第17話

 十五分ほど歩いて、予約していた宿に着いた。古い旅館だと聞いていたけれど、どうも最近リニューアルしたらしく、中はきれいで、インターネット回線まである。カナちゃんも気に入ったと見えて、絵や掛け軸をめくっては、裏にお札を探していた。わたしは一応、仲居さんに尋ねてみたが、幽霊が出る部屋はないということだったので、ちょっと残念だ。

 客室に備え付けのお菓子をつまみ、体力を回復したところで、また歩いて河口まで向かった。道沿いには公園や海水浴場がいくつもあり、レジャー客でにぎわっている。カナちゃんは、あらかじめ東京で釣り仲間から情報収集していたらしく、狙い目の場所をいくつか挙げてくれたので、順番に回ってみることにした。

 着いてみると、やはりそこは釣り人に人気の場所で、先客が何人もいた。わたしはちょうど帰ろうとする釣り客を呼び止めて、釣果を聞いた。

「今の季節はキスだよ。あとはタチウオ。たまにヒラメなんかも釣れるよ」

「このあたりで変わった魚を釣った人がいるらしいんですけど、ご存じないですか」

「変わった魚?」

「ええ、あの、釣り上げた人が死んでしまうこともある魚だとか」

「ああ」と、釣り人は納得した表情になった。「ダツのことかな」

「ダツ?」

「このくらいの銀色のとがった魚でね。夜、ライトなんかつけて釣りをするでしょう。そうすると、光に反応したダツが飛んできて、人に刺さっちゃうんだよね」

 後ろに立っていたカナちゃんが急にわたしのそでを握ってきた。小さな悲鳴をもらしたのも聞こえた。

「この辺にもいるから、夜釣りをするなら気をつけたほうがいいよ」

 それだけ言うと、釣り人は満足げに去っていった。そのうしろ姿を、カナちゃんは複雑そうな表情で見送った。

「怖くなった?」

「まさか」カナちゃんはにこりともせずに言った。「でも、呪いで死ぬならともかく、魚が刺さって死ぬのは嫌だ」

 呪いの魚の正体がダツのはずはないが、そんな物騒な魚がいるならそれはそれでホラーだ。

 わたしはあらためて周囲を見回した。釣り上げると死ぬ魚が釣れたという狗竜川の河口とは、このあたりで間違いない。ここに来る前、集めた話の中から描写を拾って、だいたいの場所を推定しようとしてみた。ただ、どうもそれが話によって微妙に違うようだった。右岸だったり左岸だったり、砂の上だったりそうじゃなかったりする。話がすべて本当だとすれば、このあたり一帯のどこにでもせいそくしている可能性がある。

 一方、時間帯については、必ず早朝か夜更けのどちらかだった。また、例の魚を釣るときには、周囲から人の気配が消えている、という共通の特徴もあった。仮に時間帯が関係しないのだとしても、今の釣り場の混雑を見る限り、日中にそんな状況が起きるとは考えにくかった。

 いずれにせよ、釣りに挑戦するのは明日からの予定だったので、今日は下見だけで引き上げることにした。それに今夜は、釣りとは別に調べておきたいことがあった。

 宿に戻り、晩ごはんを食べたあと、カナちゃんとおに入ることにした。温泉ではなかったが、ふたりで入ってもかなり広々としていて、気分がよかった。カナちゃんは湯船の中で鼻歌まじりに足を伸ばす。わたしもその隣に体を沈めて、このあとの予定を伝えた。

「この近くに河童かつぱが出る池があるらしいの。そこへ行ってみようよ」

「河童?」カナちゃんの頭からタオルが落ちる。「魚じゃなく?」

「これはまだ、わたしの想像なんだけど、そのふたつは同じものじゃないかと思うの」

 わたしは、東京で同業者から聞いた河童の話を、カナちゃんにも聞かせた。

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虚魚(そらざかな) 新名智/KADOKAWA文芸 @kadokawa_bunko

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