第7話 ありふれた、秘密

僕は一瞬、彼女のイメージにいっさい似合わない言葉に呆気に取られ、立ち止まってしまった。


「もう一回言ってあげる。バカじゃないの?」


彼女の眉がきっと上がった。僕はそんなに怒らせるような告白をしたんだろうか?

「あなたみたいなどこにでもいそうなつまらない顔の男と、一体全体どうして出会って1日ちょっとで付き合ったりしなきゃいけないわけ?もう少し自分と相手の釣り合いとかタイミングとか、考えた方がいいと思うけど?」

容赦ない語調。まさに言いたい放題だ。


「はぁ・・・そっか。確かに、言われてみれば僕じゃ釣り合わないね」

自虐的に僕はそれを口に出す。彼女の方を見てしゃべることなんて、言わずもがなできない。僕はあまりに突拍子もない告白をして、こっぴどくフラれた。・・・そんな惨めさが辺りを暗く染めていくように感じた。


「当然でしょ。ちょっとでも考えればすぐ分かることじゃない。私は学力も見た目もレベル高いし、コミュ力だって普通の人くらいはあるし・・・要するに、私はいわゆる陽キャで、あなたは陰キャなの。分かった?大体、陰キャはちょっと話しただけですぐ浮かれちゃって、さっきみたいにろくでもない告白してさ、面倒なんだよね」


想像を絶する毒舌っぷりに、ただ立ち尽くしたままだった。

「いや、そこまで言わなくても・・・」


「・・・うわぁ、始まった。‘‘そういう‘‘男はさ、自分から玉砕覚悟で告白するくせに、フラれたとたん「そこまで言わなくても・・・」とか言い出すんだよね・・・もうプライドも何も残ってないのに、いさぎよさまで捨てちゃったら、いったい何が残ってるっていうの?」


何だかここまでぼろくそに言われると、もはや自分の惨めさなんか気にならなくなる。それよりも、少し前まではあれほどおしとやかに振舞っていた彼女がどうしてこんなに毒舌なんだろう、なんてことを考え始めていた。

「1つ、聞いてもいい?」

と尋ねると、機嫌悪そうな顔で、

「なに」

とぶっきらぼうに、彼女は返した。

「彩人とかアカネといるときはおしとやかに振舞ってたのに、どうしてそんな口が悪くなったんだ?もしかして、本性がそれとか?」

と言うと、彼女はちょっと考えて、

「本性?・・・私がほんとは毒舌で、今まで猫かぶってたって言いたいなら、違うけど」

と答えた。これが本性じゃない・・・?ますます意味が分からない。


「じゃあ、どういうことなんだ?てっきりそうなんだと思ってた」

「・・・関係ないでしょ」

急に突き放された僕の質問。それでも、プライドや外面は、今更僕の足枷あしかせにはならなかった。・・・好奇心のままに、尋ねてみる。

「どうした?答えられない理由でもあったりするのか?」

「別に、関係ないし」

「どうしても、言いたくないってわけか」

こっぴどくフラれて暴走した好奇心は、冥途の土産を求めてやまないといった調子だ。さすがにしつこい気もしてくる。


「そういう訳じゃないけど、言う必要がないだけだって言ってるでしょ」

必死の猛攻にも、彼女は一向に応えようとしない。

こうなったら・・・


「そうか―――本当はこんな手は使いたくなかったんだけど、しょうがない。話してくれないなら、藍川さんの本性をクラスのみんなに言いふらす」

ブラフだ。僕がそんなこと言ったって、クラスのみんなは誰も信じちゃくれないことは目に見えてる。・・・それにしても、ここまでやると自分の執着具合が気持ち悪くなってくる。彼女の化けの皮を暴いてやる、なんていう使命感が、フラれた事実をかき消したいがために膨れ上がっていた。


「くっ・・・!」

僕が思っていた以上にあの一言が効いたらしい。・・・苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる彼女。どうやら意外と頭が回っていないみたいだった。


「言うなら今のうちだよ」

・・・思い返すと、気持ち悪いったらありゃしない。できることなら消えてしまいたいが、そんなことはできない。つまり突き進むしかない。そんな風なばかげた二択しか僕の頭には残らなかった。


「・・・私、いわゆる陽キャの人の前では、うまく振舞えないの」


「・・・え?」

突然湧き出した言葉に、僕は驚いた。


「もともと私、小さい頃からやたら人と比べたがる性格だったの。姉さんや友達と比較してみて、私はいつでもすべてで勝っている自信があった。そんなちっぽけな自信が、私を「比べたがり屋」にしたの。そんな風に幼稚園、小学校では過ごしてきた。だけど、中学生になってからはコミュニケーション力の大きさに気づかされた。いわゆる陽キャの人たちに、ね」


ああ、なるほど。

彼女はつまり、これほどのスペックを持っていながらも、陽キャにはなれなかったのだ。きっと、そんな劣等感と陰キャに対する優越感の間で、こんな性格を生み出してしまったんだろう。


「考え込むの、やめてくれない?なんか腹立つし」

なんて彼女は僕に毒を吐いて、そうしたら何故か彼女も考え込んでしまった。


「どうかした?」と僕が躊躇して問いかけたその瞬間、彼女は表情を変え、瞳を輝かせ、僕の方を見やった。彼女の毒舌を体感したあとでさえ、その素敵な表情は僕の頬を紅潮させた。


「佐藤・・・悠希くん。今思いついたんだけど」

「え、なに」

僕が焦ったように尋ねると、彼女はニヤリと笑った。

「ねえ、私に協力してよ。私が・・・陽キャになれるように」

「いや、僕が?そんな無茶な。第一、僕も陰キャだし」


「つべこべ言わない。あなた、私のこと好きなんでしょ?」


5月。少し遅い春の出会いの中で、僕らの妙な協力関係が始まった。

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