第408話 クロロ。
翌日の昼食後。
ここは中都市ヘブリマのほど近くのメンヒ湖。
ニール、そしてボルトはメンヒ湖で、魚釣りに興じていた。
「ふぁー眠い」
ニールがつまらなさそうな表情で、欠伸した。
ちなみにニールは釣りをするいつもの体勢で、地面に敷いた布に寝そべって、釣り竿を押さえるだけ。
少しの間の後で、寝返りをうって隣で釣っているボルトへと視線を向ける。
「もう帰るかい? 俺は早朝からお前に連れ出されて眠いんだが」
「ま、待て。この釣り場は酒屋のおやじがスゲー釣れるって話なんだ」
「そりゃ。釣れるさ。俺の桶は魚でいっぱいだ……ただ、肝心なお前……釣り始めてから浮きが微動だにしてないぞ」
「うるさいって。静かにしろ……今来てるところなんだよ」
ニールは小さくため息を吐くと、起き上がった。
近くで見ていた小人達に竿を預けて、気分転換に歩き出す。
「ボルトは本当に釣りが好きだよなぁ」
ニールが一人ごちていると、ジンが近づいてくる。
「もう終わりか?」
ニールは苦笑いして。
「いや、まだのようだ」
「じゃあ、昨日のヤツをここでいろいろやってみるか? たぶん、水につけてみたらどうにかなると思うが」
「? 昨日のヤツ? なんだったか?」
「蛇のブレスレットだ。忘れていたか?」
「あぁ。あったな。ボルトに叩き起こされて抜けていたわ……ここでいいか。周りに俺達以外の気配もないし」
「じゃあ、出すわ」
ジンが部下達に命令して、蛇のブレスレットを持ってこさせた。
ニールは蛇のブレスレットを前に胡坐をかいて座る。
「マジで、見た目生きているようには見えないな」
ジンも同意するように頷く。
「だよな。よくできたブレスレットだ」
「水に付けてみるんだったか」
「あぁ。チチ婆に話を聞いたら、水、食料が枯渇した時に擬死する場合があるんだとか」
「ふーん。それで……試してみよう。幸い、ここには腐るほど水がある」
ニールが納得したように頷くと、水の入っていた桶を持ってきた。
ニールは桶を前に、蛇のブレスレットを持つ。
「じゃあ……水につけるぞ?」
蛇のブレスレットを持ったままに、水に浸けた。
桶の水位が徐々に減っていく。
蛇のブレスレットがドクン……ドクン……と震えるが指先に伝わってくる。
にょろにょろと動き出して、ニールは思わず手を離す。
「うわ。動いた」
ニールの肩に移動していたジンが桶の中を覗き込んで呟いた。
「本当だ」
蛇はウネウネと水中を泳いだ後で、水面からヒョコッと顔を出した。
目をパチパチと瞬き、ピンク色の舌を出す。
「お前か? 私を助けたのは」
ニールは目を見開いて、少し引く。
「うお? 蛇がしゃべったんだが?」
「しゃしゃしゃ、蛇がしゃべったらおかしいかね? 猿の進化体のお前等がしゃべられる言うのに」
「……確かにそうか」
「まぁよい。どこの誰か存じないが。私は聖獣の一柱オレットナブルスネークのクロロだよ」
「俺はニール。こっちがジン」
「そうか。そうか。ニールにジンよ。助けてもらい感謝するよ」
「水に浸けただけだし」
「助けられたのは事実である。何か礼をしたいところであるが。その前に一つ質問なのだが……ここはどこか? 私、迷宮で迷子になり、宝の部屋に閉じ込められ……水も食い物もなく擬死していたと思うのだが?」
「ここはトーザラニア帝国の中都市ヘブリマの近くにあるメンヒ湖だな」
「トーザラニア帝国……聞き覚えのない国だな。帝国で言うならロード帝国ではないのか?」
「ロード帝国? なかったよな?」
ニールが肩に乗っていたジンに話を振った。
ジンは顎に手を当てて、首を傾げる。
「アリータ聖王国で手にした地図、いくつか国を通って確保した地図……それらに目を通したが、そんな国はなかったと思うが」
ニールとジンが首を傾げていると……。
釣りを続けていたボルトが竿を一度上げて、口を開いた。
「ロード帝国は約二百九十年前に滅んでいる」
「「「……」」」
その場に居た者が黙った。
少しの間の後で、ニールはボルトへと話を振る。
「そのロード帝国とやらはどこら辺にあったんだ?」
「地理までは分からんが。巨大国家だったとか? 探すとしたら、かなり広域になるだろうな。そして昔のことになるから……それこそ『紡ぐ者』に話を聞くべきだろう……けど、アイツらも結構死んでいたりしているからな。どこに居るのか。んーん」
「つまり……帰れないのか」
クロロが小さく呟いた。
「「「……」」」
その場に居た者全員が何も答えることはできなかった。故郷から遠く離れた小人達からも同情の視線が……。
沈黙の後で、ニールが口を開く。
「………腹減っているんじゃないか? まぁ手近には魚しかないけど。蛇って魚食えたっけか?」
「魚……貰えるか?」
「あぁ売ろうと考えるくらいにはあるから。飯食って元気だせよ」
ニール達はクロロの食事の為に準備を始めるのだった。
二十分後。
クロロはボールのように膨らんでいた。
「うぷ。食った」
ニールは串に刺さった焼き魚を一口食べながら、クロロへと視線を向ける。
「クロロ。パンパンに膨らんでいるけど大丈夫なん?」
「うぷぷ。大丈夫だよ。こうすれば……」
クロロが横に揺れると。クロロの額にあった透明な石が薄っすらと輝いて……赤色に染まっていく。それと同時にクロロのパンパンに膨らんだ体がしゅるるるる……と縮んで、元の大きさなに。
周りで見ていたニール、そして小人達は目を見開いて、黙った。
「「「……」」」
「な?」
ニールは苦笑して。
「な? じゃないと思うが……質量保存の法則とは?」
「私は食料をマナとして額に貯めておくことができるんだ」
「ふーん? 額に? どういう原理だ?」
「私にわかる訳ないよ。生まれつきだから」
「そうか。それで? お前はこれからどうするよ?」
クロロは顔を下げて、上げた。
「うむ。私は行くところがない。お前等と同行してもいいか? 私は食事を用意してくれるなら役に立つぞ」
「……まぁ。小人達に危害を加えないと言うなら」
「分かった。では、『血の契約』を結んでおこう」
「血の契約?」
「あぁ。血の契約を結んだ者同士ならば、召喚魔法で、自身のいる場所へと一時的に呼び出すこともできる。今は近くに居て意味のないところであるが、私の種族では血の契約は友好の証でもある」
「……痛いかな?」
「契約には血が必要だからな」
「そっか。わかった。他はどうする?」
ニールの問いかけにボルト、そしてジンがいち早く頷き答えた。
「聖獣と契約できることなんて、名誉はなかなかない……ぜひ頼みたい」
「なんか面白そうだ」
クロロはボルトとジンを見定めるように視線を送って。
「うむ。血の契約を結んでも、もし召喚魔法を使う段階になったら、それなりにマナもなければいけないから、この三人だな……まずはニール、前に来てくれ。他は少し離れろ」
クロロの言葉に従って、クロロとニールは向き合い、他は少し離れた。
「では、始めるかな。久しぶり過ぎて、えっとこうだったかな?」
クロロが尻尾で地面をポンポンと叩いた。
白い光が広がって、円に幾何学模様……魔法陣が地面に浮かび上がる。
「この陣の中心に血を」
「分かった」
ニールが頷くと魔法陣に近づいた。
親指をカリッと噛むと、血が流れだした。
魔法陣の中心に血を落とすと、魔法陣自体が赤くなる。
クロロは尻尾を噛んで、魔法陣の中心に血を落とす。
魔法陣の光が大きくなって……次いで弾けた。
ニールの右の手の甲に、クロロのしっぽに魔法陣が浮かびあがって……少しの間の後でゆっくりと消えていった。
ニールは興味深げに、右の手の甲を擦った。
「これで終わりか?」
「あぁ終わりだよ。簡単だろう?」
「血の契約と言うわりにあっけないと言うか」
「そうだな。他……ボルトにジンにもやっていくぞ」
クロロがボルト、ジン共に血の契約を結んでいった。
唐突且つ変な出会い方ではあったが、こうして新な同行者クロロが増えるのであった。
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