62 せがれ(最終話)


 外に出ると、空は果てしなく晴れ渡っていた。日はすでに高く、さえぎるものが少ないからどこもかしこも日当たりが良い。気温はせいぜい二十五、六度だろうが、ジリジリと焼き付けるような日差しは夏を思わせた。


 車二台で病院に到着する。天気が良いせいか、駐車場ですれ違う人々も総じて機嫌が良さそうだ。彼らの表情をぼんやりと眺めながら、病室に着いたら何を話そうかと、そればかり考えてしまう。


 最初は、棺桶かんおけにでも話しかけるみたいでいたたまれないという思いもあった。しかし、反応のない息子の姿を見慣れてからも、声をかけているのは麻子や他の見舞客たちばかり。


 もちろん、私とて意地悪をしたいわけではない。何を話したらいいかが、純粋にわからないのだ。これまであいつとどんな会話をしてきただろう、と振り返ってもみたが、理想的なサンプルは過去にさえ見当たらなかった。


 正面玄関を入るなり、麻子がなぜか英語で、


I'm私、 going先に to bathroom手洗い行って firstくる


 すると、リサまで、


「あ、私も。ついでにちょっと飲み物」


と来た。


「そうね。暑くて喉渇いちゃったものね」


 右手には、見慣れた小ぎれいなカフェテリア。


「ここのレモネード、結構いけますよ」


「あら、そうなの?」


「私はピンクレモネードが好き」


「あ、じゃ私もそれにしようかな」


だの何だのと、仲良く談笑しながらさっさとトイレに向かってしまう。


――はかられたか……。


 安堵と心細さが同時にやって来た。一人病室を目指しながら、浮かぶのは結局、き付けるような言葉ばかり。


――まだまだ若いんだ、しっかりしろ。


――自慢の嫁が泣いてるぞ。


――お前が信じる神様の力を見せてみろよ。


――さっさと目を覚ませ、この野郎。


 病室の引き戸に手をかけ、一瞬ひるんだ。が、ええいと己を奮い立たせ、一気に開く。


 人生は、短い。




 毎日見ているいつもの部屋。窓からは空の青。つくづく平たい町だ。


 信哉はぼんやりと薄目を開け、ただ仰向けに横たわっている。その姿を凝視していたらまた機を逸してしまいそうで、私は迷いを振り払うように右手をバッと上げた。


「ようっ、待たせたな」


 中途半端におどけたような不自然な調子に、自分で笑ってしまう。せがれのほうけた顔が、ほんの少しだけこちらに傾いた気がした。











                          (了)





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愚息のシャハダ 生津直 @nao-namaz

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