カゴには鶏むね肉が2パック入っていた。思っていたより無難なチョイスで、あんこうの切り身の異質さが余計に増しているようにも思った。

「反応が良さげで安心したよ。アカネは大丈夫そう?」

「まあ、あのグロテスクな魚の切り身だって想像しなければ・・・うーん」

芳しくない反応を示したアカネに、さっき藍川さんに送ってもらった『あんこうの食材的価値』のネット記事を見せてやる。

「噛めば噛むほど味が出て、弾力がすごいんだってさ」

藍川さんも援護するようにうんうんと頷く。アカネも興味が沸いたのか、

「ちょっと、食べてみたいかも」

と、納得してくれた。


「さて、あんこうにOKが出たことだし、早いところ学校に帰って鍋を作ろうか。もう11時過ぎてるし、昼食が遅くなっちゃうしさ。ユウキ、悪いんだけどカゴ持ってもらえる?」

「いいけど―――」

答えるより前に、ずしっとした重みが重なっていく。

「鍋の具材しか買ってないはずなのに、なんでこんなに重いんだよ!」

「いやぁ、日曜も家で料理するからさ・・・しょうがないんだよ、我慢して」

「せめてショッピングカートを取ってきてくれよ・・・」

はぁ、とため息をついて、彩人の分のあんこうまで先に食べてしまおう、と密かに思った。

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