第4話 散った者のために花は咲く
アデリナはまだ納得いっていないらしく、疑問を重ねた。
「まだあります。ソレーヌの花が
「それは俺もわからん。わからんが、手助けぐらいしてやるか。今から行こう」
「行くとは、どこへ?」
「すぐそこだ。賭けは俺の負けにしておいてやる」
俺たちは勘定をすませて席を立つ。ついでに空の酒瓶をもらい、水を入れてもらった。そして夜の王都へ踏み出す。
その場所は王城の裏手にあり、安らぎの丘と呼ばれていた。戦没者の慰霊碑がある丘、と言えば聞こえはいい。しかし数が多すぎた。百年以上続くデルドルフとの戦争の歴史そのもので、古い石碑になると風化して刻まれた名前が読み取れなくなっている。
深夜でも明るい王城に照らされた慰霊碑の間を進む俺にアデリナは疑問をぶつける。
「ここに戦死した隊員の慰霊碑があるのですか?」
「ああ。二区画先だから少し登るぞ」
「さきほどの話では強盗団に襲撃されたと」
話の方向が見えなかったが、すぐに気づいた。死んだ原因が戦争と違うならここに慰霊碑があるはずないと言いたいらしい。
「強盗団はデルドルフ兵の可能性がある。あいつは、そう報告したそうだ。そのおかげで死んだ連中は王都に帰ってこれた。名前だけだどな」
遺体は自治領に葬った。ソレーヌの花畑がよく見える場所に。
ちらり振り返ると、やはり納得いかないようだった。法や規則を重んじるアデリナらしい。何か気の聞いた言葉をかけてやろうと思ったが、彼女が何も言わないので止めた。
そうしている内に彼らの慰霊碑に近づき、足を止める。小さい慰霊碑に影を落としているのはロランだった。何をするわけでもなく、ただ立ちつくしている。
あいつ、まだいたのか。俺はアデリナに手で隠れろと合図し、身近な石碑の影に入った。自分で言うのもなんだが、どうして隠れたのかわからない。きっとロランがまとう空気がそうさせたのだろう。
体をちぢこませる俺と同じように屈むアデリナが顔を寄せてきた。
「なぜ、隠れるのですか?」
「わからん。そうしなければいけない気がしただけだ」
石碑の影からロランの様子をうかがい、アデリナものぞきこむ。よくみると慰霊碑の前に花束があった。花は咲いておらず、全て蕾のまま。
「オヴェラ部長の執務室にあった花束で間違いありません」
それは考えていた通りだ。しかし、これからどうする? つい隠れてしまったが、そもそも気づかれないようにしている意味がないし、のぞき見ているのも趣味が悪い。声をかけるべきではないか?
そう考えている内にロランは懐から煙草を取り出して火をつけた。深く吸って長く吐き出す。濃い煙がただでさえ読めないロランの表情を隠した。そして、慰霊碑に落ちる影が増える。ロランは新たな訪問者に気づいて振り返った。
「久しぶりだな。ソレーヌ」
ロランが呼んだ名前を聞いて、アデリナがビクリと身を震わせた。よほど驚いたるらしく、いつもの冷静さは見る影もなくい。早口でまくし立てられた。
「どういう事? あの人は戦死したのではないの?」
「そんな事、言ってないだろう」
「そうだけど。オヴェラ部長が用意した花と同じ名前なのよ。そういう事かと思うじゃない。名前が出た時は心臓が止まったわ」
「悪かったから声を出すな。気づかれる」
アデリナを押さえて、二人へ視線を戻す。こっちに気づいた様子はない。隠れる必要はなかったが、理由ができた。邪魔をしたくもない。
ソレーヌは酒瓶を片手に現れ、ロランの隣に立つ。歩き方がぎこちないのは、あの戦いのせいだろう。
「本当に花を持ってくるとはね」
「来るなら花でも添えてやれと言ったのは君だ」
「煙を吹きかけられるだけよりマシだって言ったつもりだったんだけどね」
ソレーヌは墓の前に屈む。静かに慰霊碑を見つめているだけだったが、心はあの時に帰っているのだろう。
彼女は花束から一本だけ抜いて、指でクルクル回す。
「ロランが選ぶなら、この花だと思った」
「君は隊のみんなから慕われていたからな。これしかないだろう」
「でも、なんでつぼみばかりなんだ?」
「あの戦いで散っていった彼らは開くところを見れなかった。こんな花束では物足りないだろうが、見せてやりたい」
俺の隣でアデリナがつぶやく。それが理由だったのですね、と。
ソレーヌはフフッと笑って言った。
「ロラン。この花は切ってしまうと咲かない」
「そうなのか?」
「だからこうする」
ソレーヌは酒瓶を置くと、手に持っていた一本を挿した。
「ボドワン。そっちでもみんなをまとめてる?」
呼び掛けているのは戦死した仲間だ。俺も忘れられずにいる。アデリナにも知ってもらいたくて言葉をつなげた。
「副隊長。面倒見のいい人だった」
かつて隊長だったソレーヌは二本目を移す。
「マチュー。また戦争が激しくなる。戦えなくて残念ね」
「剣の達人。よく手合わせしてもらった」
三本目。次いで、もう一本。
「フェルディナン。愛馬と会えた?」
「彼ほど馬と心を通わせている人はいない」
「ギー。最後に作ってくれた野営食の味が忘れられない。作り方を教わっとくんだった」
「ライフルも剣も下手だが料理の腕は一流だった」
そして五本目。ソレーヌ隊の戦死者、最後のひとり。
「レオ。……ちゃんとそこにいる?」
「影が薄い。いなくなっても気づかれなかった」
アデリナがどんな顔をしているのか見てみれば、眉を寄せていた。
「二人とも彼だけ扱いが悪いわね」
「そういうやつだから仕方ない。しかし、それも立派な個性だ。隊員は二十名いたが誰ひとりとして同じやつはいない」
軍を率いている連中からしてみれば、兵卒など駒にしか見えないだろう。それでも彼らも人間だ。死んでいいやつなどいない。
しかし俺がどう思っていようが戦争は続く。それでも人の重みを知っているロランが上に立っているなら希望はあるはずだ。
やがてソレーヌは残った花束を雑に担ぎ、立ち上がる。
「これ以上刺せないから、残りはもらっておく」
満足げな彼女にロランはたずねた。
「今から水に挿しても大丈夫なのか?」
「知るもんか。でも何もしないよりマシだろ」
「そうだな。俺たちはできる事をするだけだ」
「久しぶりに俺って言うところを見た。昔を思い出して気分が若返ったか?」
ニヤリと笑ってからかうソレーヌにロランは背を向ける。
「ソレーヌの聞き間違いだ」
「そういう事にしておいてやる。ああ、そうだ。あの時、気が変わった理由はなんだ? どうして強盗団をまとめるやつがいないとわかっていた? 実際、ロランが言った通り強盗団は攻められるのに弱かった」
言われてみればそうだ。あの時はそこまで気がまわらなかったが、どうやって知りえたのか俺も気になる。思わず身をのりだしていたらしく、アデリナに引き戻された。
感謝しつつロランの言葉を待つ。
「捕らえたならず者が言っていただろう。ヴィクトリーヌが財をため込んでいると。彼女の暮らしぶりを知っているなら信じられる話ではない」
「それがなんだってんだ」
「つまり、扇動した者がいるという事だ。自治領に財があるとふれまわり人を集め、補給部隊を襲わせて魔導ライフルを強奪、自治領に矛先を向けた。しかも
ロランの話を聞いてソレーヌは言葉を失う。それは俺も同じだった。そんな話は聞いていない。
やがて平静さを取り戻したソレーヌは立ち上がって詰め寄る。
「待て。どうしてそれを知っている? あの後に調べたのか?」
「いや、日中に捕らえた男に吐かせた」
仏頂面のままロランは答え、言葉をつなぐ。
「その情報をもとに考えた。扇動者は自治領に財がないのを知っていたから襲撃に加わらなかったのかと。それなら初めから焚きつける必要はない。では襲わせた目的は何だ?」
ソレーヌは肩をすくめた。
「あたしにわかるはずがないだろう」
「確証はないが、剣聖の命を狙ったのだろう。となると扇動者はデルドルフ工作員の可能性がある。前戦役の脅威は取り除かなければならないし、
「それで戦う気になったのか。敵がデルドルフだから」
「それもある」
そのあとの言葉をなかなか言い出さないロランの肩にソレーヌの手が添えられる。あの時、少女の頭をなでていた時と同じ、優しい顔をしていた。
「他には? 怒らないから言えばいい」
「……軍人が死ぬのは仕事の内だ。しかし自治領で暮らす人間は違う。剣聖を狙うだけでなく、彼らまで巻き込むのは許せない」
「あんたがそんな事を言うとは思わなかったよ」
「私も自治領での生活が長かったからな。ソレーヌと同じように情がわいても仕方がない。ただ、被害を最小限に抑えられなかったのは規則に縛られて初動が遅れた私のせいだ。すまない」
ソレーヌは声を上げて笑い、煙草を取り出した。その先端にロランが火を点ける。
「いいさ。あんたのおかげで損害は押さえられた。……そうだな。気が晴れるようにおごらせてやる。今からどうだ? どうせ二人とも待ってる人なんていやしない」
「軽くだけなら。隊で一番の大酒飲みに付き合うつもりはない」
「わかってるって。腕を貸しな。あの時に撃たれた足が悪いんだからさ」
そうして二つの
結局、最後まで顔を出せずにいて、のぞき見ていた罪悪感だけが残る。俺と同じく隠れたまま動かないアデリナに向けて明るい声をかけた。
「水が無駄になったな」
「結果的に良かったわ。邪魔せずにすんだし」
アデリナは顔を伏せていたが、俺を見上げた。
「ケヴィン。あなたの話にいたオヴェラ部長は厳格な人よね。法と規則を守り、それを誇りにしていた」
「そうだな」
「でも、今は違う。クラウスの事件で
ロランは変わったといえる。規則より大切なものがあると知り柔軟に対応するようになった。そうしなければ守れないものがあったから。
アデリナはどうだ? 強い信念を持っている。しかし、ロランの過去を聞いて自信が揺らいでいた。そうでなければ、こんな話などしない。
やがて、彼女はポツリとこぼす。
「私も変わるべきかしら」
「さあな。それを決められるのは自分しかいない。それに急に変わろうとしてもなかなかできないだろう」
「そうね。ケヴィンも相変わらず名前で呼ばないし」
「いや、名前で呼んでいるぞ……呼んでなかったか?」
言葉の途中からあきれだしたのを見てたずねる。そんなはずはないし、否定してもらえるはずだったが、駄目だった。
「自覚していないの? ケヴィンらしいけど」
「そんなはずはない」
「信じてないのね。それなら今、呼んでみて」
アデリナはわざとらしく距離をつめて見上げてきた。思わず顔も話もそらす。
「からかうのは止めろ」
「ふふ。オヴェラ部長には悪いけど、色々知れて良かったわ。もう遅いし、私たち退散ね」
「そうか。俺ももう少し飲んでいく。王都の夜は今日が最後だからな」
飲みたい酒もあるし、うまい料理もある。
それなのにアデリナはピシャリと言い放つ。迷っていた彼女は消え失せ、厳格な軍人の顔に戻っていた。
「駄目です。明朝は私と共にモンデウス要塞に向けて出発。忘れてしまいましたか? ケヴィンにとっては帰郷のついでかもしれませんが」
「突然、切り替えるのはやめてくれ。ああ、覚えてるさ。早く寝ろって言いたいんだろう」
「わかってもらえたならいいです」
また、にらまれたせいで酔いが覚めてしまい仕方なく帰路につく。
翌朝、俺たちは王都を離れた。白みだす空に顔を向けたアデリナはつぶやく。あの花は咲いたでしょうか、と。
それは俺にわかるはずもなく、確かめるすべもない。
ただ、散った彼らのために開いてほしいとだけ思った。
魔導の光は闇を照らして影を生む Edy @wizmina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます