夢現

原ぺこん

ゆめうつつ


 私は‘夢‘と‘現実‘の区別がつけられない。

 普通なら夢から覚めた時、ぼうっとしていてふと我に返った時、あ、自分は夢を見ていたのだと、変な想像をしていたのだと気付くだろう。

 しかし、私にはその感覚がやってこない。正確には、やってこなくなってしまった。

 子供の頃は確かにあったのだ。怖い夢を見ては母親に泣きつき、退屈な授業の合間に変な妄想をしては先生に呼ばれているのに気づかず叱られた。その度に今の創造は傑作だった。今の夢に出てきたあの人は誰だろう。さまざまな感想が出てきて、私は好きだった。

 だがいつからだろうか。私は眠りから覚めた瞬間、それが眠っている間に見た夢なのか、眠る前に起こったことを思い出したのか、わからなくなってしまった。

 しかも感情や感触、もしソレが夢だったとしてリアルすぎる感触が残っている。

 ある日頭に流れたのは父親が亡くなる映像だった。亡くなった瞬間込み上げてきた感情、母親の表情、葬儀会場の傍にあった喫煙室、久々に会った遠い親戚の態度、最期に触れた父親の左手の骨張った感覚、冷たさ、骨箱を持たされ、悲しさの隙間に見えた恐怖の感覚。数時間にも及ぶその映像は頭の中で流れ、現実に戻った時には父は生きているのか死んでいるのかわからなかった。

 慌てて飛び起きて、奇妙な涙が込み上げる中廊下を駆け、父親の存在を確認した。リビングに父親はいなかった。しかしそれで解決するはずもない。もしかしたら仕事かもしれない。後で‘帰る‘と連絡が来るかもしれない。考えても考えても想像だったのか思い出したのかが分からない。

 この恐怖は人に事実を聞くまで、じっとりと脳にこびりつく。私の事を知る人に、確認するまでは安心ができないのだ。


 悪夢の始まりはとても冷え込む冬の夜だった。私はベッドに腰掛けていたところで意識が戻った。

 眠っていたのかぼうっとしていたのかすら分からない。気がついたら目と口を開き、どちらもカラカラに乾いた状態だった。

 映像の私は髪の長さから2年ほど前だと推測する。私は家の物置の中にいた。手には血のついたアイスピック、目の前には大きな麻袋。明確に走る焦燥感と絶望。映像の中で映像を見た。

 殺してしまった人物はすぐにわかった。父親だった。

 私は父と仲良くなかったのか?すぐには分からなかった。いろんな映像を見すぎている。休日に釣りに出かけている映像、父親に殴られる映像、女と出て行った父親を見送る映像、どれが本当なのか確かめられなかった映像ばかりで判断ができなかった。

 私は父親を殺してしまったのだろうか。

 そう思うとまた一つの記憶が流れた。

 この地域には珍しい凍えるような晩。アイスピックを使い慣れない手つきで玄関周りの氷を崩していた時。父親が言った一言に明確に殺意を覚えた。そこで理性は途切れ、手にしていたアイスピックで父親を刺した。気がつくと父親は血を流し、私はその上に馬乗りになっていた。しかしその瞬間私は「この細いものでは死なないかもしれない。殺さなければいけない。的確に、確実に。」と口走った。恐ろしい発言に気づくこともなく、今度はゆっくりと、ゆっくりと、心臓に深く刺した。

 理科の教科書の人体図を必死に思い出しながら臓器と思われる場所にゆっくり、何度も刺した。

 先端が肉を通過していく感覚、骨に当たる感覚。全てが明確に手に染み付いていった。


 物置小屋にいる私に戻った時、麻袋の中身を思い出す。

 嗚呼私はついにやってしまったのだろうか。その真偽を確かめることから逃げるように、物置小屋に鍵をかけた。


 最悪な映像を見てしまった。

 どっちだ。やってしまったのか。物置小屋の中に父はいるのか。沢山の思考が飛び交った。

 そして一つの答えに辿り着く。罪を犯したのならここにはいないじゃないか。

 私は安心してベッドの中で目を閉じてしまった。


 目を覚ますと小さなコンクリートの部屋にいた。4畳ほどの部屋に小窓のついたドア。私の体格には合わない小さなベッド。そして、むき出しで置かれたトイレ。疑う余地もない。刑務所だった。

 私は捕まっていた。何をしたのかが分からない。覚えているのは今し方見た殺人のこと。私は看守に尋ねた。

「私は父親殺しの罪でここに入れられたのか。」

看守は勝ち誇った顔で言った。

「ついに吐いたな」

来る日も来る日も監獄の中だった。

 私は私を信じることができなかった。父親は私の供述通り物置小屋の中で見つかった。警察は私が殺したのだと確信した。

 殺し方が残酷だったこと、遺棄した期間が長かったことから死刑が確定した。

しかしある日思った。私は殺す映像を見て不安になり人に尋ね、自供だと思われ、冤罪で捕まったのではないだろうか。だとしたらそう伝えなければならない。

 私はすぐ近くの怖そうな顔をした警官に訪ねた。

 警官は気でも狂ったのか、と独り言のような声で呟くと私を無視した。

もう誰も私の言うことなど聞いてくれなかった。


監獄の中でいくつもの夢を見た。ここから出ることはできないので全て夢だと確信できた。

幸せだった。夢の中で悪さをしても自分はやってないのだと分かる。幸せな夢を見てはいい夢だったと言える。

監獄の中で久々の幸せを見た。

20年後、私は夢のみれない眠りについた。

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夢現 原ぺこん @harapeco8pekon

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