余談 頑健の神と安寧の神(※安寧の神視点)

 私は今怒りに震えていた。当たり前だ、自分の旦那の考え無しにはほとほと呆れてきたが、これは明らかにやりすぎだ。


「アンタァ!」


「はいっ!」


 ここは天界、と呼ばれる場所。下界とはまた違う、私たちのような神と呼ばれる力がいつの間にか生まれ、時にはその存在は空気のように薄くなり、時には下界の者に姿を与えられて明確に形をもつ、酷く曖昧で、絶対的な場所。


 私は安寧の神と呼ばれている。姿も与えられた。足首まで伸びる長い髪と、垂れ目がちなおっとりとした容姿の女神。


 だが、それはあくまで安寧の神の姿を人間が与えただけ。私は確かに安寧をもたらす力を持っているが、性格は喧嘩っ早くて、手がつけられないと思われている。


 同じく姿を与えられた頑健の神と結婚して、幾星霜。彼は半裸の筋肉の塊のような姿で、頼り甲斐があって男らしい姿の男神ではあるが、気が小さく押しに弱い。


 彼はあらゆるものに頑健さを与える力をもっていて、それは揺らがぬ山であったり、人であったり、対象は様々だ。


 その旦那がやらかした。人の子に、赤子の時から最大限の加護を与えた。その子が耐えられるギリギリの強さの加護だ。加護も過ぎれば肉体が耐えられない。


「何やってんだい?! 人の子に、なんて加護を与えたんだ! 理由を言ってみな!」


「ご、ごめんよぉ……、この国はいい国だから、王子がずっと健康でいたらいいと思って……いい事だと思ったんだよぉ」


「眠れない赤子なんて苦痛でしかないに決まってるだろ! なんで徐々に力が強まるように加護を与えてきたと……っはぁー、アンタの頭じゃそこまで回らないか……」


「や、やりすぎたと思ってるけど、取り上げるわけにもいかないだろ……、魂に癒着してるんだから、死んじゃうよ……」


 分かってるんなら限界の加護を与えるんじゃない! と、叫んでも無駄なので私は下界をじっと見下ろした。


 この男の尻拭いのために加護を与えるなんて可哀想なことをしたくはないが、それでも私もあの国はいい国だと思う。妻を亡くしたばかりの国王も、いい奴だ。


 加護には、加護に耐えられる自我を持つ魂にしか与えられないという制約がある。王子はちょうどその自我を持っていた。馬鹿が考えなしに加護を与えても、肉体が弾けなかったのはその為だ。


「ちょうどいい子がいるじゃありませんか」


 声を掛けてきたのは……運命の神。コイツは下界では予言の神とか言われているが、気まぐれで、曖昧で、過去と未来と繋がっているせいで姿が毎度違う。


「ほら、あの御母堂のお腹の中の子。今産まれようとしている女の子。あの子は、加護があろうとなかろうと、あの王子の番になりますよ」


「……加護がなくてもぉ?」


 生まれたての赤子の時ですら気が狂いそうになって泣いている王子が、まともに育つとは思えない。そんな王子と、加護がなくても、番になる?


「この人のそばだけは安心できる、この人のそばだけは気を緩められる。そういう相手ですよ、彼らは」


「……本当だね?」


「別に、加護を与えなくてもいいと思うくらいには」


「加護があればどうなる?」


「少しだけ、出会いやすく、生きやすくなります。ただ、加護のせいで、多少苦労もするでしょうけど。それは人間誰でもそうでしょう」


 下界の子は私たちの子。下界の子は私たちに姿を与えた親。等しく大事な存在だ。


 その子たちが生きやすくなるのなら、加護のせいでなく結ばれる運命なのなら。


「運命の。その言葉、嘘だったら一生起きれないようにしてやるからね」


「あはは、私が嘘をついたら存在が消えますよ。なんせ、運命なんて不確かな物に形が与えられた物ですから。私の曖昧さはご存知でしょうに」


「……そうさね、この時点で分かっている真実しか言えない、それがアンタの存在証明だ」


「そういう事です。頑健の神は少し反省なさるとよろしい、私が止める前に加護を与えていたので」


「だ、だって、母親には与えてやれなかったから……こうして、亡くなってしまって。可哀想だと思ったんだよぉ……」


 気が小さくて人の好い旦那は、掴みどころのない運命の神にまで叱られている。


 運命の神が姿を持って現れる事だって珍しい。彼は、ハッキリとした運命を知らせるときにしか言葉を発する体を持てない。


 運命とはそれだけ不確かで、曖昧で、ひとりの選択によって波紋が広がるように変わってしまう。


 私は運命の神が姿と声をもって現れたこと、そして彼の在り様から、それを信じた。


「アンタには辛い思いをさせるね……、少ししたら、きっと、いい未来が待っているからね」


 そっとその子に加護を注ぎ込む。私の力をぐんぐんと、その生まれる前の赤子は吸っていった。


 その子は、与えられるのを待っていたかの様に、強く加護を持っていった。目が覚めるかも怪しいが、運命の神は『嘘が言えない』のだから信じよう。


「アンタらの未来に、幸あれ」


 私は加護を授けた女の子と、旦那が加護を授けた男の子が出会うまで、じっと下界を覗いていた。


 加護がお互いに作用している。こんな強い加護を持って産まれる子は、後にも先にもこの子たちだけだろう。


 どうか、この子たちに安らかで幸せな人生が待っていますように。

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真実の愛を見つけたから婚約破棄、ですか。構いませんが、本当にいいんですね?〜王太子は眠れない〜 真波潜 @siila

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