第410話 久しい場所と人。

 ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、二年と九カ月。


 そして、トーザラニア帝国に攻め込んで一カ月と十六日。


 クリムゾン王国の元ウィンズ子爵領……ウィンズ男爵領のクレッセンの街。


 ニールとボルトが並んで歩いていた。


 ニールはきょろきょろと視線を巡らせた。それはどこか懐かしむような表情であった。


「人は減ったが……懐かしい。そして、視線の高さがだいぶ変わった。自分が大きくなったのを実感するな」


 その言葉通り、二年と九カ月の間に十二センチほど高くなっていた……と言っても、ニールはもともと同世代男性に比べて小柄であるのだが。


 現在も、身長が伸びてはいるものの一般的な同世代男性の平均よりも低く……。


 ボルトは小さく笑って。


「そうか?」


「そうだろう? 俺、大きくなっているだろう」


「威張るならもう少し欲しいなぁ」


「まぁ。これから。これから爆速で伸びて……髪でかさ増ししているお前の身長を抜いてやる」


 ボルトは自身のとさか型のリーゼントにした髪を指さして、反論した。


「この髪はかさ増しじゃねぇから」


「えーそうなの」


「そもそも、身長を測る時はグッと押さえつけているから。グッと」


「ふーん」


 ニールとボルトとが雑談しながら、クレッセンの街を歩いていた。


 ワンピースを着た少女がニールとすれ違った。


 その少女は大きな青色の瞳に可愛らしい顔立ち。


 綺麗に整った水色の髪をショートカットにしていた。


 美少女と言っても過言ではない容姿の少女である。


 彼女はニールとすれ違って、少し歩いた後で立ち止まった。


 振り返る。


「え……ニール?」


 視線の先、ニールの姿は人の中に消えていってしまった。



 ニールとボルトがクレッセンの街を雑談しながら歩いていると。


 ニールが不意に立ち止まった。振り返って。


「……」


 ボルトも立ち止まって、ニールへと視線を向ける。


「ん? どうした?」


「いや、久しぶりの気配があったような? 気の所為かな?」


「知り合いでも居たか?」


「そうかな? あ……」


「どうした?」


「こっちは……この気配の消し方はあの人か?」


「知り合いが居たか。じゃあ、俺は先に宿に入るわ。知り合いのやっている宿があるんだっけ?」


「あぁ。そこの通りを少し歩いて右側にある……ところだったかな?」


「んー行ってみるわ」


 ボルトが返事すると、ニールの指さした通りに歩いて行った。


 ニールは不適な笑みを浮かべて、フッと姿を消した。



 クレッセンの街の細路地にて、小柄な女性……ミロットが男性と一緒に居た。


「こんなところで。いや、ミロット様、お疲れ様です。もうノリッチ鉱山より帰ってきたんですね」


「あぁ。マシュー……突然、声を掛けて悪いな。それで、こんな路地で何をやっていたんだ? 何かあったのか?」


「はい。王都より戻ってきたところ、見慣れないトサカの頭の男……相当な実力者を見かけたので尾行しています。そこの宿屋に入っていきました」


「トサカの頭? そんなダサい髪型のヤツが居たのか?」


「それが居たんですよ。すごく目立っていて」


「そうか。そんなダサい髪型のヤツが……っ!」


 ミロットが目を見開いた。即座に振り向いて腰から吊るしていた短剣を抜き構える。


 視線の先には、ローブを着こんだミロットが長剣を構えていた。


「貴様、私の変装とは何を考えている?」


「お前こそ……私の変装など」


 その場に居た男性……マシューは二人のミロットの顔を見比べて、動揺した。


「え? ええ? なんで?」


「おい。そいつは私の偽物だ。離れていろ」


「何を言っている……私は本物のミロットだ。マシュー、私の部下なら見分けられるだろう?」


 マシューは再び二人のミロットを見比べた。


 ほぼ同じ顔、声色、体型に見分けが付かなかった。武器が長剣か短剣かの違いしかない。


 額から油汗を流してしどろもどろに答える。


「いや、えっと」


「馬鹿……とりあえず、離れろ」


「は、はい」


「敵に惑わされるなよ。馬鹿。少しは自分で考えろ。私が敵なら、すぐにお前を殺しているだろう」


「確かに……」


 長剣を持ったミロットが、埒が明かないと短剣を持ったミロットへと切り掛った。


 短剣を持ったミロットは後方へと逃れて、躱す。


 二人のミロットはマシューを置いて、細路地を離れて走った。


 広場にたどり着いて相対する。


 長剣を持ったミロットが長剣を構えて。


「貴様……何者だ。わざわざ、私に化けて」


 短剣を持ったミロットが口角を上げた。


 首元を引っ張ると肌がペリペリと剥がれて、とさか型のリーゼントにした髪の男性……ボルトに。


「ククク……部下の教育はちゃんとやった方がいいぞ? 気配消しがまだまだ」


 ミロットは眉を顰めて。


「っ。悪かったな。この街に……いや、この国になんのようだ」


「ちょっと遊びにきた」


「ふざけやがって……」


 ミロットが舌打ちすると、地面を蹴った。


 素早い身のこなしでボルトとの間合いを詰める。


 ミロットとボルトとの間で激しい剣戟が始まった。


 ほぼ同格に見える戦いだった。


 一般人から見たらすさまじく目で追うのも難しい速度の剣。


 ただ、互いにだけは分かっていた、力を押さえて戦っているのが。


 ミロットは長剣を真横に構えた。両手両足の筋肉が盛り上がる。


「……【神切(かみきり)】」


 ダンッと地面を蹴った。ミロットの姿が消える。


 ボルトの持っていた短剣がバチンッと砕け散った。


 次にミロットが現れたのはボルトの背後、長剣を振った状態で現れた。小さく舌打ちをする。


「っ!」


 ボルトは前方に逃げて、短剣を抜いて構えた。


「クク、なんて鋭く重い剣だ」


 ミロットは振り返って、長剣を構える。


「……」


 ボルトとミロットは武器を構えて……向き合った。


 そして、互いに一歩踏み出しそうとしたところで。


「おい。何、俺に化けてやがる」

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2025年1月11日 09:33 毎週 土曜日 09:33

非力だけど知略とスキル、周りの助けで異世界を生き抜く。それは英雄譚に。 太陽 @kureha1

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