呑まれました。
これはすごい。五感すべてをあますことなく刺激する怒涛のような表現。それでいて静かでなまめかしく、せつない。
恐怖を掻きたてられるような。欲をあおられるような。
参りましたといわざるをえません。
これではレビューにならないので、まずはあらすじを。
……
幼い頃に父親が死に、母親に捨てられ、それからは山から降りることなく暮らし続ける男が訳ありの女に逢う。やがて女と身も心も重ねあい、ふたりは夫婦になった。
幸せな日々。やがて妻は子を身籠った。
だがひとつだけ、妻には秘め事があった。
彼女は時おり「花を摘む」といって姿をくらます。
はじめは疑わなかった。だがなかなか帰って来ない妻を捜しにいった男は、情事のあとのような満ちたりた表情をして繁みから現れた妻をみて、花とは男のことではないか、妻は不貞をしているのではないかと疑うようになる。
…
覗いてはいけない、ああ、でも覗かずにいられない。
見るなの座敷を想わせる物語に惹きこまれ、息もわすれて読み終えました。いま、えもいわれぬ読了感に浸っております。
奇妙に愛しい、読了感です。
なぜ愛しいのか。
読んで、確かめてください。
ただし、覗いてしまったら最後、しばらくは魂をこの物語に連れていかれることは覚悟しなければなりません。
それでも覗かなければわからぬものが、そこにあります。
母に捨てられ、山で育った男。
身売りの直前に逃げ出し、男の嫁となった女。
二人は愛を育み、やがて女は子を宿しますが、彼女には奇妙な習慣がありました。それは、「花を摘みに行く」こと。彼女は度々そう言って出かけては、時に不審な様子で帰ってくるのです。
男は妻の不貞を疑いますが、しかしその恐るべき真相は……
という、短編和風ホラー。
時代や作品全体の雰囲気にあった、しっとりとした文体に惹かれます。
性的な描写が含まれますが、不気味かつ荒々しいのに艶っぽく、どうしても魅せられてしまう不思議。「何の飾りもまとわぬ、獰猛な嬌声」という表現が刺さりました。
また、ストーリーの展開も見事です。
それまでの何気ない伏線を回収していくときの気持ちよさ。その意味がわかった瞬間、鳥肌が立ちました。真相がわかってから、改めて恐怖がじわじわと募ります。
しかし、後味はどこか切なく、二人の運命に想いを馳せずにはいられませんでした。
最後の海についての部分、源の呟きが切なすぎて最高でした。
実に見事な作品です。楽しませていただきました。