気まぐれ拷問姫の日常

へーコック

出会い

「さぁ!早くイッておしまいなさい!」

「もうイヤだぁぁ!」

目の前では目を疑う光景が繰り広げられていた。絶世の美女とも言える女が、ひたすら男に拷問をかけて楽しんでいる……


一体どうして僕はこんな所にいるんだろう……しかも三角木馬に乗って。

ついさっきまでは極々、ノーマルな学生だったはずだが。


 話は数時間前に遡る。

何事もなく私立W大学の2年生になった僕は雀荘で常連のオッサン達と麻雀を打っていた。

「かぁー、兄ちゃん本当につええなあ、これで何連敗だよ、イカサマしてんじゃねえだろうな」

「そんなわけないじゃないですか」

「だよなぁ」


当然イカサマをしている。麻雀は普通に売っていたらそこまで差はつかないものだ。僕はこういった小狡い手段に関してかなり自信があった。

「じゃ、今日も支払いお願いしますよ」

そう言って雀荘をあとにする。さて……次は何するかな。


大学の授業は高校生の頃期待していたようなものではなかったし、試験も直前に対策すればなんとかなる。あまり行く意味を感じなかった。

その結果が大学の近くで遊び呆ける毎日だ。入学当初は首席ともてはやされもしたが今はこのざまだ。


……麻雀で頭を使ったせいか、糖分が欲しい。よし、甘十屋いくか。

 

 甘十屋というのは大学の近くにある老舗の和菓子屋でおやつ時にはW大学生が居座っている。

看板商品は、アンパンを一口サイズにしたミニアンという商品で売り切れてしまうことも多い。が、店につくと、かなり売れ残っていた。

運が良い。でもどうしたんだ。最近は残っていることが多かったが今日は特に多いな。

知り合いを見つけたので聞いてみる。

「あ、マサキじゃん、なんか最近随分余ってるよね?」

「おお、真尋、久しぶり。そうだなぁ、周りをよく見てみろよ、女子が一人もいねえだろ?」


「なんかティックトッカーのゆらりちゃんがこしあんより粒あんの方が太るって話をチラッとしたらしくてな。そんでもってミニアンは粒あんだろ?だからじゃねえかな」

「へー、そんなの気にするんだな」

「ま、あくまで推測だよ」

その時周囲がざわついた。


一人の女子生徒がいた。真っ黒な髪を腰まで伸ばしていて、人形のような顔立ちをしている。身長も高くモデルのようだ。


「うわ、野薔薇だ」

「誰?」

「知らないのか?有名だろ。一個上の先輩なんだけど、頭おかしいらしいよ。野薔薇美由妃。」

「大学行ってないから知らなかったよ。」

「お前はめちゃくちゃ要領いいからそれでなんとかなるのが羨ましいよ……とにかく、近づくのはやめとけ。俺もう行くわ、またな」


そう言うと彼は逃げるように去っていった。

周りを見渡すと誰もいなくなっている。

なんとなく僕も急いで離れようとした。

 

 ちょうどその時、僕が持つミニアンをみて、彼女が話しかけてきた。


「ねえ、あなたミニアン好き?」

「え、あ、はいっ!」

「それにしても今日はかなり空いてるわね、良かった」


ニコッと笑いながら彼女が言う。僕はその笑顔に見とれてしまった。美人で近寄りがたい印象だったが、笑うと子猫のように可愛い。


「よく来るの?」

「はい、結構来ますね。」

「ふーん、そっか。ねえ?君のミニアン1つ貰ってもいい?」

「ど、どうぞ」

「ありがとう!」


急に近づいてきたので緊張で声が上ずってしまった。顔が綺麗だし……なんかいい匂いもする。

噂の事は気になったが、悪い気はしない。

というかこれだけ可愛いのなら多少性格に難があったって何も問題ない。


「あの先輩はどうして……」


その時、販売員の人が話しかけてきた。


「あら、野薔薇さん、来てくれましたか」

「ちょうどいいわ、貴方もいたら」

「え?はあ」

僕も?と言う前に椅子に座らされていた。


販売員の人の横には店主らしきお爺さんと30代くらいの男性がいる。誰だろう?


「失礼しました。こちらはうちの主人兼店長と、若いのが発注と製造をやってる坂上です、主にこの三人で店を回しています。」

野薔薇は頷く。


「それで?相談というのは?」

「実はですね。最近こしあんが流行りのようなのでミニアンのあんをこしあんに変えてみたんですよ。ところが売れ行きが良くなくて。何か原因が分かれば……と」

野薔薇はなにやらミニアンを見つめて考え込んでいるようだったが、僕は一連の流れで気付いた事があった。


「あ、僕わかったかもしれません。さっき知り合いに聞いたのですが、実は最近のミニアンにも粒あんが入っているんですよ。でもよく見るとミニアンに一回切り開かれた後がありますよね?中身を入れ替えられたのではないでしょうか」


試しにミニアンを割ってみると中にはこしあんと粒あんが詰まっていた。


「え?そんなバカな?」


「これが、原因ですよ。客は粒あんが入っているとわかったので買うのをやめたのでは?」

「でもこれにはもともとこしあんが入っていたはずで……その入れ替えて余った分のこしあんはどうなったんでしょうか?かなりの量なので捨てられてたら流石に誰か気づくと思いますが。」

「そこのどら焼きを見てください。少し大きすぎませんか?あふれた分のこしあんはあそこに加えられたのではないでしょうか。そして、それができるのは

製造担当の坂上さんだけですよね?」


坂上はしばらく俯いていたが急に顔を上げると涙目で語りだした。


「すみませんでした!でもミニアンは代々つぶあんって決まっていたじゃないですか。

一時的なものでも、流行なんかでこしあんにしてほしくなかったんです……僕が好きなのはやっぱり粒あんのミニアンなんです……」


「坂上君。あなた……」

「お前な、こんな面倒な方法取らずにそうと言えよ、馬鹿なやつだな。」

店長も販売員も坂上のミニアンにかける気持ちに胸を打たれているようだ。


その時野薔薇が口を挟んだ。

「事件解決……ということね。では坂上さん、迷惑かけたついでに部室までミニアンを持ってきてもらってもいいかしら?」

「はい、それくらいさせていただきます」


道中も坂上さんはミニアンにかける思いを語っていた。こんなに熱い思いがあったのか……ならちょっとくらい間違いを犯してしまってもしょうがない気もする。


坂上さんと他愛のない話をしていると野薔薇が立ち止まった。話に夢中になっていて気づかなかったがここはどこだろう?サークル棟にこんな場所あったっけ……


「さあ、どうぞ」

促されるまま部屋に入ると何やら真っ暗だ。

すると後ろで鍵の閉まる音がした。



 急に照明がつく。しばらくして目が慣れてくるとなにやら物々しい光景が目に飛び込んできた。ギロチン、三角木馬、ムチ、あれは……なんだ?水車か?ということは他にあるのも全部これ拷問器具か?この大学にこんな場所があったのか……


「おい、これを解いてくれ!」

いつの間にか坂上さんが四つん這いになって拘束されている。

そして呆気にとられていた僕も三角木馬に固定された。


「先輩?」

「そこは見学席よ」

何を言ってるんだこの人は。見学席?何の?


 ここで話は冒頭に戻る。男は何故か拷問されている。何分……いいや何時間経ったのだろう……坂上さんは人が変わったようになっていた。


「あああ~、野薔薇様そこは!そこはダメっ!……ッアアっ!そ、そんな……ここがそんな風になるなんてっ!」

何故か恍惚とした表情を浮かべている。理解できるがしたくはないな。


「いいから、早く吐きなさい。じゃないとこれ辞めちゃうわよ」

「そんな……これだけしておいて辞めるなんて酷いですよ。もう言いますから」


「早く」


「実は発注ミスで粒あんをめちゃくちゃ大量に頼んでしまって、報告すると怒られるし捨てるとバレてしまうので……ミニアンに入れて売っちまえばいいかと考えたんです。

どうせ一口で食べれるし売れるし分からないかなと、それが急に売れなくなるなんて……あんこの割合が変わったくらいで分かるものかと客を舐めていました。」


「?あんこの割合?」


「はい、先程そちらの男の子が言っていたように粒あんが増えて客は買わなくなったのでは?」


すると野薔薇はお腹を抱えて笑いだした。


「ははははっ、あーおっかしい。」

「馬鹿ね。みんなそんなの気づくわけないじゃない。実はね、有名ティックトッカーのエイコちゃんが近くにできた映える洋菓子店の紹介をしたのよ。だから最近はお客さんが少なかったってわけ。」


そういう事だったのか。ってまた別のティックトッカーが現れたよ。最近の流行りはよくわからないなぁ。

「それにしてもこの下衆が!保身に走ったってわけね」

「ああ、野薔薇様それ以上はァァァ」

彼の声が部屋に響き渡った。


満足した野薔薇は坂上を外に放り出すと、僕の耳元で囁くように話しかけてきた。

「そういえばあなた、名前は?」

「ひっ!おっ、小野真尋っていいます。」

「ふうん、かわいくていじめたくなる名前してるわね」

「……あの!これ!おろしてもらえませんか!」

「ちょっとまって。貴方、うちの拷問サークルに入りなさい」

「拷問!?えっなぜですか?」


そんな怪しげなサークル入りたくない。


「このサークルは私の趣味で人助けみたいなこともやってるのよね。あなたの観察力はきっと私の役に立つわ。だから、入れてあげるって言ってるの」


この人にこれ以上関わったら確実にマズイ。何とか断ろう。


「すみません、魅力的な提案なんですけど、勉強が忙しくて余裕がありません」


「嘘。あなた、毎日毎日授業も行かず麻雀でお金賭けているでしょ?」


「えっ…?」

どうしてそれを?


「私を前にして白状しないブタはいないのよ、大学に報告しちゃおうかしら?」


くそ、雀荘のオッサン達か!


「はい。というわけで、入会おめでとう。よろしくね、小野真尋君。」


拒否権がない。手を差し伸べてきたのでこちらも手を差し出すとカチャリと手錠をかけられた。

驚いて彼女の方を見やるがニコニコと嬉しそうにしている。


順風満帆だった僕の大学生活は一体どうなってしまうのだろう。感覚が無くなってきた息子の安否を心配しながらそう思った。


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