27.傘とバランス
片手で傘をさして、もう片方の手を柳生くんの肩に置いて歩く。
地味にバランスを取りづらい歩き方だ。
あまり柳生くんに寄りすぎると傘をあててしまったり、足を踏んでしまいそうになったりする。
だけど距離を取ってしまうと今度は肩に手を置けなくなってしまう。
ほどよい距離を探っていたときだった。
「あれ、未結? と、柳生だー」
軽やかで明るい声。
でも彼女はバス通学のはず。
驚いて顔を上げれば、私はさらに驚いた。
「サラ!? どうしたの、びしょびしょ……っ!」
ふわふわのツインテールは顔に沿うようにぺったりと貼りついてしまっている。
上に着たジャージは、雨に濡れてぐっしょりと濃い色になっていた。
「今日雨降るの知らなくて、傘置いてきちゃったんだよね。失敗しちゃった」
えへへ、と頬をかきながらサラは笑う。
「もしかして、そのまま帰るの?」
「うん、替えとかもってないし、このまま帰るけど?」
サラはキョトンとした表情で首を傾げる。
そのままの格好で座席に座るのは迷惑だろうし、立ち続けるのも、そこそこ遠いところから来ていることを考えると大変だろう。
なによりも濡れたままでいたら風邪をひく。
それはよくない。
「サラさえよければだけど、うちに寄ってかない?」
「え、でもこの格好でお邪魔しちゃったら、おうちの方に迷惑かけちゃわない?」
「サラが来るのなら、念のために確認取るけどたぶん大丈夫だと思う。というか傘! 貸すよ」
「それは借りたいかも、ありがとう」
バッグから紺色の折り畳み傘を取り出して渡す。
サラは受け取ると、すぐにさした。
「で、どうする?」
「うーん、でも、柳生と一緒に帰ってたんでしょ? 柳生にも悪いし」
「俺のことは気にしなくていい」
ずっと無言で私たちを見ていた柳生くんが、仏頂面のまま答える。
「風邪ひいちゃうと困るし」
「ん-……。わかった、じゃあ、お邪魔しようかな」
「じゃあ、ちょっと電話だけしちゃうね」
素早くスマホを取り出して、親に電話をかける。
数コールで出てくれた親に、サラのことを話せばすぐに許可を得ることができた。
「なんて?」
通話を終えた私に、サラが訊いてくる。
「いいよって」
「なら、俺はここでわかれる。おい」
柳生くんがサラに声をかける。
「なーに?」
「こいつ、足を捻ってるから肩を貸してやってほしい」
「あ、だから未結、柳生の肩に手、置いてたんだ」
サラは傘を握った手と空いてる手を、納得したというようにパンと叩く。
「なんだと思ってたの」
「いや、なんか仲良くなってるなぁって思ってた!」
軽やかに笑うサラ。
それとは反対に、柳生くんの眉間にしわが寄る。
わかりやすい反応に、少し笑ってしまう。
「もう歩けると思うから大丈夫だよ」
「だめだめ! 捻挫って甘く見ちゃいけないんだから!」
サラは素早く柳生くんと位置を変わる。
少し遠慮してそっと肩に手を置けば、サラは少し考える素振りを見せてから、柳生に手を振った。
「柳生、じゃあまた明日!」
「……の前に、お前、周り見て歩けよ」
唐突な言葉に、サラはまばたきをして首を傾げた。
私も、どうしてそんなことを今言うのかわからなくて、少しだけ引っかかってしまう。
「ん? うん、未結に更に怪我させられないからね!」
「そうじゃなくて……いや、いい。じゃあな」
「あ、待って柳生くん!」
背中を向けて歩き出そうとした柳生くんを呼び止める。
振り向いた柳生くんに、私は微笑んだ。
「今日、ありがとう」
「……別に」
それだけ言って、柳生くんは今度こそ背中を向けて行ってしまった。
「じゃあ、行こっか」
「うんうん、その前にね、未結、傘貸して?」
「え? 今貸したよね……?」
「うん、それじゃなくてね。ちょっとこっち閉じちゃうから」
言うなり、サラは素早く傘を閉じてしまう。
慌てて私の傘を渡せば、すぐに受け取ってくれた。
「うん、それでね、腕を首に回して貰って」
「え、こう……?」
「そうそう! はい、相合傘して、未結の家までレッツゴー!」
「あ……」
明るい声で歩き始めるけれど、歩幅も速度も、合わせやすい、というよりも恐らく合わせてもらっている。
おどけて言っているけれど、たぶん、私が遠慮なく体重を乗せられるようにという気づかいなのだろう。
ありがとう。
そう、心の中で呟いた。
【未完・連載終了】#こんにちは_はいいろ 奔埜しおり @bookmarkhonno
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