第5話 「彼女②」

 僕の心を奪った彼女の身体的特徴は、いくらかの客観的観測によって容易に語り尽くせてしまうほど平凡と典型に満ち溢れているが、その凡庸な外見に隠された彼女の内面世界については原稿用紙を束のように用意されてもその全てを余すことなく表現できる自信がいまひとつない。

 それは何も彼女が内向的な性格であるために自己開示を嫌う傾向にあるとか、誰にも理解されない深い闇を抱えているなどといった特殊な側面に起因しているわけではない。(事実そんなものはない)単純に、彼女の内面を構成する一つ一つの要素が常人には理解し難い複雑性に富んでいるからだと僕は推測する。


 東京にしては珍しいほどの激しい雪に見舞われたある日のことだ。

いつものように店に出勤し、マスターと軽い談笑を済ませてから制服に着替えようと更衣室の扉を開けた僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、部屋の隅で丸くなって泣いている彼女の姿だった。小さく折り畳まれた華奢な体をもっと小さくするかのように2本の腕で棒のような両足を自分に引き寄せ、最低限の化粧を施された薄っぺらい彼女の顔は絵に描いたように紅潮していた。

 突然の出来事に動揺した僕が最初に取った行動は、静かにハンカチを差し出すとか、傍に寄って話を聞いてあげるなどの紳士的な振る舞いではなく、「女性の泣く姿を間近で見るのはこれで何回目だろう」と記憶の綱を手繰り寄せることだった。蘇ってくる記憶の中で泣く彼女たちは、皆それぞれ彼女たちなりの理由があり、彼女たちなりの泣き方をしていた。

 しかし、今自分の目の前で泣いている彼女の泣き姿には、同情や救いを一切求めない堂々とした態度が含まれているように感じられた。

きっと他人の優しさが毒にも薬にもならないことを経験として知っているのだろう。そんな近寄り難さがはっきりと伝わり、僕はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


 その日を境に彼女はバイトを辞めた。

更衣室は僕とマスターだけが使う男部屋と化したためか、次第に男の汗と脂の混じった嫌な匂いが充満するようになった。

彼女を気に入って通ってくれていた常連客も徐々に姿を現さなくなった。辞めた理由を聞かれる度に返答に困り、当たり障りのない言葉を探してなんとかその場をやり過ごす自分にひどく腹が立ち、自分の甲斐性の無さを呪うしかなかった。

 結局、大学を卒業するまでの2年間を僕はそのバイト先で働かせてもらったが、彼女の不在は思っていたよりも僕に大きな喪失感を与え続け、最後の出勤日まであの日丸くなって泣いていた彼女の姿が残像のように更衣室の隅に留まり続けていた。





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聖域を求めて かみまみた @kamimamita0618

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