第409話 忙しいミロットさん。
ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、二年と九カ月。
そして、トーザラニア帝国に攻め込んで十六日。
クリムゾン王国の北部。
ここはトーザラニア帝国軍が駐屯地。
いや、駐屯地と言っても、トーザラニア帝国軍騎兵五十、歩兵二百が撤退を始めていてもぬけの殻になろうとしている。
駐屯地から少し離れた森の中……木の枝の上には動く人影……ミロットが立っていた。
ミロットは眉を顰めた。
「アレは……全軍で帝国軍が移動を始めている。しかし、不可解だね。向かっている方向は王都タマールではない? 赤の騎士団から王都タマールを奪還しようとしている軍の増援ではない? いや、そもそも、ここに居た軍はノリッチ鉱山内で反乱がおこった場合の制圧と、鉱山防衛のために置かれていた軍だろ? ここから離れるとはどういうことだ? わざと……? いやなんのために? 調べてみるか?」
一度、息を吐く。
目を閉じて、神経を研ぎ澄ませて気配を探る。
少しの間の後で、目を開けると首を傾げる。
「残された住居には気配がない。ここはどうする? ノリッチ鉱山の奴隷を解放する好機ではあるが……。ここに罠があるか? だったら、あの軍に入り込んで……いや、人数が少ない中に込むのも危険……。よし。離れた者を捕らえて、話を聞くか」
ミロットが木の枝から木の枝を飛び移りながら、トーザラニア帝国軍を追うのだった。
三十分後。
ミロットはトーザラニア帝国軍の前方右の森へと回った。
森の中で焚火を作り、煙玉を使う。
狼煙のように黒煙が上がる。
トーザラニア帝国軍の一部騎兵一歩兵十が確認の為か、ミロットの居る方へ。
兵達が警戒しながら焚火に近づいた。
キョロキョロと視線を巡らせて話し始めた。
「なんだよ。誰もいないな」
「これは……狼煙か?」
「飯を作っていたようには見えないな」
「戻りますか?」
「……そうだな。何にしても長く離れるのは危険だ」
騎兵が最後に頷いて、ここを離れるように命令しようとしたところだった。
その場に五つの黒い球……煙玉が投げ込まれた。
兵達の視界を遮るほどの黒煙が広がる。
ミロットは両手にレイピアに近い長剣を持って、黒煙の中に飛び込んだ。
彼女に手加減は無かった。
歩兵達の間を走り抜けて、首を切り裂いていく。彼女にとって、歩兵十は一瞬。
そして最後に残った……。
馬の首を切り裂いて、騎兵は落馬した。
「な、何が……お前等」
起き上がり周りを確認しようしていた騎兵の後ろにミロットは立っていた。
騎兵の鎧の隙間から長剣を差し込んで首元に小さな傷を付けた。
騎兵は体を痙攣させて、地面に倒れる。
「喋るな殺すぞ」
ミロットが脅しを口にした。
騎兵はミロットの脅し、そして殺気に「ひっ」と小さく声を上げた後に口を噤む。
ミロットはこの場で尋問しようと考えた。ただ、近づく気配を察して騎兵の体を持ち上げて、その場から離れるのだった。
十分後。
騎兵を持ったミロットは森の中にあった物置のような小屋に入った。
彼女の顔には疲労感があって、額に汗している。
「はぁー……はぁー……はぁー……」
騎兵を捨てるように投げた。
痺れた体で、受け身も取れずに呻き声をあげる。
「ぐあっ!」
ミロットは息を整えながら、胸に手を置く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
少し動かずにいた。
息が整ったところで、腰に吊るしていた長剣を鞘から引き抜いた。
騎兵へと鋭い目つきで睨みつける。
長剣を振るうと、そのまま剣先を騎兵の額に突き付けた。
声を低く問いかける。
「私の質問に答えろ。お前等はどこに向かっていた?」
「お前はなにも……いぎ」
ミロットは騎兵の左肩に長剣の剣先を突き刺した。
「私の質問にだけ答えろ。お前等はどこに向かっていた?」
「ぐあ……俺達は本国からの命令で帝国に帰還していた」
「何故だ?」
「いっ。俺みたいな下っ端には詳しくはわからんが。先日鳥が来て……。他も撤退するとかで上の連中は慌てていた」
「他も?」
「あ……あぁ。帝国はクリムゾン王国から全軍撤退するように決まったそうだ」
「全軍撤退だと……帝国はクリムゾン王国を手放すのか?」
「わからない。もう……いいだろう? 俺はこれ以上何も知らない」
「……あぁ。そうだったな」
ミロットが長剣を引いた。次いで長剣を構えて、騎兵の喉元を切り裂く。
騎兵の喉元が切り裂かれて、血飛沫が上がった。
ミロットは長剣を振って血を飛ばした。
「すまんな。このまま、捨てていくとクリムゾン王国の人間になぶり殺しされる可能性が高いからね」
長剣を鞘にしまって騎兵に一瞥すると歩き出した。
「どういうことだ? 全軍撤退? 何故? いや……もしかして、食糧庫襲撃に対して帝国から送られると聞いていた制圧軍が遅れているのと何か関係が? 帝国が奪った土地を手放すようなことをするなんて相当なことが起きているのでは? どこかの組織が動いているのか? ……お館様に許可をもらって帝国内に入り込んでみるかな? いや、今は……ノリッチ鉱山の奴隷を助けなくては。これなら部下も何人か連れてくるべきだったな」
ミロットが小屋を出ると、地面を強く蹴って木の枝に乗った。
そして、木の枝に飛び移りながらノリッチ鉱山へと向かうのだった。
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