聖域を求めて
かみまみた
第1話 「僕」
社会人としての生活が始まってから今日でちょうど3年が経つ。
思えばこの3年間、様々な出来事があれよあれよと僕の身に降りかかってきた。
良い思い出もあれば悪い思い出もあるし、得たものもあれば失ったものも数知れないほどある。
取引先の担当者に気に入られ、大口の契約を獲得することができたかと思えば、直属の上司と些細なことで揉めたことをきっかけに出世街道を断ち切られた。
大学時代からの片恋相手に告白されたかと思えば、中学からの長い付き合いをしていた親友は去年の夏に自宅の風呂場で手首を切って死んだ。
きっと世の中はうまいこと均衡が保たれるよう、目には見えない特別な力が働いているのだろう。僕はそう思う。
自慢ではないが僕は極めて平凡な人間だと思う。
有象無象という言葉はきっと僕のような人間を手軽に表現するために生まれたと思うし、僕の一挙手一投足が他人の日常に影響を与えることはまずない。
大学は地元の二流大学だし(食堂のカレーだけは唯一誇れるだろう)、最愛の彼女にしたってだれもが二度見してしまうくらい大きな黒子が右頬にある。
今の勤務先も奇跡的に内定が出たから大義名分も持たずして適当に入社を決めたし、趣味で続けているギターも2年経った今でさえFコードに苦戦する。
誤解を招く恐れがあるため一度説明させてほしいのだが、僕は別に自分の平凡さに悲観しているわけではない。
僕は平凡であるおかげである程度自分勝手に振る舞うこともできるし、時には傲慢な人間にもなれる。
つまりこの世知辛い世の中を渡り歩く上では、僕の平凡さはある種の生きやすさの根源として機能しているのだ。
「世の中に生息する平凡な人間諸君、決して絶望する必要なんてないぞ」
といった具合に僕は心の拡声機を通し、恐らく誰にも届かないであろう魂の叫びを絶えず響かせている。
いわゆる「成功者」と呼ばれる人々は、僕のような取るに足らない人間を見て何を思うのだろう。
もっと頑張れと鼓舞するだろうか、それとも、お前のような人間に生きている価値なぞないと毒を吐くのだろうか。
正直何を言われても僕に反論する余地は一部の隙もないのだが、ザ・平凡を代表して言わせて頂くとすれば、
「勝者と敗者は元来、生まれた星の元が違う」
勝者は勝者としてこの世に生を受け、敗者は勝者のおこぼれに預かりながら飯を食っていく運命にあるのだ。
なんとも敗者らしい言い分。一周回って清々しいとは思わないだろうか。
明日は例の立派な黒子を持つ彼女と浅草を観光することになっている。
雷門の前で待ち合わせをし、浅草寺を訪れた後にはSNSで有名な甘味処で一服する予定だ。
試しに浅草名物の一つである人力車に乗るのも悪くないのだろうが、僕の中の平凡センサーが「やめておけ」と必死に合図を送ってくる。
僕はその声に耳を傾け、自分が大きな勘違いをしていたことに気づかされる。
どう肯定的に考えても僕は人力車に乗る側の人間ではなく、人力車に人を乗せて街中を駆け回る役回りがお似合いなのだから。
そう、生まれた星の元が違うのだから。
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